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2.王都書生編

3.暗いかび臭い部屋の中で本のにおいをクンクンと長時間かぐことなかれのススメ

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 一週間前にエクリン家へと引っ越しをした。
 
 引っ越しのタイミングで、エクリン家を紹介してくれたテリトー卿へ、無事、書生になれたことの報告と仲介の労をとってくれたことの礼状を出しておいた。直接会って、あれこれ俺のことを詮索されると困るので、礼状のやりとりくらいにしておこう。

 エクリン家では、書生として部屋をあてがってもらった。思った以上に立派な造でびっくりした。
 
 広い部屋にほとんど荷物がない。

 俺の荷物は、愛書「小役人のススメ」、格好ばかりの下級貴族の子弟御用達のなまくら剣、護身用にいつも隠し持っている鋭利なナイフと小太刀、エスクがくれた緊急時に護身用魔法が自動発動する指輪、着替えが数枚、、、、以外は何もない。
 なにかあれば、エクスがつくってくれた亞空間から取り出せばよいから持ち歩く必要はない。

 それに書生は、時間はあるがカネがないのが相場で、貧乏くさい質素な生活をしていた方が様になる。

 引っ越して、すぐにジェームスさんとチャールズさんから、今後の教育方針について説明を受けた。

「アルフ君。これから半年で、「国家論」「富と権力」それと「税と国民」の内容を身体に身に着けてもらう。覚えるのではなく、使いこなせるように、「身に着けて」もらうからね。残り半年は、自分で課題を見つけて、身に着けた知識を用いて、課題解決の提案書を起案してもらう予定だ。提案書の出来次第では、入試に大きく加点される可能性もあるから頑張りなさい。」
 
 そうか。内官の書生になると、独学で勉強するよりも、入試時に推薦状という加点がつくのだと、このとき初めて知った。さすがコネがものを言う中央官僚の世界だ。
 
 ジャームスさんが続ける。

 「それと、屋敷内の図書室は自由につかってくれてよいからね。本の内容や解釈についてわからなかったら、チャールズに聞くといい。行政大学校を卒業してまだ数年だから、私よりもわかりやすく説明してくれるだろう。」

 とジェームスさん。

「アルフ君。うちが階位の降格処分を受けてからのはじめての書生が君だ。僕もまだ若輩の身だけど、できることは協力するつもりだ。なんでも言ってくれ。我が家から、久しぶりに書生がでてうれしいよ」

とチャールズさん。

 実家の子爵家では、母は男兄弟の末っ子(妹は下にいるが)として俺を猫かわいがりしてくれたが、父、兄たち、重臣たちは、俺のことをいないものとして扱ってくれたものだ。
 
 それに引き換え、エクリン家の人たちの温かい事。ジェームスさんは時折、職場の財務局での話をしてくれる。チャールズさんもわからないところがあれば、会計局の仕事で忙しいのに、長時間つきあってくれる。若妻のエスタさんも家計が苦しいはずなのに、育ち盛りの俺を気遣い、肉を多めに出してくれる。
 
 愛書の一説、「恩には恩を、罰には倍の讐で報いるべし」に従い、エクリン家の恩を俺は一生忘れないよ。ジュリちゃんが路頭に迷ったら、迷わず手を差し伸べるからね。と心で涙を流した。

『エスタの奴、肉ばっかりじゃ。たまには甘味を出してほしいものじゃ。』

黙れ。エクス。俺の心の中の涙を返せ!

 書生生活がはじまり3か月間、早朝に起き、庭で身体と小太刀とナイフの捌き方を鍛え、朝食をエクリン家の人たちを一緒に取る。その後、図書室に籠り、夕食の時間に書庫から出て、夕食を一家みんなで取る。書籍でわからないところがあれば、夕食後、チャールズさんを捕まえて、教えを請い、深夜に寝る。という生活を送っている。

 昼食は、集中しているところを邪魔されたくないので、断っている。
 
 エスタさんは、育ち盛りなのを心配して、ありがたいことに書庫のデスクに軽食を準備してくれる。本当にありがたい。エクスよ。甘味がなくとも、余計なことは言ってくれるなよ。
 
 書庫で、「国家論」「富と権力」「税と国民」や他の書籍、文献から、国家権力の体制と国の盛衰、富の再分配の仕組み、徴税と国民生活水準の関係などを学んだ。

 ここ2週間は、エクリン家が差配している町の人口・税収推移・産業構造の変化が気になっている。
 
 王都から1日の好立地にもかかわらず、衰退のスピードが速く、5年前に比べて税収が3割も減少している。王都から近いので、王都に入るまでに最後の休息をとり、身なりを整えるための中継地として発展してきたはずなのに、近年、主産業の宿業等の労働人口が減少傾向で、傭兵やハンター業が盛んになっている。もっとも町全体の税収が落ちているので、寂れてきているのは間違いない。
 
 エクリン家への恩返しの意味を込めて、推薦状を書いてもらうための課題を、この町の再建案を起案しよう。そのために、まずは現状の把握、分析からだ。

 
 

 それはそうと、書庫に1日中籠っているが、本のカビ臭いニオイにはまってしまった。

 家によって、カビのニオイが微妙に違うことに気が付いた。
 実家の書庫よりもエクリン家の本のカビのニオイの方が芳醇な気がする。

 「はぁー、このカビ臭いニオイがたまらない。」
 
 ひと段落ついたとき、「税と国民」のニオイを気分転換の一環として、クンクン嗅いでいたところを、若奥様のエスタさんが、たまたま昼食を運んできてくれたようだ。

 その際、クンクンして、カビのニオイの刺激のあまり、麻薬中毒者のような涎を垂らし、イッちゃっている顔をバッチリ見られてしまったようだ。

 その日の晩には、エクリン家中に、アルフはカビ臭いニオイもwelcomeな「匂いフェチ」だとのうわさが広がり、エスタさんや若いメイドさん達から、その日を境に、話をする際の距離を妙に開けられていたことに気が付くのは、数年後のことだった。
 
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