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合宿1
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「ゴールデンウイークに合宿をする」
四月の最終週、南山、星和との練習試合から三日後のことだった。真希が突然部活を休んだ月曜日を挟み、練習を始める前に真希が全員を集め、そう切り出した。
「いいですね、やりましょう!」
こういうことにはいの一番に食いつく春日さんが即座に賛成の声を上げた。
真希は他の人たちの反応を伺った。反対の声は上がらなかったので、続ける。
「今年のゴールデンウイークは平日を挟んじゃうから五連休。最初の四日に三泊四日で合宿、最後の一日は休みにしようと思ってる。場所はいつも通りこの体育館」
「あれ、どこかに行くとかじゃないんですね」
春日さんが不思議そうな表情を浮かべている。
「急な思い付きだから、どうしてもね。でも昨日話をつけてきて、特別コーチを用意した」
あの真希が休んだことに驚いていた私は、そんなことをしていたのかと、納得した。
「学校とも話をつけた。布団はあるらしい。料理などする場合は家庭科室を使っていいと許可をもらった。お風呂は近くの銭湯を使ってくれ、とのこと」
真希はここで一度区切り、全員を見回した。
「何か質問ある人」
双海さんが小さく手を上げた。
「場所がここなら泊る必要ないんじゃないですか」
「当日になれば分かるよ」
真希は意味ありげに微笑んだ。
合宿当日初日、午前九時に全員が体育館に集合した。
「じゃあ合宿始めようか、と言いたいけれど特別コーチが来てないね」
真希の言葉にわずかに不安が滲んでいる。
「こんにちはー」
三十分ほどしたところで、真希が呼んだという特別コーチがのんびりした声で体育館に入って来た。準備運動を終えたばかりの私たちは一度その人の元に集合した。
私は真希が呼んだという特別コーチを見て度肝を抜かれた。デカッと、素直な第一印象を大声で叫びそうになるのを必死に抑えた。見ると真希以外全員が目を丸くしている。
真希より十センチは高く、一八五センチ以上はある。髪は春日さんと同じくらいのベリーショートで、明るい茶色に染めている。年齢は三十代くらいだろうか、
この人をどこかで見た気がするが、思い出せない。知り合いにはいないはずなのだが。
「紹介しようか、今日から四日間だけの特別コーチの」
「思い出した! 不動美咲だ!」
真希が紹介しようとすると、春日さんが突然叫び、この場にいる全員が春日さんに注目した。
「さすが春日さん、知ってるんだ」
「元日本代表キャプテンじゃないですか!」
私は驚き、改めて不動さんをまじまじと見つめた。そうだ、思い出した。五年くらい前まで日本代表でテレビとかで見ていた。どうりで見たことあるはずだ。
そんな人を真希はどうやって連れて来たのかと、不思議に思っていると、またしても春日さんが大声を上げた。
「そうだ、すぐ近くの東王大学のOGか」
東王大学、大学バレーの強豪。私は、真希がその東王大学からバレー部と思われる人たちと出てくるところを幾度となく目撃していたことを思い出した。OGであればコーチとして大学生の指導にあたっているのかもしれない。きっとそのときに知り合ったのだろう。しかしやはり疑問は残る。
「私たちの練習を見ていただくのは、ありがたいですが、いいんですか。一高校生のために自分の時間とか犠牲にしても」
私は思ったことを口にした。春日さんもうんうん、と頷いている。
「よくはないけどねえ。雇われの身じゃないから私が何しようが自由だからいいと言えばいいんだけど」
いいのか悪いのかどっちだと突っ込みを入れようとした瞬間、不動さんは真希を見つめ右腕で真希を抱き寄せた。
「それに、真希ちゃんに体で払ってもらったし」
今度は全員が一斉に真希に注目した。私はまたも変な声が出そうになったが必死に抑え込んだ。
「誤解を招くんでやめてください」
真希は静かにそう言って、右肩に置かれている不動さんの手を弾く。
「誤解じゃないと思うけど」
真希は溜息をついてから説明を始めた。
「私が高校卒業したら東王大学バレー部に入る、っていう条件で四日間の特別コーチをお願いした、それだけ」
「やっぱり、母校には強くあって欲しいからさ」
「はあ!?」
私は今度こそ声を押さえることができなかった。そして気がつけば何も考えずに罵倒をしていた。
「何考えてるの? 真希の将来と四日だけのコーチなんて、どう考えても釣り合わないでしょ! 真希は大学でもバレーを続けるとは思ってたけど、私たちのためにそんな簡単に決めないで!」
私は一息に言い切り、肩で息をしていた。
真希は私の反応に面食らってしまったようで、しばし沈黙が訪れた。
「元々、東王大学でバレーをやりたいと思ってたから、今回の交換条件は都合がよかったんだよ」
私は真希の言葉の真偽が分からず、真希の顔をじっと見つめた。真希は目線を逸らさず続ける。
「それに、受験しなくていいってのも魅力的だったし」
再び沈黙。
「いやいや、真希ちゃん、受験はするんだよ。この約束は真希ちゃんの受験が免除されて自動的に大学に受かるものでもなんでもないからね。そもそも私にそんな権力ないからね」
真希が気まずそうに私から目を逸らし
「時間もったいないし練習しようか」
と切り上げた。
私は一気に力が抜けこれ以上は真希の言う通り時間の無駄だと判断した。
「練習の前に」
不動さんが全員を見回し、一気に真剣な顔になったのを見て全員に緊張が走る。
「君たちの目標を教えてよ。それによっては」
「インハイ制覇です!」
不動さんが言い終わらないうちに春日さんは答えていた。
不動さんは驚いた表情を一瞬浮かべ、すぐに笑顔になり春日さんの頭を乱雑に撫でた。春日さんの頭が不動さんの手の動きに合わせて左右に揺れる。
「いいねえ、君、名前は」
「春日陽菜です」
「陽菜ちゃんね。私君みたいな人好きだよ。この中でなら、真希ちゃんの次くらいに好きになりそうだよ」
「不動さん、春日さんが困ってるから、もういいでしょ。練習しましょう」
真希がまたこの人はと、言わんばかりの呆れた表情を浮かべている。
不動さんは春日さんの頭から手を離し、頷いた。
「そうだね、始めようか。準備運動終わったら声かけて」
四月の最終週、南山、星和との練習試合から三日後のことだった。真希が突然部活を休んだ月曜日を挟み、練習を始める前に真希が全員を集め、そう切り出した。
「いいですね、やりましょう!」
こういうことにはいの一番に食いつく春日さんが即座に賛成の声を上げた。
真希は他の人たちの反応を伺った。反対の声は上がらなかったので、続ける。
「今年のゴールデンウイークは平日を挟んじゃうから五連休。最初の四日に三泊四日で合宿、最後の一日は休みにしようと思ってる。場所はいつも通りこの体育館」
「あれ、どこかに行くとかじゃないんですね」
春日さんが不思議そうな表情を浮かべている。
「急な思い付きだから、どうしてもね。でも昨日話をつけてきて、特別コーチを用意した」
あの真希が休んだことに驚いていた私は、そんなことをしていたのかと、納得した。
「学校とも話をつけた。布団はあるらしい。料理などする場合は家庭科室を使っていいと許可をもらった。お風呂は近くの銭湯を使ってくれ、とのこと」
真希はここで一度区切り、全員を見回した。
「何か質問ある人」
双海さんが小さく手を上げた。
「場所がここなら泊る必要ないんじゃないですか」
「当日になれば分かるよ」
真希は意味ありげに微笑んだ。
合宿当日初日、午前九時に全員が体育館に集合した。
「じゃあ合宿始めようか、と言いたいけれど特別コーチが来てないね」
真希の言葉にわずかに不安が滲んでいる。
「こんにちはー」
三十分ほどしたところで、真希が呼んだという特別コーチがのんびりした声で体育館に入って来た。準備運動を終えたばかりの私たちは一度その人の元に集合した。
私は真希が呼んだという特別コーチを見て度肝を抜かれた。デカッと、素直な第一印象を大声で叫びそうになるのを必死に抑えた。見ると真希以外全員が目を丸くしている。
真希より十センチは高く、一八五センチ以上はある。髪は春日さんと同じくらいのベリーショートで、明るい茶色に染めている。年齢は三十代くらいだろうか、
この人をどこかで見た気がするが、思い出せない。知り合いにはいないはずなのだが。
「紹介しようか、今日から四日間だけの特別コーチの」
「思い出した! 不動美咲だ!」
真希が紹介しようとすると、春日さんが突然叫び、この場にいる全員が春日さんに注目した。
「さすが春日さん、知ってるんだ」
「元日本代表キャプテンじゃないですか!」
私は驚き、改めて不動さんをまじまじと見つめた。そうだ、思い出した。五年くらい前まで日本代表でテレビとかで見ていた。どうりで見たことあるはずだ。
そんな人を真希はどうやって連れて来たのかと、不思議に思っていると、またしても春日さんが大声を上げた。
「そうだ、すぐ近くの東王大学のOGか」
東王大学、大学バレーの強豪。私は、真希がその東王大学からバレー部と思われる人たちと出てくるところを幾度となく目撃していたことを思い出した。OGであればコーチとして大学生の指導にあたっているのかもしれない。きっとそのときに知り合ったのだろう。しかしやはり疑問は残る。
「私たちの練習を見ていただくのは、ありがたいですが、いいんですか。一高校生のために自分の時間とか犠牲にしても」
私は思ったことを口にした。春日さんもうんうん、と頷いている。
「よくはないけどねえ。雇われの身じゃないから私が何しようが自由だからいいと言えばいいんだけど」
いいのか悪いのかどっちだと突っ込みを入れようとした瞬間、不動さんは真希を見つめ右腕で真希を抱き寄せた。
「それに、真希ちゃんに体で払ってもらったし」
今度は全員が一斉に真希に注目した。私はまたも変な声が出そうになったが必死に抑え込んだ。
「誤解を招くんでやめてください」
真希は静かにそう言って、右肩に置かれている不動さんの手を弾く。
「誤解じゃないと思うけど」
真希は溜息をついてから説明を始めた。
「私が高校卒業したら東王大学バレー部に入る、っていう条件で四日間の特別コーチをお願いした、それだけ」
「やっぱり、母校には強くあって欲しいからさ」
「はあ!?」
私は今度こそ声を押さえることができなかった。そして気がつけば何も考えずに罵倒をしていた。
「何考えてるの? 真希の将来と四日だけのコーチなんて、どう考えても釣り合わないでしょ! 真希は大学でもバレーを続けるとは思ってたけど、私たちのためにそんな簡単に決めないで!」
私は一息に言い切り、肩で息をしていた。
真希は私の反応に面食らってしまったようで、しばし沈黙が訪れた。
「元々、東王大学でバレーをやりたいと思ってたから、今回の交換条件は都合がよかったんだよ」
私は真希の言葉の真偽が分からず、真希の顔をじっと見つめた。真希は目線を逸らさず続ける。
「それに、受験しなくていいってのも魅力的だったし」
再び沈黙。
「いやいや、真希ちゃん、受験はするんだよ。この約束は真希ちゃんの受験が免除されて自動的に大学に受かるものでもなんでもないからね。そもそも私にそんな権力ないからね」
真希が気まずそうに私から目を逸らし
「時間もったいないし練習しようか」
と切り上げた。
私は一気に力が抜けこれ以上は真希の言う通り時間の無駄だと判断した。
「練習の前に」
不動さんが全員を見回し、一気に真剣な顔になったのを見て全員に緊張が走る。
「君たちの目標を教えてよ。それによっては」
「インハイ制覇です!」
不動さんが言い終わらないうちに春日さんは答えていた。
不動さんは驚いた表情を一瞬浮かべ、すぐに笑顔になり春日さんの頭を乱雑に撫でた。春日さんの頭が不動さんの手の動きに合わせて左右に揺れる。
「いいねえ、君、名前は」
「春日陽菜です」
「陽菜ちゃんね。私君みたいな人好きだよ。この中でなら、真希ちゃんの次くらいに好きになりそうだよ」
「不動さん、春日さんが困ってるから、もういいでしょ。練習しましょう」
真希がまたこの人はと、言わんばかりの呆れた表情を浮かべている。
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