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1章 覚醒するバカ

第12話 VSスライム

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 ダンジョンに入ると一メートル先が見えなかった。
 白紙の用紙を顔面にくっ付けられているぐらいに目の前が白い。
 霧。
「戻りましょう」
 新庄かなが言い出した時には後ろを振り返っても、もうダンジョンの出入り口である黒い渦は見えなかった。
 彼女が日本刀を抜いたらしく、燃え上がる炎だけが霧の中で浮いてた。

 敵だ、敵だ、敵だ。

 四方八方から甲高い声が聞こえた。
 たぶん魔物の声だろう。
「近くに魔物がいる」
 と俺は言った。
「当たり前でしょう。ダンジョンなんだから」
 新庄かなの声。
 あとの四人はどこにいるんだろうか?
 わぁーーー、と叫び声が離れた場所から聞こえた。

 誰かが攻撃されている。

 一体、どんな魔物なんだろうか?
 声の数が多い。
 しかも同じような言葉しか呟いていない。
 もしかしたら単細胞的な魔物なのか?
  
 地面が濡れている。足が土に掴まれる。
 借りていた銃を握りしめた。

 霧が薄っすらと晴れていく。
 近くにいた新庄かなの顔がわかった。
 顔を引きつらせて、「最悪」と呟いていた。
 辺りの景色が見えるようになっていく。
 膝ほど伸びた草が生い茂っている。
 ダンジョンの出入り口である黒い渦が離れたところに見えた。
 現実世界に戻るために歩いていたけど、ダンジョンの出入り口から離れていたらしい。
 新庄かな以外の四人はいない。
 俺と彼女だけだった。
 風も無いのに、草がカサカサと揺れた。
 動いた草を見る。
 透明のビニール袋に水を詰め込んだものが動いている。
 スライムだった。
 銃口をスライムに向けた。
 バンバン、と二発撃つ。
 一発だけ当たったけど、スライムは蚊でも刺されたみたいに微動にしない。
 銃弾はスライムの体の中に入り、金魚鉢の金魚のようにスライムの体を動いている。
 ジリジリとスライムが近づいて来る。
「バカなの? スライムに銃は効かないわよ」
「それじゃあ、早く切ってくれ」
「バカなの? スライムを切っても意味ないわ。自動回復するわよ」
「どうすんだよ?」
「私達には戦えないわ。逃げましょう」
 彼女が走り出す。だけどすぐに走り出した足は止まった。
 大小様々なスライムに囲まれている。
 終わりましたー。完全に完璧に終わりました。
 俺達はスライムを倒せるレベルにまで達していない。それなのにスライムに包囲されている。
 よく見たら大きなスライムの体に、服と骨が入っている。
 一緒にダンジョンに入って来た大学生の服っぽい。
 ジャージにプロテクター。それに人間の骨がスライムの体の中で洗濯機のように回っている。
 一匹のスライムが新庄かなに飛びかかった。
 彼女は、スライムを炎の剣で切った。
『あちぃぃ』と甲高い声。
 切られたスライムは真二つになり、すぐに一つに戻る。
「ほらね。意味ないでしょ?」
「でも炎は効いているみたいだよ」
「スライムの表情がわかるの?」
「魔物の声が聞こえるんだ」
「……本当?」
 うん、と俺は頷く。
 またスライムが飛びかかって来る。
 
 彼女は魔力を剣に注いだ。炎が一気に燃え上がる。
 その炎でスライムを切った。

 じゅ~~~、と音と共にスライムが蒸発した。

「本当ね」
 新庄かなが荒い息で言った。
 炎が水をかけたように消えて行く。
「でも魔力切れ」
 えっ?
 彼女の剣を覆っていた炎が完全に消えてしまった。
 ちぇ、と彼女が舌打ちする。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない」
 彼女が言った。
「クソ。まだやりたいことがいっぱいあるんだよ。冒険者なんて最悪。死にたくない。家に帰りたい」
 震える声で新庄かなが言った。


 バスケットボールぐらいの大きさの三匹のスライムが同時に飛びかかって来た。
 俺はスキルも無いし、彼女を助ける力も無いのに、飛びかかってきたスライムから新庄かなを守るように、彼女の前に立った。
「どうして? バカなの? 弱いくせに?」
 後ろから新庄かなの声が聞こえた。
 誰かが怯えていたり、悲しんでいるのは純粋に嫌だった。
「カッコいいセリフを言いたいけど、一切思いつきません」
 スライムがくっ付いた右手が溶けていく。
 肉が溶けて骨だけになっていく手。
 それなのに痛くはなかった。
 もし助かったとしても、もう二度と普通の生活はできないだろう。
 いや、助かる訳がない。
 俺はココで死ぬんだ。
 スライムに吸収されて骨だけになるんだ。
 足にくっ付いたスライムが水飴のように形状を変えながら俺の足を覆う。
 そして体に巻き付いたスライムと足に巻き付いたスライムが合体していく。


『スライムの攻撃スキル、吸収ができるように成長しました』


 神の声が脳天から聞こえた。
 えっ?
 スライムの吸収?
 なにそれ?
 でも考えている暇はなかった。
 三匹のスライムが俺の体で合体して、飲み込もうとしている。

「吸収」
 と俺は言った。
 左手でスライムに触れた。
 吸い込める、そう思った。
 ズズズズズズ、と手の平にスライムを吸い込んでいく。
 手の平が掃除機になったような感覚だった。


『スライムの固有スキル、自動回復ができるように成長しました』


 スライムに吸収されて骨になってしまった手の平が、元の肉に覆われた手に戻って行く。
 他のスライムも次々と飛びかかって来る。
「吸収」と俺は言う。
 手の平が大きな掃除機になった感じ。
 ズボボボボボ、スライム達を次から次に吸収していく。

 気づいた時にはスライムは一匹もいなかった。

 後ろを振り返って新庄かなを見た。
 彼女は目を丸くさせて俺を見ている。
「なにそれ?」
 と彼女が呟く。
「……知らない」


 体の中に違和感があった。
 手の平を触る。
 水飴を触るようにプニプニした感触。
 手の平に手を突っ込む。
 変な描写だけど、実際に手のひらに手を突っ込むことができた。
 たぶん吸収というスキルの影響で、一部をスライム化させることができるんだと思う。
 そしてスライム化した手の中から違和感を掴んだ。
 引っこ抜くと大学生の服が左手から引っ張り出せた。
 まだ違和感がある。
 次に取り出したのは、大学生の骨だった。
「……すごい」
 と新庄かなが呟いた。


 それから俺達は他に生きている人間がいないか探した。
「私達、一緒にパーティーを組みましょう」
 と彼女が言った。
「どうして?」
「強い人とパーティーを組みたい」と彼女が言った。「死にたくないから」
「俺、別に強くないよ」
「そうかしら」と彼女が言う。「そんなスキルを使える人はいないと思うけど」
「それじゃあお嬢って呼んでもいい?」
 彼女にピッタリの愛称だった。田中中が彼女をお嬢と呼んでいて、俺も呼びたかった。
「どうして?」
「呼びたいから」
「いいわよ。私は君のこと光太郎って呼ぶわね」


 結果で言えば三人の大学生はスライムに骨だけにされていた。
 せめて骨だけでも持って帰ってあげようということになった。
 田中中も骨にされとけばよかったのに、彼はこのフィールドで唯一の木に登り、スライムから逃げていた。
「降りて来て大丈夫だよ」
 と俺が言う。
「嘘だ。だってスライムいるじゃん」
「全部倒した」と俺が言う。
「お嬢、お嬢が倒してくれたのですか?」
「光太郎が倒したのよ」
 と彼女が言った。
「つまらないご冗談を」
 田中中が木から降りて来る。
 降りて来る、というより落ちてきた。
 ドスン。
「痛っ」と腰をさすりながら、彼が立ち上がる。
「僕はお嬢に付いて行きます」
「付いて来ないで」
「これから僕は、あなたと共に戦います。パーティーを組みましょう。数少ないヒーラーとしてあなたの役に立ちましょう」
「本当にいらない」
 苦虫を噛みしめるようにお嬢が言った。
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