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目覚めの日
二十八話 不死の果実の求め方
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「フレア! ティナが、ティナを――」
「やあフレア。元気だったかい?」
僕の声にかぶせるようにオルクスが声を上げた。
まるで親しい友人に声をかけるように。
今の状況が楽しくて仕方ないかのように。
しかし、その声をフレアは無視して、
「ジオラ!」
「はいなのです!」
フレアの呼びかけに、もう一人少女が姿を見せ、鈍色の髪を風になびかせて、こちらに駆け寄ってきた。
その姿が、知っている少女であることを確認して、僕はすぐさま、
「ジオラ! ティナを、ティナを早く治癒師のところへ――」
ティナの状態は一刻を争うはずだ。素人目にもわかる。
今も血はぼたぼたと滴り落ちているし、呼吸は虫の息よりも弱弱しい。
足を傷つけられた僕よりも、いくら幼いとはいえ、ジオラに運んでもらった方が少しは早いはずだ。
しかし、ジオラは、
「――いかないのです」
そう言って、首を横に振った。
呼吸の仕方を忘れた。
「……え? なん、で」
ふざけてる場合じゃ――
「この場で、治療するのです」
まさか、彼女は、
「私はフレア様の従者にして、料理人。そして剣士でもあり、ついでに治癒師でもあるのです」
そして、僕を安心させるようににっこりと笑った。
治癒師。
僕がずっと求めていた存在。緑色の光を放ち、人々の怪我を治す人。
今日、何度目かわからない涙があふれてくる。
おかしな笑いが込みあがってくる。
――ティナは、助かるのだ。
「……あなたも、酷い怪我なのです。おとなしく寝ておくのです」
「僕は、いいよ。大丈夫。それより、少しでも早くティナをお願い」
僕はぎりぎりと歯を食いしばって、立ち上がった。
ジオラはじっとこちらを見つめた後、すぐにティナへ向き直り、服をめくり、患部を確認した。
僕の目にも、その傷跡が見えた。
痛々しい傷だった。
本当に大丈夫だろうか。
今更になって一抹の不安を抱く。
もしだめなら、僕は、
「……?」
「どうしたの!? まさか――ッ」
「いえ、問題は、ないのです」
その言葉の後、緑色の光がジオラの小さな手に集まる。
町の治癒師よりもはるかに力強い光。
その光がティナの傷に当てられ、ゆっくりと時間を戻すように、傷口がふさがっていく。
よかった。
ああ、よかった。
「ねえねえ、『契約者』くんさぁ。僕の存在もう忘れちゃった? なんでもう安心しちゃってるのかな?」
安心するに決まっている。フレアが勝つのだから。
僕には確信があった。
奴のような外道に、フレアが負けるわけがない。
「はああ。なんだいそれは。 信頼? 信用? それとも依存? うらやましいねぇ。フレア、君もさぞかし嬉しいだろう?」
「――あなたは、誰?」
フレアが怪訝そうに問いかけた。
オルクスが、まるで似合っていない、きょとんとした顔をする。
「あららららぁ。なんてひどい。僕を忘れちゃうなんて! 僕だよ! オルクスだ! いつだったか忘れちゃったけど、話したことがあるだろ?」
「オル、クス?」
フレアが愕然とオルクスの名前を呟いた。
「『祝福者』のオルクス? あなたが? 嘘よ。だって、オルクスは……それに『祝福者』である私が、他の『祝福者』に気づかないわけ――」
「騙す意味なんてないさ! なんならそっちの『契約者』君に聞いてみるかい? ねえ、『契約者』君! 僕はこれ以上なく、どうしようもなく、『祝福者』だっただろう?」
フレアが勢いよくこちらを振り返った。
どこか縋るような目つきだった。
否定してくれと目で訴えていた。
が、僕は首を縦に振った。
残念ながら、そうでなくては説明ができないのだ。
フレアの顔から感情が消えた。
彼女がどう思ったのかはわからない。
けれど、彼女はオルクスに向き直って、
「……もし、そうだったとして、どうしてサクヤをあなたが殺そうとするの?」
「……サクヤ……へぇ、そういえば名前を聞いていなかったな。どうにも他人の名前に関心を持てないんだよなぁ」
「――答えてっ!」
フレアが吠えた。
手に持った剣をオルクスに向けて。嘘は許さないと言わんばかりに。
対して、オルクスは、当たり前すぎることを聞かれたかのように、退屈そうに口を開いた。
「答えるまでもない、簡単なことじゃないか? ……君を殺すためだよ」
「――え」
フレアが呆気にとられた声を出した。
……やっぱり、そうなのか。
僕もうすうす感じていたのだ。
もしかしたら、『祝福者』と僕みたいな一般人では考え方が違うのではないかと思って言うことはなかったが。
――本当に不死になりたいのなら、聖樹が勝手に選ぶことをただ座して待つだろうか、と。
フレアに聞いた予言では、最も相応しい『祝福者』に聖樹への道が開かれる、とあった。しかし、単純にその予言は曖昧過ぎるのだ。現に『祝福者』でも意見が分かれているとフレアは言っていた。
だけど、誰もが思いつく、不死の果実を確実に手に入れることができる方法がある。
それは、
「僕は死にたくないからねぇ。どうしても不死の果実を手に入れたいのさ。――他の『祝福者』をみーんな殺してでもね。君だって不死の存在にはなりたいだろ?」
「そんな、こと! 私は、そんな方法で、不死になんて――」
「きっと、君が言うところのそんな方法を考えているのは僕だけじゃない。他の『祝福者』たちだって、君に表ではいい顔していても、内心どう思ってるか分かったもんじゃないぜ? 君や騎士様みたいに、『祝福者』誰もが優しいわけじゃないのさ……いや、君や騎士様だって、実はその気持ち悪いほど綺麗な顔の裏では、黒いこと考えてるんじゃないのぉ?」
オルクスは人に嫌悪を抱かせるような、にちゃりとねばつく笑みを浮かべた。
フレアが首をぶるぶる振って、
「そんなわけない!」
フレアは、純粋過ぎるのだ。
『祝福者』の仲間が、そんなことするわけがないと本当に思っていたのだ。
「それに、僕みたいな屑が聖樹に選ばれるとも思えないしね」
それまでの芝居でも演じているかのような声とは打って変わって、ぼそぼそとした声でオルクスは言った。
「君はいいよなぁ、フレア。美しく、才能に溢れていて、どんな人間にでも好かれて。あぁ、うらやましい、ずるい、妬ましい、疎ましい…あぁ、気持ち悪い!」
「何を、言って!」
だめだ。あいつの言葉は――
「フレア! 聞いちゃだめだ!」
叫んだ。喉から。
オルクスの言葉をかき消すために。
「僕みたいな人間の言葉なんて聞いちゃだめだって? ひどいな――」
「あいつの言葉は、人を自分のいる場所まで引きずり下ろすための言葉だ! 呪いの言葉なんだ! 聞く必要なんてない!」
再び叫んだ。肺から。
オルクスの吐いた空気を吹き飛ばすために。
「えー、そうなのかなぁ?」
「うるさい! 黙れ!」
三度叫んだ。腹から。
オルクスの――
「……サクヤ」
フレアの声で、一旦落ち着いた。
彼女は、僕を見て微笑んでいた。
こんな時なのに、思わず見とれるほど、美しい笑みだった。
「……ありがとう」
「フレア……?」
「でも、私は、大丈夫だよ。私は――私はあいつの言葉なんて信じないっ! 私の友達はそんな人じゃない!」
息をのむ。
彼女は僕が思うよりずっと強かったのだ。
僕が心配する必要などなかったのだ。
「ふひゃっ」
嗤い声。
「ふひゃはははは! さすがだ! フレア! そうだよ! それでこそだ! 後で後悔するといい! そのお友達に後ろから刺された後にさぁ!」
「――もう、何も言わなくていいよ」
フレアが腰を落とす。
そうだ。切り伏せてしまえばいい。
あの『祝福者』を。あの悪意の塊を。
そうすれば、すべて解決するのだから。
「こちらの治癒は終わったのです! 次は、あなたを」
「う、うん。ありがとう」
ジオラが駆け寄ってきて、各所にある僕の傷に緑色の光を当てた。
当てられた部位がぬるま湯につかるように暖かい。
見る見るうちに傷が癒えていく。
これなら、動き回れる。微力だとしても、フレアの支援をできるはずだ。
「フレア、あいつは死体を操ってる。それで、バラバラになった状態からも復活したんだ。切った後も油断しないで。あとは、さっきみたいに骨を飛ばすから、それにも気を付けて!」
「……わかった!」
フレアが頷く。
どう考えてもあれは『祝福者』の能力だ。
つまり、どこかにいる『契約者』の魔力を消費するのだ。
消費するということは必ず限界が来る。切り続けていればいつかは倒せるはず。
僕でさえ一度はばらばらにできたのだ。フレアにできないわけがない。
「いくよっ!」
フレアが走り出した。
合わせて僕も『守護』の文字を刻み始める。
ここから離れるべきかとも思ったけど、僕だって少しは役に立てるはずだ。
「あなた、それは!?」
文字を刻み始めた僕の姿を見てジオラが驚いた声を上げた。
残念だけど説明している暇はない。
僕としては、前に出たフレアの足手まといになるような真似だけはなんとしても避けたい。後ろには無防備なティナだっているのだ。
まずは守りから。
オルクスはフレアが近づいてくるのをけん制するように、骨を飛ばしている。
しかし、フレアは一欠けらも残さず切り払っていった。僕には到底、あの速度で飛んでくる骨をはじくなんて真似できない。さすがだった。
そんなフレアの勇姿を見ているうちに『守護』の文字によって青白い透明な壁が完成した。
たぶん、この『守護』の壁なら、奴の骨を飛ばす攻撃も問題なく防げる。
次だ。
先ほどのように『炸裂』の文字を使ってしまうと、最悪、フレアを巻き込んでしまう。なら、ここは補助に徹するべきだ。
なら、どうする。
辺りを見回す。
ここに来るための明かりに使った『光』の魔導文字が刻まれた石が目に映る。
あれなら――
僕は石を拾う。
刻む文字は『光』。
ふんわりとした弱い光を放ち続ける文字。
刻印師が一番初めに学ぶ文字。
理由は暴走させてもあまり被害がないから。
魔力を流すと、文字に込められた魔力を使い果たしながら、ぴかりと光ってそれでおしまいだ。
ティナと一緒に何度も暴走させた過去が、脳裏によみがえる。
今は、たとえ目を瞑って刻んだってそんなへまはしない。
だけど、僕はあえて暴走させる。
ついでに魔力を普通の何倍も込めて。
「ジオラ、目を少し隠しておいてくれ」
「え?」
「早く! ――オルクス!」
僕は傍らの少女に警告し、彼女が目を隠すのをしっかり確認して、オルクスの注意をひくために、奴の名前を叫んだ。
同時に『光』の文字を刻んだ石を頭上に放り投げる。
そして、僕も目をぎゅっと閉じて、文字を起動させた。
「――うわあああああ!?」
悲鳴が聞こえた。
それはもちろんオルクスの悲鳴だ。
目を閉じていても分かる、圧倒的な閃光。
まともに直視すれば目はつぶれる。
しかも、夜の暗闇に目が慣れた相手なら、より効果は大きいはずだ。
数秒待ち、目をゆっくり開ける。
そこには――、
「やあフレア。元気だったかい?」
僕の声にかぶせるようにオルクスが声を上げた。
まるで親しい友人に声をかけるように。
今の状況が楽しくて仕方ないかのように。
しかし、その声をフレアは無視して、
「ジオラ!」
「はいなのです!」
フレアの呼びかけに、もう一人少女が姿を見せ、鈍色の髪を風になびかせて、こちらに駆け寄ってきた。
その姿が、知っている少女であることを確認して、僕はすぐさま、
「ジオラ! ティナを、ティナを早く治癒師のところへ――」
ティナの状態は一刻を争うはずだ。素人目にもわかる。
今も血はぼたぼたと滴り落ちているし、呼吸は虫の息よりも弱弱しい。
足を傷つけられた僕よりも、いくら幼いとはいえ、ジオラに運んでもらった方が少しは早いはずだ。
しかし、ジオラは、
「――いかないのです」
そう言って、首を横に振った。
呼吸の仕方を忘れた。
「……え? なん、で」
ふざけてる場合じゃ――
「この場で、治療するのです」
まさか、彼女は、
「私はフレア様の従者にして、料理人。そして剣士でもあり、ついでに治癒師でもあるのです」
そして、僕を安心させるようににっこりと笑った。
治癒師。
僕がずっと求めていた存在。緑色の光を放ち、人々の怪我を治す人。
今日、何度目かわからない涙があふれてくる。
おかしな笑いが込みあがってくる。
――ティナは、助かるのだ。
「……あなたも、酷い怪我なのです。おとなしく寝ておくのです」
「僕は、いいよ。大丈夫。それより、少しでも早くティナをお願い」
僕はぎりぎりと歯を食いしばって、立ち上がった。
ジオラはじっとこちらを見つめた後、すぐにティナへ向き直り、服をめくり、患部を確認した。
僕の目にも、その傷跡が見えた。
痛々しい傷だった。
本当に大丈夫だろうか。
今更になって一抹の不安を抱く。
もしだめなら、僕は、
「……?」
「どうしたの!? まさか――ッ」
「いえ、問題は、ないのです」
その言葉の後、緑色の光がジオラの小さな手に集まる。
町の治癒師よりもはるかに力強い光。
その光がティナの傷に当てられ、ゆっくりと時間を戻すように、傷口がふさがっていく。
よかった。
ああ、よかった。
「ねえねえ、『契約者』くんさぁ。僕の存在もう忘れちゃった? なんでもう安心しちゃってるのかな?」
安心するに決まっている。フレアが勝つのだから。
僕には確信があった。
奴のような外道に、フレアが負けるわけがない。
「はああ。なんだいそれは。 信頼? 信用? それとも依存? うらやましいねぇ。フレア、君もさぞかし嬉しいだろう?」
「――あなたは、誰?」
フレアが怪訝そうに問いかけた。
オルクスが、まるで似合っていない、きょとんとした顔をする。
「あららららぁ。なんてひどい。僕を忘れちゃうなんて! 僕だよ! オルクスだ! いつだったか忘れちゃったけど、話したことがあるだろ?」
「オル、クス?」
フレアが愕然とオルクスの名前を呟いた。
「『祝福者』のオルクス? あなたが? 嘘よ。だって、オルクスは……それに『祝福者』である私が、他の『祝福者』に気づかないわけ――」
「騙す意味なんてないさ! なんならそっちの『契約者』君に聞いてみるかい? ねえ、『契約者』君! 僕はこれ以上なく、どうしようもなく、『祝福者』だっただろう?」
フレアが勢いよくこちらを振り返った。
どこか縋るような目つきだった。
否定してくれと目で訴えていた。
が、僕は首を縦に振った。
残念ながら、そうでなくては説明ができないのだ。
フレアの顔から感情が消えた。
彼女がどう思ったのかはわからない。
けれど、彼女はオルクスに向き直って、
「……もし、そうだったとして、どうしてサクヤをあなたが殺そうとするの?」
「……サクヤ……へぇ、そういえば名前を聞いていなかったな。どうにも他人の名前に関心を持てないんだよなぁ」
「――答えてっ!」
フレアが吠えた。
手に持った剣をオルクスに向けて。嘘は許さないと言わんばかりに。
対して、オルクスは、当たり前すぎることを聞かれたかのように、退屈そうに口を開いた。
「答えるまでもない、簡単なことじゃないか? ……君を殺すためだよ」
「――え」
フレアが呆気にとられた声を出した。
……やっぱり、そうなのか。
僕もうすうす感じていたのだ。
もしかしたら、『祝福者』と僕みたいな一般人では考え方が違うのではないかと思って言うことはなかったが。
――本当に不死になりたいのなら、聖樹が勝手に選ぶことをただ座して待つだろうか、と。
フレアに聞いた予言では、最も相応しい『祝福者』に聖樹への道が開かれる、とあった。しかし、単純にその予言は曖昧過ぎるのだ。現に『祝福者』でも意見が分かれているとフレアは言っていた。
だけど、誰もが思いつく、不死の果実を確実に手に入れることができる方法がある。
それは、
「僕は死にたくないからねぇ。どうしても不死の果実を手に入れたいのさ。――他の『祝福者』をみーんな殺してでもね。君だって不死の存在にはなりたいだろ?」
「そんな、こと! 私は、そんな方法で、不死になんて――」
「きっと、君が言うところのそんな方法を考えているのは僕だけじゃない。他の『祝福者』たちだって、君に表ではいい顔していても、内心どう思ってるか分かったもんじゃないぜ? 君や騎士様みたいに、『祝福者』誰もが優しいわけじゃないのさ……いや、君や騎士様だって、実はその気持ち悪いほど綺麗な顔の裏では、黒いこと考えてるんじゃないのぉ?」
オルクスは人に嫌悪を抱かせるような、にちゃりとねばつく笑みを浮かべた。
フレアが首をぶるぶる振って、
「そんなわけない!」
フレアは、純粋過ぎるのだ。
『祝福者』の仲間が、そんなことするわけがないと本当に思っていたのだ。
「それに、僕みたいな屑が聖樹に選ばれるとも思えないしね」
それまでの芝居でも演じているかのような声とは打って変わって、ぼそぼそとした声でオルクスは言った。
「君はいいよなぁ、フレア。美しく、才能に溢れていて、どんな人間にでも好かれて。あぁ、うらやましい、ずるい、妬ましい、疎ましい…あぁ、気持ち悪い!」
「何を、言って!」
だめだ。あいつの言葉は――
「フレア! 聞いちゃだめだ!」
叫んだ。喉から。
オルクスの言葉をかき消すために。
「僕みたいな人間の言葉なんて聞いちゃだめだって? ひどいな――」
「あいつの言葉は、人を自分のいる場所まで引きずり下ろすための言葉だ! 呪いの言葉なんだ! 聞く必要なんてない!」
再び叫んだ。肺から。
オルクスの吐いた空気を吹き飛ばすために。
「えー、そうなのかなぁ?」
「うるさい! 黙れ!」
三度叫んだ。腹から。
オルクスの――
「……サクヤ」
フレアの声で、一旦落ち着いた。
彼女は、僕を見て微笑んでいた。
こんな時なのに、思わず見とれるほど、美しい笑みだった。
「……ありがとう」
「フレア……?」
「でも、私は、大丈夫だよ。私は――私はあいつの言葉なんて信じないっ! 私の友達はそんな人じゃない!」
息をのむ。
彼女は僕が思うよりずっと強かったのだ。
僕が心配する必要などなかったのだ。
「ふひゃっ」
嗤い声。
「ふひゃはははは! さすがだ! フレア! そうだよ! それでこそだ! 後で後悔するといい! そのお友達に後ろから刺された後にさぁ!」
「――もう、何も言わなくていいよ」
フレアが腰を落とす。
そうだ。切り伏せてしまえばいい。
あの『祝福者』を。あの悪意の塊を。
そうすれば、すべて解決するのだから。
「こちらの治癒は終わったのです! 次は、あなたを」
「う、うん。ありがとう」
ジオラが駆け寄ってきて、各所にある僕の傷に緑色の光を当てた。
当てられた部位がぬるま湯につかるように暖かい。
見る見るうちに傷が癒えていく。
これなら、動き回れる。微力だとしても、フレアの支援をできるはずだ。
「フレア、あいつは死体を操ってる。それで、バラバラになった状態からも復活したんだ。切った後も油断しないで。あとは、さっきみたいに骨を飛ばすから、それにも気を付けて!」
「……わかった!」
フレアが頷く。
どう考えてもあれは『祝福者』の能力だ。
つまり、どこかにいる『契約者』の魔力を消費するのだ。
消費するということは必ず限界が来る。切り続けていればいつかは倒せるはず。
僕でさえ一度はばらばらにできたのだ。フレアにできないわけがない。
「いくよっ!」
フレアが走り出した。
合わせて僕も『守護』の文字を刻み始める。
ここから離れるべきかとも思ったけど、僕だって少しは役に立てるはずだ。
「あなた、それは!?」
文字を刻み始めた僕の姿を見てジオラが驚いた声を上げた。
残念だけど説明している暇はない。
僕としては、前に出たフレアの足手まといになるような真似だけはなんとしても避けたい。後ろには無防備なティナだっているのだ。
まずは守りから。
オルクスはフレアが近づいてくるのをけん制するように、骨を飛ばしている。
しかし、フレアは一欠けらも残さず切り払っていった。僕には到底、あの速度で飛んでくる骨をはじくなんて真似できない。さすがだった。
そんなフレアの勇姿を見ているうちに『守護』の文字によって青白い透明な壁が完成した。
たぶん、この『守護』の壁なら、奴の骨を飛ばす攻撃も問題なく防げる。
次だ。
先ほどのように『炸裂』の文字を使ってしまうと、最悪、フレアを巻き込んでしまう。なら、ここは補助に徹するべきだ。
なら、どうする。
辺りを見回す。
ここに来るための明かりに使った『光』の魔導文字が刻まれた石が目に映る。
あれなら――
僕は石を拾う。
刻む文字は『光』。
ふんわりとした弱い光を放ち続ける文字。
刻印師が一番初めに学ぶ文字。
理由は暴走させてもあまり被害がないから。
魔力を流すと、文字に込められた魔力を使い果たしながら、ぴかりと光ってそれでおしまいだ。
ティナと一緒に何度も暴走させた過去が、脳裏によみがえる。
今は、たとえ目を瞑って刻んだってそんなへまはしない。
だけど、僕はあえて暴走させる。
ついでに魔力を普通の何倍も込めて。
「ジオラ、目を少し隠しておいてくれ」
「え?」
「早く! ――オルクス!」
僕は傍らの少女に警告し、彼女が目を隠すのをしっかり確認して、オルクスの注意をひくために、奴の名前を叫んだ。
同時に『光』の文字を刻んだ石を頭上に放り投げる。
そして、僕も目をぎゅっと閉じて、文字を起動させた。
「――うわあああああ!?」
悲鳴が聞こえた。
それはもちろんオルクスの悲鳴だ。
目を閉じていても分かる、圧倒的な閃光。
まともに直視すれば目はつぶれる。
しかも、夜の暗闇に目が慣れた相手なら、より効果は大きいはずだ。
数秒待ち、目をゆっくり開ける。
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第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
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