サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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インターハイ予選決勝5

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 会場が静けさに包まれている。
 絶対的エースの負傷、それでも試合をするのか、私たちは善戦したと、会場全体がそんな雰囲気に包まれ始めているのを肌で感じる。
 外野はいつも勝手だ。真希と莉菜を女王だの右腕だのと祀り上げたり、今ももう試合は終わったとでも言わんばかりだ。
そんなもの私がすべて覆してやる。
真希の陰に隠れ、真希に頼り切るのはもう終わりだ。
 真希がサーブを打つために負傷した右足を庇い、左足に全体重を乗せながらエンドライン際にゆっくり移動する。
 試合続行のために私が提示した条件は三つ。一つ目、真希は絶対にジャンプをしないこと。二つ目、レシーブでは一歩も動かないこと。三つ目、デュースになったらその場で負けを認めること。これくらいしておかないと真希は絶対に無理をする。
 相手コートの莉菜を見ると、明らかに動揺している。こういうときは怪我したほうではなく怪我させたほうが動揺するものだ。付け込ませてもらう。
 笛が吹かれ、20対19の一点リードで試合再開。
 真希のサーブが相手を崩し、莉菜にトスが上がる。真希に怪我をさせ、思い切ったプレーはできないはず。私はブロックに跳び、相手コートに手を突き出し容赦なくプレッシャーをかける。
 それでも莉菜は跳ぶ。アタックが私のブロックに当たるが、さっきまでの威力はない。
 北村さんがレシーブをし、良子がトスの態勢に入る。
 試合再開後の最初の攻撃は必ず私に上げるようにお願いしてある。
 チームを勝たせると宣言した直後にアタックが失敗すればチーム全体がやはり駄目かと勢いを失う。しかし、アタックを決めることができれば、流れを作ることができる。この一本で私の覚悟を皆に示す。
 トスがレフト側にいる私に上がってくる。
 私は高く飛び跳ねた。絶対に勝つ。相手ブロックの掌に力いっぱいボールを叩きつける。ボールはブロックに反射して私の頭上を越えてコート外に落ちた。
まずは一点。残り四点。
「奈緒、次も頼むよ」
 私が真希にボールを渡すと真希が安心したように笑った。
「皆、絶対勝つよ!」
 無我夢中だ。チームを、自分自身を奮い立たせる。
 再び真希のフローターサーブが相手のレシーブを崩す。こうなると莉菜に上げるしかないはず。そして莉菜はまともに打てない。
 だが莉菜はきっちりアタックを決める。
 そんなに甘くはないか、私は希望的観測を頭から追いやった。
 相手サーブが打たれると、莉菜が私をマークするために目の前にやってくる。真希と同じで莉菜の目を見れば何を言いたいか手に取るように分かる。
 勝負だ。
 相手のサーブが真希を狙って飛んできた。弱点を狙うのは戦いの常だ、文句は言えない。
 北村さんが素早く回り込んで綺麗にレシーブをする。ボールが良子の手に収まった瞬間、春日さんがBクイックに跳んだ。良子が鋭くトスをする。
 春日さんがフルスイングでボールをコートど真ん中に叩きつけた。双海さんと北村さんのクイックには比べ物にならない速さと威力に相手は対応できない。
「残り三点です!」
 莉菜に取り返される。簡単に流れは引き寄せられない。
 相手のサーブを春日さんが真希からひったくるようにレシーブをし、トスがレフトの私に上がる。
 目の前のブロックは当然莉菜だ。
 今度こそ勝負だ。
 こんなに熱くなったのはいつ以来だろう。絶対に勝つ、絶対に負けたくない、そんな想いを抱いたのはいつ以来だろう。小学生のときは真希にも莉菜にも負けたくない、確かにそう思っていたはずだ。いつから消えてしまったのだろうか。自分の気持ちを押し殺して真希の傍にい続けると決めたときか。いや違う。中一くらいで才能の差を知り始めたときだ。三人で一緒にいることができたらそれでいい、そう言い聞かせていた。あの二人に勝つには大変だから。どんどんついていく差を認めながら折れずに戦い続けることは苦難の連続でしかないから。
私は自分で自分を押し殺していたんだ。
 私をマークしている莉菜ともう一人のブロックを確認し、跳んだ。
 莉菜は私との勝負を望んでいる。でも、私のやるべきことは莉菜に勝つことじゃない。このチームを勝たせることだ。ボールをもう一人のブロックに叩きつける。ボールが弾かれアンテナに当たった。
 残り二点。
 相手は強豪、私たちも油断したわけではないがあっという間に二点を奪われ23対23の同点にもつれ込む。
 正念場だ。今前衛はライトに春日さん、センターが私、レフトが良子。一点でも取られてデュースになるようだと真希が前衛にきてしまいほとんど勝ち目がなくなる。一応私のサーブがあるがこの試合サーブで一点も取れていないことを考えると望みは薄い。
 つまり勝つには今から二連続得点が絶対条件だ。
 サーブがまたも真希に跳んでくる。それを双海さんがカバーし、綺麗に良子に上がる。
 残り二点、何が何でも私が取る。
 良子が腕を大きく振ってジャンプした。ここにきて最も警戒されていないツーアタック。良子が裏をかいた、と思ったのも束の間相手はしっかりブロックに跳んでいる。
 良子はさらに裏をかく。ツーアタックの態勢からトスの態勢に移行し、レフトに移動した私にトスが上がってくる。
 良子が相手ブロックを引きつけてくれたお陰で私は気持ちよくアタックを決めることができた。これでマッチポイントだ。
 すかさず相手がタイムを取る。
「残り一点、私がやる。皆はレシーブだけに集中して」
 全員集中している。この一点にすべてを懸ける目をしている。私はボトルの水を押し込んだ。
笛が吹かれ、コートに戻ろうとしたところで真希が私の横にやって来た。
「頼んだよ、奈緒」
 たったそれだけで自分の内側から熱いものが込み上げてきた。同じことは何度も言われた。でも、今だけは重みが違う。
真希はエースとしていつも何かを背負う側だった。責任、勝利、プレッシャー。そして私はいろいろなものを真希に背負わせる側だった。初めてだ。真希が本当に私に頼るのは、私が真希に本当に頼られるのは。
 これが終わったら倒れてもいい。勝って終わらせる。
 春日さんのサーブが綺麗に相手セッターに返る。ボールにセッターの手が触れた瞬間、相手レフト側にいる莉菜の前に移動した。
マッチポイントの場面でエースに託さないセッターなどいない。読み通り莉菜にトスが上がる。問題はこの先、莉菜の攻撃を凌がなければならない。
 指の先まで、全身に力を入れ真上に跳ぶ。一緒に跳んでいる良子の緊張も伝わってくる。
 莉菜のアタックが良子のブロックを吹き飛ばすが、ボールの威力は殺され良子の真上十センチほどの高さに上がる。
「良子、上! 真希に!」
 こうなるとセッターの良子がレシーブせざるを得ない。だがそうするとセッターのトスが封じられてしまう。ならばこのコートで最も上手い真希にトスを託すのが正解だ。
 良子がバックトスの要領でボールを高く上げ、真希が苦しそうに数歩でボールの着地点に入る。
 私は私のできることを。相手ブロックを少しで振り切るためにライト側から一気にレフト側へ移動する。
「真希!」
 真希がレフトにトスを上げ、私は最後の攻撃に走りだした。
 目の前のブロックには莉菜ともう一人が着いてきているが、もう一人のブロックは遅れ気味だ。実質莉菜と一対一。
 私たちがまだ仲良かった頃はこうして三人でトス、アタック、ブロックの練習をしたものだ。こんなときにそんなことを思い出すなんて皮肉だ。
 全身が重い。全身の筋肉が硬直している。自由に動かない。息も苦しい。酸素が足りなくて視界に靄がかかっている。心臓の音はうるさいし、耳の中の血流音がずっと頭に響いている。それでも跳ぶ。
 莉菜。
 私は莉菜に負けない。負けるはずがない。今の莉菜には絶対負けない。
 真希との勝負に拘り続けるようじゃ、莉菜は絶対に私たちに勝てない。チームを勝たせる本来の目的を見失った莉菜じゃ、チームのために戦っている真希と私には絶対勝てない。自分のためにしか戦えない莉菜に、背負っているものがある真希が、私が負けるはずがない。
 第一セットに莉菜が真希との勝負に拘っていなければ今頃私たちはボロ負けしていたはずだ。練習量も経験値も、勝利への執念も、きっと私たちじゃ敵わない。
 それでも私たちの勝ちだ。エースの差がそのままチームの勝敗に直結した。
 次合うときは、いつだろうか。そのときは真希と三人で、再び親友として会いたい。
 それまで、さようならだ。
 狙うは莉菜の右手小指。私は最後の力を振り絞って、ボールを莉菜の小指目掛け打ち込み、狙いと寸分たがわずボールが飛んでいく。ボールが指に当たり軌道を変え、エンドラインもサイドラインも大きく超えていく。
「カバー!」
 莉菜が叫び、ストレートを守っていた相手セッターが走りだす。
 私はボールの行方と走りだしたセッターを見守り、祈った。このまま落ちろ。落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!
 相手が跳び込み、わずかにボールに触れた。が、ボールはそのままさらに奥へと飛んでいった。ボールが落ち、笛が吹かれる瞬間まで私は見守っていた。
 笛が吹かれ、勝利が宣言された瞬間、私は両腕を高く上げた。
 そこに良子が涙を流しながら勢いよく跳び込み、抱き着いてきた。
「奈緒! 奈緒! 奈緒!」
 さらに一年生たちも跳び込み、真希は片足で跳ねながら私の元までやって来て乱暴に頭を撫でる。
「信じてたよ、奈緒」
 汗と涙でぐちゃぐちゃになり、歓声はいつまでも止まなかった。
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