サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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インターハイ予選3

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 午後一時ちょうどに星和戦が始まった。
 練習試合では一度も勝てなかったことが、チームに悪影響を及ぼさないかが唯一の懸念だ。
 両チームが挨拶と握手を交わし、星和のサーブから試合が始まった。
 星和のサーブが双海さんの真正面に飛んできた。それを難なく良子に返す。
 最序盤、レシーブもいい。クイックを使いたくなる場面だが、先の二試合を見てたのか、練習試合でつかなかったブロックが一人、北村さんについている。
 良子が真希にトスを上げる。まずは勢いに乗りたいという思惑だろう。
 真希は上がってきたトスを、相手ブロックの遥か上から床に打ち下ろした。今日一番の強烈なアタックが決まった。
 一回戦、二回戦より高く跳んでいる、私は真希の気合の入り具合に思わず顔がほころんだ。
「今日一のアタックだね」
「こんなもんじゃないよ」
 良子がボールを受け取り、サーブを打つためにエンドラインまで下がった。
 真希のアタック一発で委縮する程度のチームではない。どんなに強烈なアタックでも、一点は一点。星和は取り返せばいいだけと、思っているに違いない。事実真希のアタックを見ても動揺しているそぶりは全くない。
 笛が吹かれ、良子がサーブを打った。ボールは後衛二人の中間に向かって飛んでいき、一方が中途半端にボールに触り、レシーブが乱れた。
 相手のセッターがコート中央から強引にバックセミを上げ、ボールはネット近くに低く上がる。
「双海さん、抑えるよ」
 真希と双海さんが一緒にブロックを跳んだ。相手はほとんどジャンプすることなく、ボールをブロック下から指先目掛け打ち上げた。
 ボールが双海さんの指先を掠り、サイドラインを大きく超えて飛んでいった。
「気にしないで、すぐに取り返す」
 真希は双海さんを励まし、レシーブの位置についた。
 真希は宣言通りすぐに点を取るが、相手も点を取り返してくる。試合は3対2で一点リードした状態で真希のサーブとなった。
 ここまでは練習試合と同じか。あのときは真希が後衛の間、点が取れず負けてしまった。私はあのときとは比べものにならないくらい強くなっている。きっと大丈夫だ、私は深呼吸した。
 笛が吹かれ、真希はボールに回転をかけたトスを上げた。
 これだけ後ろが広いと、ジャンプサーブが打ちやすいはずだ。
 ボールが掌に当たり、広い体育館全体に音が響き渡った。その一瞬だけ、会場全体の動きが止まったかに思えた。
 ボールはだれも触れることなく、相手コートエンドライン際に落ちた。
 これで4対2。真希がミスしない限り、相手は何もできない。
 7対2となったところで、相手がたまらずタイムを要求した。
「このまま25点まで取りそうな勢いですね」
 春日さんがボトルの水を少し飲む。一年生にも関わらず三試合目でも余裕がありそうで安心する。
「どうかな。タイム後は集中力が切れやすいから、案外そう上手くはいかないかも」
 そう言いながら、真希に集中力が切れている様子は見られない。
 真希に限ってそんなことはないでしょと、私は大船に乗ったつもりだ。
 試合再開後も、真希のジャンプサーブの威力は衰えない。真希がミスをし、流れが途切れたが、10対3とリードを大きく広げた。
「奈緒、頼んだよ」
 相手のサーブが春日さんのすぐ横に飛んできた。春日さんがそれをレシーブし、良子が私にトスを上げた。
 相手は良子のトス回しに動じることなくブロックがきっちり私につく。私は上がってきたトスを強打するが、ブロックに阻まれ、レシーブが綺麗に相手セッターに返ってしまう。
 今、セッターが後衛。三パターンの攻撃をすべてブロックに跳ぶのは無茶ではと考えているうちに、相手レフト側に小さくトスが上がった。
 セミ、いや今までの攻撃よりボール一個分は低い、私はレフト側に走って何とかブロックを跳んだ。しかし、相手のアタックは一緒にブロックに跳んだ春日さんとの間をすり抜け、コートに落ちた。
 向こうは向こうで隠し玉を持っていた。だからこちらの練習試合の申し出をすべて断っていたわけだ。
 続けて相手のサーブが飛んでくる。北村さんがレシーブし、良子はライト側の春日さんにトスを上げた。
 春日さんは得意のクロス方向目掛け、力強く打った。ボールはブロックに当たり、軌道を変え、サイドラインを跨ぐように飛んでいった。
 相手の前衛レフトがコート外でジャンプをし、腕を高く伸ばして、セッターに返した。
 あの位置からアタックはない、バックセミかクイック、と私の意識からセミが外れた瞬間、レフト側にセミが上がった。
 嘘でしょ、と思っている間に、相手がノーブロックをいいことに綺麗に決めてきた。
 相手のサーブが続き、春日さんの攻撃はまたも綺麗にレシーブされる。
 今度はどこだ、何も分からないと、逡巡しているうちに、バックセミが上がった。
 これまた、普段のバックセミよりボール一個分は低い。私はボールを追いかけながらブロックに跳んだ。ボールはブロックの隙間に当たり、双海さんとの間に勢いよく落ちる。
「先生、タイムをお願いします」
 一度流れを切るべく、真希がベンチで半ば置物と化している顧問にタイムを要求した。顧問があたふたと審判にタイムを要求し、私たちは一度ベンチに集まった。
「相手の攻撃が練習試合で見たトスより、ボール一個分は低い」
 真希は肩で息をしている私たち前衛三人を見ながら険しい表情をしている。
「中途半端にブロックを跳ぶとかえってレシーブができない。そこで、相手のアタッカーが三人のときは、一人に対してブロックも一人にしよう。レシーブが大変だけど、変な方向に飛んでいくよりずっといい」
 審判の笛がタイム終了を告げる。
 コートに入り、試合が再開された。
 サーブが春日さんの目の前に飛んでくる。春日さんは丁寧にレシーブし、アタックのためにエンドラインとアタックラインの中間まで下がった。
 これじゃあ今までと同じだ。真希が後衛になった瞬間、点が取れず負ける。私は嫌な考えを振り払うように叫ぶ。
「レフト!」
 私の攻撃は大学生にだって通じてた。星和に通じないわけがない。この流れは断ち切る!
 トスは私の要求通り、レフト側に上がってきた。
 ブロックが三人いることを、助走の前に確認したが、関係ない。
 ぶち抜けばいいだけだ。私は全身をしならせ、ボールを相手ブロックに叩きつけた。
 相手ブロックがボールを吸い込み、両手でネットと自分の体の間にあるボールを上げようとしたところで、審判の笛が吹かれた。
 ホールディングだ。今のプレーがボールを持った、とみなされた。
「流れ切ったよ!」
 双海さんがサーブを打ち、ボールはセッターに綺麗に返ってしまう。
 一人だけを集中的にブロックすればいいのであれば、何も考えなくていい。私は相手のAクイックの動きに合わせ全力でジャンプした。
 相手セッターはそれを見越していたのか、バックセミを上げた。
 普段よりボール一個分低……くない! 組み合わせてくるのか、私は驚きトスの行方だけを目で追った。
 ブロックを跳ぶはずだった春日さんはタイミングをずらされ、上手くブロックに跳べず、相手のアタックが決まる。
 その後、相手の攻撃が止まらず、11対11となり、真希が作ったリードは消えた。
 全員に焦りが見え始め、心なしか息が荒い。
 何とか流れを切りたい、私は必死に考えた。その間にも笛が吹かれ、サーブが飛んでくる。
 北村さんのレシーブがネット上三〇センチのところを相手コートに直接返りそうになった。
 ボールの高さ、勢い、位置、すべてが好条件だった。私はほくそ笑んだ。
「良子!」
 私の叫びに良子が小さく頷いた。意味は分かっているみたいだ。
 練習を手伝っていた私以外は知らない良子の武器。左利きのセッターだけの特権。中学のときには思いつかなかったし、おそらくできなかったことだ。真希とまたバレーができるその日まで、一年生の頃からずっと練習してきた技を、ここで披露する。
 完全に相手の頭にはない攻撃だ。決まるか失敗するかで大きく流れが変わる。まだ一度も使ったことはないが、私は不思議と良子が失敗するイメージが湧かなかった。
 良子はネット平行に体を向け、大げさなジャンプトスに見せかけるために両腕を振り、その場で大きく飛び跳ねた。
 良子は空中で向きを変え、アタックの態勢に入った。
 相手が良子の意図に気がつき、ブロックに跳んだが遅い。
 良子はすでに左手でボールを打っており、意表を突かれた相手は一歩も動けずに、ボールがコートに叩きつけられた。
「おおおお」
 春日さんがわけの分からない叫びを上げながら良子に抱き着いた。
「犬飼先輩、なんですか今の!」
 春日さんが耳元近くで叫ぶものだから、良子は顔をしかめたが、すぐに笑顔になった。
「綺麗に決まったね」
 私も嬉しくなり良子の元に駆け寄ってきた。
「本当は決勝で披露しようかと思ったけど、いいボールだったし、流れも切りたかったから」
 良子の言葉に真希が頷いた。
「いい判断だと思う。これで良子が前衛にいても、レシーブによるけど、奈緒一人に集中マークがなくなる。大分やりやすくなる」
 真希の言葉通り、相手は良子のツーアタックを常に警戒せねばならない。ブロックが薄くなり、私の攻撃も通りやすくなる。
 シーソーゲームが続いたが、15対15で真希が前衛に上がってきた。
「私が前衛にいる間、点を稼ぐ。サーブと合わせてそれで勝つ。後は任せて」
 真希はチーム全体を鼓舞した。
 真希の言葉通り、アタックで五点、サーブで五点稼ぎ、第一セットを奪った。
 コートチェンジし、私たちはベンチで円形になった。
「皆いい感じだね」
 真希の顔から少しだけ安心した表情が読める。
「良子、ツーアタックは使えるときに使おう。もう隠す意味はない。練習の意味も兼ねて遠慮せずやっちゃって」
 良子が頷くと同時に第二セット開始の笛が吹かれた。
「油断はしないでね。残り25点、持てる力すべてを出し切ろう」
私のサーブで第二試合が始まる。
 真希が前衛の間は全攻撃を抑えてくれるはずだが。
真希は膝を軽く曲げ、常に移動できる態勢で構える。
 こちらのブロッカーの位置を考えれば、バックセミか。私の予想は当たり、相手ライト側に低くボールが上がった。
 相手のアタックが、北村さんがブロックに跳ぶより早く決まり、先制を許した。
 真希がそれを即座に取り返す。
 相手のセミとそれよりボール一個分低い攻撃の組み合わせに真希以外のブロックが翻弄され、相手の攻撃が止まらない。
 嬉しくない展開だ、私は少し焦りを感じ始めていた。一点を取り合う展開は、得点源の真希がすぐに後衛になってしまうことを意味する。真希がいくらサーブでリードを広げても、第一セットのように追いつかれ、逆転を許すかもしれない。そうなると真希がいくら点を取っても取り返され、勝つのが難しくなる。
 試合は3対3で真希のサーブとなった。
 第一セットと同じ流れか。第一セットは良子の奇襲が功を奏した結果だ。第二セットも上手くいくとは限らない。
 笛が吹かれ、真希はジャンプサーブを相手コートに打ち付けた。
 相手レシーブがボールを大きく弾き、一点が追加された。
 再び真希がサーブを打つ。
 サーブはネットの白帯に当たり、威力が完全に殺され、緩く相手コートに入っていった。
 相手はこのチャンスを逃すまいと、アタックを決め4対4。
「皆ごめん」
 真希が謝ると同時に春日さんが真希を見据えた。
「大丈夫です。私も負けてられません。私が点を取ります」
 春日さんが静かに、力強く宣言する。
 春日さんを見て自分が弱気になっていることにはっとした。この期に及んでまだ真希に頼り切っている。私が勝たせる、そう決めたはずだ。
 それに、春日さんの集中力がここにきて高まっている。今の春日さんと私なら勝てるはずだ。良子のツーアタックもある。
 春日さんが得意のコースであるクロスにアタック決めていく。相手も同じように取り返す。
 良子はツーアタックと見せかけるために、わざと大きく腕を振りながらジャンプトスを繰り返している。相手ブロックが釣られ、その隙にクイックを織り交ぜる。私も手薄になったブロックの隙をつき得点を重ねるが。相手も取り返してくる。
 ずっとシーソーゲーム。少しでも集中力が切れたら一気に流れを持っていかれる。そんなヒリヒリする展開が続き集中力と体力が削られていく。
 24対22の私たちがマッチポイントとなったところで、真希のサーブが初めて相手エンドラインを越えてしまい24対23。
「ごめん、最後の最後で」
 真希が唇をかみしめうなだれている。
「大丈夫。私が残り一点取ってそれで勝ちだ」
 真希が後衛の間、それこそが私の役割だ。
 相手サーブを北村さんがきっちりレシーブし、トスが私に上がってくる。
 この一本で終わらせる。真希が、私が連続でミスをしてデュースになろうものなら、チームの精神的負担が大きすぎる。そうなったとき、勝利が一気に遠のく。
 私は走りながら相手のブロックの位置を確認した。やはり三人。でも決める。ここで決めないと私たちは負ける。
 私は腕を大きく振り、クロス方向に体を向け、体を真上に持ち上げた。
 刹那、音が消え、すべての動きが止まったかのように思えた。
 相手のブロックの手の位置どころか指の曲がり具合や力の入れ方までがはっきり見える。後衛三人のレシーブ位置もどんな表情でこちらを見ているかも見える。どこに打ったら決まらず、どこに打ったら決まるのか、瞬時に見分けることもできる。
 ストレートを守る相手セッターが、私がアタックを打つより少しだけ早く動き出しているのをこの目がはっきり捉えた。
 合宿後から一か月間ずっと練習してきた苦手なコース、それを今日から武器に変える。
 私は空中で体の向きを変えた。
 私たちの勝ちだ!
 私の世界に音が戻り、動きの速度も戻った。その瞬間私の頭上で掌がボールを打つ音が響いた。
 ストレートには飛んでこないと思い込んでいた相手のセッターは反応できず、ボールがエンドライン付近に叩きつけられた。
「おおおおおお!」
 真横で春日さんが何やら叫び、試合終了の笛が鳴ったが、私の耳を素通りしていく。最後の最後で感じた不思議な感覚は。視界がクリアになり、すべての動きが見えた。あれは……。
「奈緒」
 真希の声で我に返った。見ると全員エンドラインに一列に並んでいる。試合終了の挨拶をしないとならないが私待ちになっている。
 急いで私も並び、試合が終わった。
来週は決勝だ。

 決勝の相手は白峯、莉菜のチームだ。最後の試合も圧倒的点差で勝ったようだ。
 試合後に真希と更衣室に行く途中、向こうから白峯がやって来るのが目に入った。その中には当然莉菜もいる。
 私も真希も動じることなく、莉菜と会話することもなくましてや目すら合わせることなくすれ違った。
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