上 下
14 / 99
2.王都書生編

4.まずはスモールスケールで試してみることのススメ

しおりを挟む
 明くる晩、ジェームスさんとチャールズさんが帰宅するのを待って、エスタさんも同席してもらい、推薦状用の課題をエクリン家の差配する町パルスキーの再建にすることの了解を得る。

 「アルフ君。それで僕らに話をいうのは?」

チャールズさんが話の口火を切る。

「この3か月間で、おかげさまで「国家論」「富と権力」「税と国民」や関係書籍・文献についてはおおよそ理解できました。少し早いですが、入学試験の推薦状を書いていただくための課題を考えました。パルスキーの税収を5年前のレベルに回復させるための提案書の作成とその初期の実行までを課題にしたいと考えました。エクリン家の町ですので、そのご許可をいただきたいのです」

と提案すると、ジェームスさんは驚いた表情をしていた。

「アルフ君。「国家論」「富と権力」「税と国民」を理解したといったけど、まだ3か月だよ。普通、早くても半年はかかるところ、もう理解したいというのかい?」

とジェームスさんが聞いてくる。

「はい。実家にいた時から、書庫に入り浸り、「富と権力」は元々覚えていましたので」

「チャールズ。アルク君にいっていることは本当かい?」

「ええ。おそらくは。ほぼ2日1回は質問をうけていたのですが、確かに、ここ一か月ほどは、質問というよりも自分の理解が間違っていないか、という確認になっていましたので」

「では、アルフ君。過去の行政大学校の試験問題を、いくつか質問するから、答えなさい。」
とチャールズさんが過去の行政大学校を質問してくる。

「まず、ゲルーダ神聖王国における、宗教の果たした役割を説明しなさい」

「ゲルーダ神聖王国は、約30年前に滅亡しました。滅亡した理由は、国教であるアスレン教の分派の対立の激化が、そのまま王家の後継者対立に結びついてしまったことです。特定の分派の支持で国王になれたとしても、支持母体である分派への過剰な政治的譲歩が政治の硬直化を招き、それが三代にわたり続いたため、ついには国民に見限られ、隣国シスプチン王国勢力の侵入を許し、最後には外国勢力に支持された国民民主派よって王家は処断されてしまいました。

 建国当初は、アスレン教により、国への忠誠心、帰属意識、複数の民族により構成されていた国民の価値観の統一化、労働意欲の振興が旺盛でしたが、基盤となるアスレン教内の腐敗と内部の対立に伴い、国外勢力の侵入を許し、王国自体も次第に分裂・衰退してしまいました。根が腐れば、枝も枯れるという一例です」

「では、ゲルーダ神聖王国の国家元首ならば、どうすればよかったのか?考察を述べなさい」

「王国に対して、アスレン教の全体、教会本部、支部ごとの収支を年次で開示すること、開示内容についての質問を受け、説明責任を果たすことを義務付けるべきだったと考えます。加えて、教会のトップから司祭までの個人に対しても、公人として個人資産の収支の情報公開を徹底すれば、それだけで腐敗と分裂は避けられたと推測します。本当は王国から会計監査までいれたいところですが、そこまで行うと、教会からの反発と王国との対立を生むため、情報開示と質問と回答の義務づけまでが実行力のある対応と考えます」

つかえることなく、回答していく。

ジェームスさんは、俺の私見を聞き、「ほぅ」とつぶやく。
 
これ以外にも、5つの問答をして、1時間くらい経過した。

チャールズさんが感想を述べる。

「大したものだな。内容の暗記だけならば、時間と努力でなんとかできるが、対応策の考察が個性的だと思う。模範解答ではなく、武力背景を後ろにチラつかせつつ、平和的解決案を提示しているところが、良い意味でいやらしい。僕には思いつかなかった案ばかりだよ」

しかし、ジェームスさんが、注意を促す。

「まだ政治的駆け引きの考察が甘いところもあるけれど、発想自体は実に面白い。チャールズがいったように平和的に解決すれば、余計な軍費もかからず実利をとれる。ただ、結論のみ述べるのはよいのだけど、それだと試験官によっては、模範解答を知らず、発想のみで回答しているように思われるから、定石をうたった上で、定石のデメリットを指摘し、自身の回答で補う、という説明の仕方をした方がよいね。これは、官吏になった後でも大いに役立つから覚えておきなさい」

ありがたい助言だ。
ジェームスさんが続けて、コメントする。

「基礎ができているのは、よくわかった。元々知識があったからといっても、3か月でここまで修得するとは、大変な努力したのだね。それで、パルスキーの税収を5年前の水準まで戻すことを推薦状の課題に選びたいということだったね」

「そうです。書庫に籠っていたら、たまたま、パルスキーの税収の推移や産業の変化を見つけて、2週間ほど、定石に当てはめて構想を練っていました。ジャームス卿、チャールズ様は官吏の仕事でお忙しく、町の管理の詳細までは、手が回らないと思います。日ごろからお世話になっている師匠の町ですので、若輩ですが、少しでもお役に立ちたいと思います。お許しいただけるならば、現地にいって、実情を見てきたいと思います」

と、ジェームスとチャールズの気分を害さないように、二人とも忙しくて手が付けられないだろうと理由をつくってあげて、学んだ知識をまずは小さい町で試したいとうずうずしている感を隠しながら、パルスキーの再建を課題にすること、および現地へ行く許可を得た。

「小役人のススメ」の一説にも、「知試すならば、まず小にて測ることを良とする。小の実を大へ変じるとき、また業が必要なり」とあるし。

つまり、「得た知識を試すには、スモールスケールで実験してみて、徐々に規模を拡大するとよい。規模を大きくするときは、スモールスケールでの結果にさらに工夫する必要があるから注意しなさい」ということを説いている。

さあ、これで町へ視察へいけるぞ!!と俺は張り切る。
しおりを挟む

処理中です...