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第三章 王都への旅路
第十九話 忘れ去られた地下迷宮へ
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ベルヘンの村に滞在している数日間は、依頼も受けず平和で自堕落な生活を送っていた。とは言え、日課の訓練はしっかりと行っており、体や頭を鍛える事を怠ったりはしない。そのおかげで生傷が絶えないのはただ単に体を虐めているのか、それとも愛情なのか?
そのベルヘンだが、昨日からその中で、特に国軍の駐屯地での騒ぎはいつもとかけ離れていた。
住民の生活には変化は出て無いが、兵士達の訓練が増え生傷が絶えなかったり、村の中で行進訓練したり、そして郊外に五百人単位での入出が増えていたのだ。
噂になるが、大規模な盗賊狩りを行っているとか、近隣の森に人手が多数必要な凶暴な獣が出たりとか、聞くに堪えない言葉が飛び交っていた。
とは言え、宿泊中のスイール達はその噂に耳を貸すことは無かった。
「それだけ兵士が出ていれば私達には関係ない事ですね」
話半分に右から左に聞き流して我関せずを貫き通している。
逆に、五百人程の兵士が兵力として出ていれば、可哀そうなのは盗賊の方かもとスイールは同情していた。
だが、エゼルバルドはスイールとは違い、ヴルフの考えに近い言葉を呟いていた。
「何故、兵士が沢山駐屯している場所を見つけて、わざわざ危険な盗賊まがいな事をしているのか?」
エゼルバルドとヴルフは盗賊家業をするには本来、対象が通りやすく、見つかり難い場所を見つけるのではないかと考えた。これだけ兵士が駐屯しているベルヘンで事を起こすのは、わざわざ見つけてくれと言ってるようなものだと。
しかし、その考えを裏付ける噂も情報も無い今は、それ以上考える事を放棄し、自堕落な休日を楽しむのだった。
スイール達が定刻通りに昼食を取り終え、村の中へと足を運んでいた。
道の左右に見える食堂や酒場から、腹を”パンパン”と叩きながら、昼食を終え幸せな表情を見せた人々が午後の仕事へと向かおうと出て来る。活力源を補給し、皆がやる気に満ちていた。
盗賊などに身を落とさず、皆が仕事を持てば幸せに成れるのにと思うが、楽にお金を稼ぎたい衝動に駆られるのだろうと思うと、やるせなさが満ちてくる。
四人はだらだらと村の中を歩き、数日前に預けた外套とテントの加工が出来た頃だと向かっているのだ。何故、わざわざ四人で向かっているのかと言えば、”暇”なのだ。
その一言で表せるほど、短期間で済ませる依頼が無かったのだ。
その旅の道具屋前に来た四人。変哲もないドアを開け、店内に入り込むとエゼルバルドとヒルダはカウンターへ直行し、スイールとヴルフは多数の客を掻き分けて所狭しと陳列された品々を見て回ろうとしていた。
「いらっしゃい。あ、この間の商人泣かせのお嬢さん、か。今日は負けませんからね」
値引交渉をされた店主が良く覚えていて、嫌味を混ぜながら挨拶してきた。彼の表情は営業スマイルを見せたままであったが。
「あら、こんにちは。今日は引き取りだけよ」
そのヒルダも負けじといつもより高飛車な態度で挑んでいた。だが、横で見ているエゼルバルドは、”その態度は無いだろう”と溜息を吐くのだった。
そんなやり取りの中、店主がカウンター下から密閉された箱を取り出しその上に乗せた。
「ええ、出来ておりますよ。こちらをどうぞ」
その箱を開けると、加工をお願いした外套四枚、そしてテントとフライシートがそれぞれ一枚ずつが奇麗に折り畳まれて出て来た。
外套を一枚手に取り、出来栄えを見るが、見事というしかない出来栄えだった。ほつれが見えくたびれた外套の端が補修され、さらに撥水加工も施され新品同様に生まれ変わった。
ここまでしてあの値段は安いと感じるのだが、値引きされただけで自らの腕を蔑ろにするなど、職人魂が許さなかったのだろう。二人も満足のいく出来栄えと思ったのか強く頷いていた。
「いや、見事ですね」
「あら、ほんとね~」
二人は職人の仕事を褒めるしかなかった。
そして、ヒルダが懐から鞄から包みを取り出して、大銀貨五枚と銀貨三枚をカウンター越しに店主へと渡す。”職人さんに感謝を込めてです”、と。
「はい、確かに、大銀貨五枚と銀貨二枚頂戴しました。またのご利用をお待ちしております」
ヒルダとしても、ここまで新品同様に直ってくるとは思わなかったので、一枚だけでもと上乗せした。上機嫌で店主は枚数を確認し、コインケースに仕舞い込んだ。
新品同様に生まれ変わった外套とテントを受け取り、まだ店内を物色しているスイール達と合流する。
「引き取り終わったよ。これ見てよ、新品同様になったよ」
上機嫌のエゼルバルドがスイールとヴルフに受け取ったばかりの外套を見せる。それを手に取ると”これは凄い”と、満足そうに頷いた。
「スイールよ、少し待っててくれ。ワシはこれを買って来るから」
と、ヴルフは太めのロープを手に取り、店主の待つカウンターへ、支払いに向かった。
あれ、ロープ持っていたはずと、エゼルバルドは持ち物を思い浮かべるが、今朝確認した時にしっかりとバックパックに入れたはずと思いだした。
だが、ヴルフには何か考えがあっての事だろうと、追及するのは止める事にした。
「さて、行こうか」
カウンターから戻ってきたヴルフが皆に声を掛け、店を後にする。
スイール達は一度宿に戻ると、バックパックを担ぎ、出来上がったばかりに外套を羽織ると宿を引き払った。日は午後の眠りへと誘う時間に差し掛かっている。
何故、突然に宿を引き払ったかと言うと、ヴルフの一言が起因していた。
「泊まるに良い所があるから、早速出掛けよう」
その様に、言い出したので、言い出したらてこ戻らないと仕方なしにそれに乗る事にしたのだ。
宿に泊まらずとも野営はいつもしているので苦労でもなんでもないのだが……。
ヴルフの案内で目的の場所へ向かおうと、ベルヘンの北門へと向かう。川沿いに北上するので、入村した西門ではなく北門を使うのだ。
村からの出発する検査だが、入村時よりも厳重だった。この場所が軍事拠点であると考えれば至極まっとうな事である。荷物検査で城壁内部の見取り図や人口、兵士の数など少しでも発見されれば、非人道的な事を体に叩き込まれる。
それほど重要な場所なのだ。
この国の身分証、そしてギルドカードを持ち、地図等を隠し持たなければそれほど怖い場所ではない。
「こんにちは。身分証とギルドカードです」
詰所から溢れかえった兵士達が見える城門を通ろうと身分証を提示する。それにより楽に出る事が出来るはずなのだが……。
「ん、それはもう仕舞って良い。次は荷物検査だな、いかがわしいものは持っていないだろうな」
いかがわしい物、先程の軍事的に重要な物との意味であるが、そんなもの持っていないと話すが、荷物検査は行われる。これが兵士たちの仕事であるからだが、それ以外にも理由があった。
「まぁ、いいだろう。お前たち、北に向かうなら注意しろよ。賊が出たとあってな、ここから多数の兵士が捜索にあたってる。それに、俺達の邪魔だけはするなよ」
噂で聞いていた盗賊が、正確な情報としてスイール達の耳に入って来た瞬間だった。ここからしばらくは兵士達が見回っているはずだが。
当然ながら、兵士たちの邪魔をするなど、これっぽっちも考えていないと答える。
「ええ、お仕事の邪魔などしませんよ」
「はいはい、わかってるなら良い。気を付けろよ」
若干の皮肉を込めていたのだが、右から左へと聞き流されてしまい、拍子抜けしてしまった。
スイール達は門番の兵士に軽く挨拶をすると気を取り直して、街道を河を右に見て北上する。青い空の半分ほどが白い雲に隠れている。時々、太陽が雲に隠れ、その時は若干肌寒く感じる。もう少し経てば暑い季節がやってくるかと思うと少し憂鬱になる。
街道は今日も行きかう人々が多い。それにも増して兵士の数が多いのが、今の状況を物語っている。特に街道から少し外れた木々の間を捜索している兵士が多数見受けられた。
ベルヘンを出てすでに数時間歩いている。太陽が西の地平線に沈む時間が近づいた。
このまま進めば街道沿いで野営を行う事になるのだが、ヴルフはいまだに何かを探しながら歩き続けている。
そうこうしているうちに、何かを見つけたらしく、ヴルフの足が止まる。
「ココだ、ココ!ちょっと道から外れるぞ」
ヴルフを先頭に街道を逸れて森の中へと掻き分けて行った。
”パッ”と見ただけでは分からないが、かすかに踏み固められた獣道が伸びている。知らなければ誰もが見落としてしまう程に隠されていた。
そして、獣道を進んで五分、街道から外れて直ぐと表現出来る距離だ。だが、後を振り向いても街道は見えない。
ヴルフが足を止めた先には、”何故こんな物あるのか”と不思議に思う物体が現れた。人工的に作られた、石造りの構造物だ。
眺めているとどこかで見た記憶があった。開口部があり、光をも飲み込んで行く真っ暗な暗闇がずっと続いており、床は先が見えないスロープとなっていた。
入り口には蜘蛛の糸が張り巡らされ、忘れ去られた存在であり、人の出入りが少ない事を物語っている。
「ここはなんですか?」
「一度見た事があるだろう。ほら、アニパレで見た地下迷宮への入り口。あれと同じだ」
”既視感”があったのはそれが理由だった。確かに過去に見た事はあったが、朽ち始め同じ用途の構造物とは思えなかった。ヴルフに言われなければ思い出せず、自力で頭の隅から思い浮かべるのは不可能と思えた。
「今日は、ここから地下に入る。この他にも数か所入り口があるんだが、面白いのはここだけだ。行きつく先は同じになるんだけどな」
説明が終わるのを待たずにヴルフが潜る準備を始める。
松明を用意しようとバックパックを下ろそうとしたがとそれを取り止めた。適当な棒切れを拾い上げると、生活魔法の灯火を掛け、白い光が周辺を照らし出した。
それと同じく、スイールも生活魔法の灯火を自らの杖に掛ける。
二つの白い光が辺りを照らし、必要十分な光量を稼ぎ出す。
「うん、いいぞ。それでは出発だ。滑り易いから気を付けろ」
ヴルフが棒切れで蜘蛛の糸をかき分けながら、地下の空間へとその身を委ねて行った。
地下へのスロープは苔むして、慎重に進まなければ勢いよく転んでしまうだろう。それも入り口から十数メートルほどでそれも終わり、石畳の床に替わる。苔むした地面に比べれば歩きやすいが、濡れていれば滑るのは変わりない。
現に油断していたヒルダが転び、彼女の前にいたエゼルバルドのバックパックに顔を思いっきり打ち付けて悶えていた。
「何やってんの!滑るから気をつけろって言われただろ」
”注意散漫だぞ”とエゼルバルドが怒る。バックパックだから良かったものの、床に顔を打ち付けて鼻が低くなったらどうどうしようとヒルダはのんきに別な事を考えていた。
そのスロープもすぐに終わりが見え、平坦な階層に到達した。アニパレで見た通路と同じであったが、風化が進み、所々崩れている壁が見受けられた。特に、降りてすぐ左は完全に崩落して埋まっていて、空気穴を見つける事も出来なかった。
彼らの進む先は右にしか見えず、尚且つ少しだけ左に湾曲しているように見える。
地下迷宮特有の真っ暗な闇の中に生活魔法の灯火で作られた灯りがわずかに二つ。その光”コツコツ”とリズムを刻む音と共にゆっくりと進みだす。
「ここは第一層目。わずかに湾曲しているのはこの迷宮が円形をしているからだ。他の入り口からも同じようになっている。この迷宮が他と違うのは放棄された迷宮だからだ。まぁ、幾つかの通路でつながっているが、このエリアだけで見られる面白いところがあるから、そこが今日の野営地だ」
なるほどと感心していると、迷宮特有の獣が現れ始める。
だが、四人の気配を感じると”サッ”と何処かへ逃げて行った。迷宮の掃除屋からは相手に出来ないと思っているのかもしれない。
その中でも迷宮に存在しない獣が現れる。牛や鹿の様な体を持った不可思議な獣だ。それが十数頭で行く手を塞いでいる。
光を浴び河の近くの草原で生息するはずの獣が地下迷宮の中で生息しているのは不思議に見えた。大きな河が流れているが、こんな迷宮にいるのか不思議でならなかった。
「う~ん、ここまで入って来ちまうのか。ほれ、しっしっ!!あっちへ帰れ」
ヴルフが棒切れを振ると、獣たちは奥へ奥へと逃げていく。だが、誰もが呆れるほどのゆっくりとした歩みで、である。
「あいつらも人を相手にする程馬鹿じゃないって事だ」
棒切れを振りながら、獣達をゆっくりとした足取りで追い掛けて行く。危険を感じぬのか、人に慣れているのか、ゆっくりとした歩み出である。
亀の歩みとよく言うが、それよりも遅いと感じる。牛歩何某かと嫌がらせをするときの行動があるが、まさにその通りで獣達はまさにヴルフ達に嫌がらせをしていたのだ。
進んでいるうちはヴルフたちも雑談を繰り返し、暇をつぶす算段は持っているので歩みが遅いだけでは嫌がらせにもならない。
十五分程でその終わりが近づく。暗がりの通路が大きく口を開け、明るい光が上から降り注いで来たのだ。さらに、水の流れる音が聞こえ始めると、それが河であるとわかった。
獣達は棒切れに追いやられ、吸い込まれるように河の中へと飛び込んで行く。一頭残らず”ザブザブ”と。音を立てながら流れに逆らわず泳ぐ姿は獣でなく魚の様であった。
何にせよ、この場所からの脅威は全て無くなったと考えても良いだろう。そして、静寂と川の流れと、月の光が降り注ぐ世界が地下迷宮に訪れた。
「なかなかいい景色だろう。迷宮で河の側。今日は月明りも見えて、幻想的な風景が広がっている。この場所だけの贅沢な時間だ」
ヴルフにしては詩人が詩を読むような景色をよくぞ探し出したのだろうと皆で称賛する。
「いや、ワシも教えてもらったから」
正直なヴルフはタネを明かしてしまい、皆ががっくりと肩を落としていた。手品師がタネを明かしてたいしたことが無いと言われている様な感じだとろう。ヴルフらしいといえばそうなのであるが。
「温泉は無いけど、今日はここが野営地だ。明日は迷宮を探検するからそのつもりでな!」
そして、小洒落た場所で、ひとときの時間を堪能するのであった。
そのベルヘンだが、昨日からその中で、特に国軍の駐屯地での騒ぎはいつもとかけ離れていた。
住民の生活には変化は出て無いが、兵士達の訓練が増え生傷が絶えなかったり、村の中で行進訓練したり、そして郊外に五百人単位での入出が増えていたのだ。
噂になるが、大規模な盗賊狩りを行っているとか、近隣の森に人手が多数必要な凶暴な獣が出たりとか、聞くに堪えない言葉が飛び交っていた。
とは言え、宿泊中のスイール達はその噂に耳を貸すことは無かった。
「それだけ兵士が出ていれば私達には関係ない事ですね」
話半分に右から左に聞き流して我関せずを貫き通している。
逆に、五百人程の兵士が兵力として出ていれば、可哀そうなのは盗賊の方かもとスイールは同情していた。
だが、エゼルバルドはスイールとは違い、ヴルフの考えに近い言葉を呟いていた。
「何故、兵士が沢山駐屯している場所を見つけて、わざわざ危険な盗賊まがいな事をしているのか?」
エゼルバルドとヴルフは盗賊家業をするには本来、対象が通りやすく、見つかり難い場所を見つけるのではないかと考えた。これだけ兵士が駐屯しているベルヘンで事を起こすのは、わざわざ見つけてくれと言ってるようなものだと。
しかし、その考えを裏付ける噂も情報も無い今は、それ以上考える事を放棄し、自堕落な休日を楽しむのだった。
スイール達が定刻通りに昼食を取り終え、村の中へと足を運んでいた。
道の左右に見える食堂や酒場から、腹を”パンパン”と叩きながら、昼食を終え幸せな表情を見せた人々が午後の仕事へと向かおうと出て来る。活力源を補給し、皆がやる気に満ちていた。
盗賊などに身を落とさず、皆が仕事を持てば幸せに成れるのにと思うが、楽にお金を稼ぎたい衝動に駆られるのだろうと思うと、やるせなさが満ちてくる。
四人はだらだらと村の中を歩き、数日前に預けた外套とテントの加工が出来た頃だと向かっているのだ。何故、わざわざ四人で向かっているのかと言えば、”暇”なのだ。
その一言で表せるほど、短期間で済ませる依頼が無かったのだ。
その旅の道具屋前に来た四人。変哲もないドアを開け、店内に入り込むとエゼルバルドとヒルダはカウンターへ直行し、スイールとヴルフは多数の客を掻き分けて所狭しと陳列された品々を見て回ろうとしていた。
「いらっしゃい。あ、この間の商人泣かせのお嬢さん、か。今日は負けませんからね」
値引交渉をされた店主が良く覚えていて、嫌味を混ぜながら挨拶してきた。彼の表情は営業スマイルを見せたままであったが。
「あら、こんにちは。今日は引き取りだけよ」
そのヒルダも負けじといつもより高飛車な態度で挑んでいた。だが、横で見ているエゼルバルドは、”その態度は無いだろう”と溜息を吐くのだった。
そんなやり取りの中、店主がカウンター下から密閉された箱を取り出しその上に乗せた。
「ええ、出来ておりますよ。こちらをどうぞ」
その箱を開けると、加工をお願いした外套四枚、そしてテントとフライシートがそれぞれ一枚ずつが奇麗に折り畳まれて出て来た。
外套を一枚手に取り、出来栄えを見るが、見事というしかない出来栄えだった。ほつれが見えくたびれた外套の端が補修され、さらに撥水加工も施され新品同様に生まれ変わった。
ここまでしてあの値段は安いと感じるのだが、値引きされただけで自らの腕を蔑ろにするなど、職人魂が許さなかったのだろう。二人も満足のいく出来栄えと思ったのか強く頷いていた。
「いや、見事ですね」
「あら、ほんとね~」
二人は職人の仕事を褒めるしかなかった。
そして、ヒルダが懐から鞄から包みを取り出して、大銀貨五枚と銀貨三枚をカウンター越しに店主へと渡す。”職人さんに感謝を込めてです”、と。
「はい、確かに、大銀貨五枚と銀貨二枚頂戴しました。またのご利用をお待ちしております」
ヒルダとしても、ここまで新品同様に直ってくるとは思わなかったので、一枚だけでもと上乗せした。上機嫌で店主は枚数を確認し、コインケースに仕舞い込んだ。
新品同様に生まれ変わった外套とテントを受け取り、まだ店内を物色しているスイール達と合流する。
「引き取り終わったよ。これ見てよ、新品同様になったよ」
上機嫌のエゼルバルドがスイールとヴルフに受け取ったばかりの外套を見せる。それを手に取ると”これは凄い”と、満足そうに頷いた。
「スイールよ、少し待っててくれ。ワシはこれを買って来るから」
と、ヴルフは太めのロープを手に取り、店主の待つカウンターへ、支払いに向かった。
あれ、ロープ持っていたはずと、エゼルバルドは持ち物を思い浮かべるが、今朝確認した時にしっかりとバックパックに入れたはずと思いだした。
だが、ヴルフには何か考えがあっての事だろうと、追及するのは止める事にした。
「さて、行こうか」
カウンターから戻ってきたヴルフが皆に声を掛け、店を後にする。
スイール達は一度宿に戻ると、バックパックを担ぎ、出来上がったばかりに外套を羽織ると宿を引き払った。日は午後の眠りへと誘う時間に差し掛かっている。
何故、突然に宿を引き払ったかと言うと、ヴルフの一言が起因していた。
「泊まるに良い所があるから、早速出掛けよう」
その様に、言い出したので、言い出したらてこ戻らないと仕方なしにそれに乗る事にしたのだ。
宿に泊まらずとも野営はいつもしているので苦労でもなんでもないのだが……。
ヴルフの案内で目的の場所へ向かおうと、ベルヘンの北門へと向かう。川沿いに北上するので、入村した西門ではなく北門を使うのだ。
村からの出発する検査だが、入村時よりも厳重だった。この場所が軍事拠点であると考えれば至極まっとうな事である。荷物検査で城壁内部の見取り図や人口、兵士の数など少しでも発見されれば、非人道的な事を体に叩き込まれる。
それほど重要な場所なのだ。
この国の身分証、そしてギルドカードを持ち、地図等を隠し持たなければそれほど怖い場所ではない。
「こんにちは。身分証とギルドカードです」
詰所から溢れかえった兵士達が見える城門を通ろうと身分証を提示する。それにより楽に出る事が出来るはずなのだが……。
「ん、それはもう仕舞って良い。次は荷物検査だな、いかがわしいものは持っていないだろうな」
いかがわしい物、先程の軍事的に重要な物との意味であるが、そんなもの持っていないと話すが、荷物検査は行われる。これが兵士たちの仕事であるからだが、それ以外にも理由があった。
「まぁ、いいだろう。お前たち、北に向かうなら注意しろよ。賊が出たとあってな、ここから多数の兵士が捜索にあたってる。それに、俺達の邪魔だけはするなよ」
噂で聞いていた盗賊が、正確な情報としてスイール達の耳に入って来た瞬間だった。ここからしばらくは兵士達が見回っているはずだが。
当然ながら、兵士たちの邪魔をするなど、これっぽっちも考えていないと答える。
「ええ、お仕事の邪魔などしませんよ」
「はいはい、わかってるなら良い。気を付けろよ」
若干の皮肉を込めていたのだが、右から左へと聞き流されてしまい、拍子抜けしてしまった。
スイール達は門番の兵士に軽く挨拶をすると気を取り直して、街道を河を右に見て北上する。青い空の半分ほどが白い雲に隠れている。時々、太陽が雲に隠れ、その時は若干肌寒く感じる。もう少し経てば暑い季節がやってくるかと思うと少し憂鬱になる。
街道は今日も行きかう人々が多い。それにも増して兵士の数が多いのが、今の状況を物語っている。特に街道から少し外れた木々の間を捜索している兵士が多数見受けられた。
ベルヘンを出てすでに数時間歩いている。太陽が西の地平線に沈む時間が近づいた。
このまま進めば街道沿いで野営を行う事になるのだが、ヴルフはいまだに何かを探しながら歩き続けている。
そうこうしているうちに、何かを見つけたらしく、ヴルフの足が止まる。
「ココだ、ココ!ちょっと道から外れるぞ」
ヴルフを先頭に街道を逸れて森の中へと掻き分けて行った。
”パッ”と見ただけでは分からないが、かすかに踏み固められた獣道が伸びている。知らなければ誰もが見落としてしまう程に隠されていた。
そして、獣道を進んで五分、街道から外れて直ぐと表現出来る距離だ。だが、後を振り向いても街道は見えない。
ヴルフが足を止めた先には、”何故こんな物あるのか”と不思議に思う物体が現れた。人工的に作られた、石造りの構造物だ。
眺めているとどこかで見た記憶があった。開口部があり、光をも飲み込んで行く真っ暗な暗闇がずっと続いており、床は先が見えないスロープとなっていた。
入り口には蜘蛛の糸が張り巡らされ、忘れ去られた存在であり、人の出入りが少ない事を物語っている。
「ここはなんですか?」
「一度見た事があるだろう。ほら、アニパレで見た地下迷宮への入り口。あれと同じだ」
”既視感”があったのはそれが理由だった。確かに過去に見た事はあったが、朽ち始め同じ用途の構造物とは思えなかった。ヴルフに言われなければ思い出せず、自力で頭の隅から思い浮かべるのは不可能と思えた。
「今日は、ここから地下に入る。この他にも数か所入り口があるんだが、面白いのはここだけだ。行きつく先は同じになるんだけどな」
説明が終わるのを待たずにヴルフが潜る準備を始める。
松明を用意しようとバックパックを下ろそうとしたがとそれを取り止めた。適当な棒切れを拾い上げると、生活魔法の灯火を掛け、白い光が周辺を照らし出した。
それと同じく、スイールも生活魔法の灯火を自らの杖に掛ける。
二つの白い光が辺りを照らし、必要十分な光量を稼ぎ出す。
「うん、いいぞ。それでは出発だ。滑り易いから気を付けろ」
ヴルフが棒切れで蜘蛛の糸をかき分けながら、地下の空間へとその身を委ねて行った。
地下へのスロープは苔むして、慎重に進まなければ勢いよく転んでしまうだろう。それも入り口から十数メートルほどでそれも終わり、石畳の床に替わる。苔むした地面に比べれば歩きやすいが、濡れていれば滑るのは変わりない。
現に油断していたヒルダが転び、彼女の前にいたエゼルバルドのバックパックに顔を思いっきり打ち付けて悶えていた。
「何やってんの!滑るから気をつけろって言われただろ」
”注意散漫だぞ”とエゼルバルドが怒る。バックパックだから良かったものの、床に顔を打ち付けて鼻が低くなったらどうどうしようとヒルダはのんきに別な事を考えていた。
そのスロープもすぐに終わりが見え、平坦な階層に到達した。アニパレで見た通路と同じであったが、風化が進み、所々崩れている壁が見受けられた。特に、降りてすぐ左は完全に崩落して埋まっていて、空気穴を見つける事も出来なかった。
彼らの進む先は右にしか見えず、尚且つ少しだけ左に湾曲しているように見える。
地下迷宮特有の真っ暗な闇の中に生活魔法の灯火で作られた灯りがわずかに二つ。その光”コツコツ”とリズムを刻む音と共にゆっくりと進みだす。
「ここは第一層目。わずかに湾曲しているのはこの迷宮が円形をしているからだ。他の入り口からも同じようになっている。この迷宮が他と違うのは放棄された迷宮だからだ。まぁ、幾つかの通路でつながっているが、このエリアだけで見られる面白いところがあるから、そこが今日の野営地だ」
なるほどと感心していると、迷宮特有の獣が現れ始める。
だが、四人の気配を感じると”サッ”と何処かへ逃げて行った。迷宮の掃除屋からは相手に出来ないと思っているのかもしれない。
その中でも迷宮に存在しない獣が現れる。牛や鹿の様な体を持った不可思議な獣だ。それが十数頭で行く手を塞いでいる。
光を浴び河の近くの草原で生息するはずの獣が地下迷宮の中で生息しているのは不思議に見えた。大きな河が流れているが、こんな迷宮にいるのか不思議でならなかった。
「う~ん、ここまで入って来ちまうのか。ほれ、しっしっ!!あっちへ帰れ」
ヴルフが棒切れを振ると、獣たちは奥へ奥へと逃げていく。だが、誰もが呆れるほどのゆっくりとした歩みで、である。
「あいつらも人を相手にする程馬鹿じゃないって事だ」
棒切れを振りながら、獣達をゆっくりとした足取りで追い掛けて行く。危険を感じぬのか、人に慣れているのか、ゆっくりとした歩み出である。
亀の歩みとよく言うが、それよりも遅いと感じる。牛歩何某かと嫌がらせをするときの行動があるが、まさにその通りで獣達はまさにヴルフ達に嫌がらせをしていたのだ。
進んでいるうちはヴルフたちも雑談を繰り返し、暇をつぶす算段は持っているので歩みが遅いだけでは嫌がらせにもならない。
十五分程でその終わりが近づく。暗がりの通路が大きく口を開け、明るい光が上から降り注いで来たのだ。さらに、水の流れる音が聞こえ始めると、それが河であるとわかった。
獣達は棒切れに追いやられ、吸い込まれるように河の中へと飛び込んで行く。一頭残らず”ザブザブ”と。音を立てながら流れに逆らわず泳ぐ姿は獣でなく魚の様であった。
何にせよ、この場所からの脅威は全て無くなったと考えても良いだろう。そして、静寂と川の流れと、月の光が降り注ぐ世界が地下迷宮に訪れた。
「なかなかいい景色だろう。迷宮で河の側。今日は月明りも見えて、幻想的な風景が広がっている。この場所だけの贅沢な時間だ」
ヴルフにしては詩人が詩を読むような景色をよくぞ探し出したのだろうと皆で称賛する。
「いや、ワシも教えてもらったから」
正直なヴルフはタネを明かしてしまい、皆ががっくりと肩を落としていた。手品師がタネを明かしてたいしたことが無いと言われている様な感じだとろう。ヴルフらしいといえばそうなのであるが。
「温泉は無いけど、今日はここが野営地だ。明日は迷宮を探検するからそのつもりでな!」
そして、小洒落た場所で、ひとときの時間を堪能するのであった。
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