サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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練習試合1

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 私がチームを勝たせる、と静かに力強く真希が宣言したとき、漫画ではないが、何か背後にオーラのようなものを見た気がした。普段の真希からは貫禄のようなものは感じないが、バレーのことになるとそれは間違いだと皆気がつく。静かに闘志を燃やし、内に秘める人なのだ、女王と呼ばれるだけのものの片鱗をバレーをするときだけ覗かせる。
それと、チームを勝たせる、というのは真希の口癖だ。いつもそうやって私たちの先頭に立っていた。
「練習は、準備運動後、レシーブからね。レシーブできないと試合にならないから、ここに一番練習時間を割くよ」
 足を大きく広げ、上半身を床に密着させ、顔だけ前を向いた状態で真希は全員に声をかけた。
 真希は予告通り、二時間ほどの活動時間中半分をレシーブに割き、しばし休憩となった。
 私は体育館入り口の階段に座り、外の涼しい風を浴びていた。
「結構ハードだね」
 いつの間にか、真希が隣に立っていたから軽口を叩いた。
「もしかして、キツイ?」
「私は大丈夫。一年生がぐったりしてるから」
 私は体育館の中にいる一年生たちを指で示した。一番元気な春日さんも床に座り込み、何もない空中を見つめている。
「一年生もブランクあるし、体力を戻すという意味ではこれくらいでいいんじゃない」
 私は真希が変に気を回さないようにフォローを入れた。私は、真希が必要だと思う練習量、質を落としたくなかった。真希には存分にプレーしてもらいたい。厳しくてだれか一人がやめてしまっては試合に出られなくなり、本末転倒なのだが。
 始めるよ、と真希が一声かけ、練習が再開された。
「じゃあ、クイックを教えよう。北村さん、双海さん」
 真希はコート中央ネット際で二人を手招きした。それにつられるように全員が真希の周りに集まる。
「まず二人のブロック位置は、三人の中で左端。つまり相手のライト側をマーク。ちなみに私と奈緒は真ん中で、相手の全攻撃に対してブロックを跳ぶ」
 私は突然レベルの高い要求をされ、変な声が出そうになったが、話の腰を折りそうだったのでグッと堪えた。まず相手のクイックを止めるつもりで跳んで、それが囮だった場合、ライトなりレフトへ移動してまた止めるつもりで跳ぶ。ライトもしくはレフトへのトスが低く速い場合、当然それに合わせて素早く移動しなければならない。必然的に運動量、負担が大きくなる。
 真希はやってのけてしまうんだろうなと、私は小さく溜息をついた。
「ブロック跳んだら、アタックラインくらいまで下がって。そこから助走。後はボールを鋭くコートに落とす。流れはこんな感じ」
 真希は実際に動きながら、口で説明していく。
 真希の説明はシンプルで分かりやすいが、実際にやると結構ハードだ。
「それと、Aクイックじゃなくて、Bクイックね」
「Bですか」
 北村さんと双海さんが意表を突かれように口を挟んだ。
Bクイックである理由に私はすぐに思い当たったが、良子が少し早く説明を始めた。
「Aクイックはレシーブが綺麗に上がらないと使えないけど、Bクイックなら多少レシーブが短くても強引に使うことができる」
「そういうこと。じゃあやってみようか。相手コートのライト側からボール投げるから、打つ人はブロック跳んで、打たない人はレシーブね」
 二人とも最初は空振りや、タイミングが合わずボールにバックスピンがかかりながら相手コートに落ちたりと、形にならなかったが、少しずつ打てるようになってきた。春日さんも途中から加わり、お手本のようなBクイックを披露し、一年生を驚かせた。そうこうしているうちに活動終了のチャイムが鳴り響いた。
「しまった。サーブ練習が」
 真希は小さく毒づいたが、今日の練習は終わりだ。
「練習は長時間やればいいってもんじゃない。決められた時間で、自分が何を身につけ、何のために練習しているか考えながら取り組んで。もちろんアドバイスもするし、練習の意図も教える。大会まで時間はないよ、集中していこう」
 全員がはい、と元気よく返事したところで解散となった。

「さっき練習は長時間やればいいってもんじゃない、って言ってたのにね」
 私は真希のためにトスを上げてから、少し不満気な表情をしてみた。当然不満なんかないし、真希も意に介さない。
真希と私は皆が帰ってからも練習を続けていた。
 真希が綺麗にアタックを決め、着地してから私に向き直った。
「だって私練習してない」
 真希は昨日も今日も練習中は指導役に徹していた。真希自身の練習ができておらず、だからこその居残りだ。
「用事あるときは引き留めないから言ってね」
 真希が心配そうに私の顔を見てくる。
 私にとって今この瞬間、真希とバレーができる時間以上に大事なことなどないし、残り数か月貴重な時間、何事にも変えがたい。用事があると言って帰ることなど今の私にはありえない。
 真希が素早くコート中央まで戻り、私は間髪入れずに真希に向けボールを軽く打った。真希がそれを綺麗にレシーブし、先ほどより強いアタックを決める。
 真希のアタックには惚れ惚れする、皆が憧れを抱くのも分かると私はいつも思っている。私も小学生くらいのときには真希みたいになりたいと思っていたが、中学生でそれは完全に諦めた。
「そう言えば、昨日先生から逃げたけど、今日何も言われなかった?」
 真希にボールを軽く打ちながら私は聞いた。
「うん、呼び出された」
 真希はレシーブをし、レフト側に移動しながらさらりと言ってのける。
 私は、真希があっさり言うものだからトスしようとしていたボールをキャッチしてしまった。
「はい、相手に一点」
「大丈夫だったの」
 私は真希の冗談を無視した。冗談ではあるが、真希が言うように実際には相手に点が入ってしまう。
「うん、逃げたことには少し文句を言われたけど」
 過去に活動時間を守らなかった部活がしばらくの間活動停止を言い渡されたキツイ処分があったと、かつて先輩から聞かされたことを昨日お風呂に入りながら思い出した私は今日一日心配だったのだが、杞憂だったようだ。
「ついでだから、八時までなら活動していい許可ももらってきた」
 仕切り直してもう一度私がボールを打ち、真希がレシーブしながら少し誇らしげな顔をする。
 私たちは喋りながらも練習をやめることはない。喋らず黙々と練習することはあれど、口だけ動かすことはない。
「そんなことできるの」
 私は同じペース、同じ高さでトスを上げるように意識しながらトスを上げ、真希が打ち終わってから聞いた。
 金倉は部活に力を入れているわけではないし、ましてや強豪などと称される部活は一つもない。それなのに本来の活動時間を大幅に超える時間を真希が確保したことに私は驚きを隠せなかった。
「色仕掛けでもしたの」
 私は真希の筋肉質で丸みが少ない全身を上から下まで食い入るように見つめた。手足は長く、顔も小さく整っている。天は真希にいろいろなものを授けすぎだ。
「いやいやいや」
 真希がレシーブをし、私がトスを上げ、真希がアタックを華麗に決める一連の流れを終え、真希は少し躊躇いがちに答えた。
「私が、女王が、インハイ目指すって言ったらあっさりと」
 真希が表舞台に姿を見せなくなってから三年経った今でも、女王の名の威光は健在ということかと、私は納得した。
「良子がジャンプトスできるお陰でクイックが強く使える。嬉しい誤算だったよ」
 真希が強烈なアタックを決めてから、話をむりやり変えてきた。
「あれくらいで驚かないで。良子にはもう一個秘密兵器があるから」
 真希がキョトンとした顔をした。
「あれ、まだなんかあるの?」
 私は得意気な顔で、秘密、とだけ呟いた。
「キャプテン命令です、教えなさい」
 真希がキャプテン命令なんて似つかわしくない言葉を使うものだから、私は噴き出してしまった。
「まあ、隠す意味もないから明日良子に見せてもらいなよ」
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