サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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おまけ2(インターハイ予選決勝後)

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 白峯高校での合同合宿。これほどありがたいことはない。
 インターハイ予選を終え、本戦出場権利を獲得したものの、私と真希には悩みがあった。実戦経験、特に全国レベルの相手を知らないという点だ。確かに、全国トップレベルの白峯に辛勝はした。ただそれは相手エースの莉菜が最初から力を発揮できなかったからである。本来なら雲の上の存在。全国にはさらにその上がいる。
 このままだとインハイもあっさり負けてしまうのではないだろうか、そう思っていたところに莉菜から短いメールが届いたのが先週の土曜日だ。
『来週末に一泊二日で合宿をやるけど金倉も参加する?』
『場所は?』
『白峯高校で』
 莉菜がどんな想いでメールを送ってきたのか、短い文面だけだと分からない。いや、本人を前にしてもその胸中を推し量ることなどできやしないのだろう。
 莉菜からメールが届いたことにも驚いたが、自分が深く考えることなくあっさりと返信できたことにも驚いた。中学最後の出来事は自分の中でとっくに風化しているのか、それともインハイで勝ちたい願いがそれに蓋をしているのか、自分のことすら分からなかった。

 合宿参加校は私たちと白峯、福岡代表、岡山代表の四校だ。この合宿は毎年恒例で、インハイ予選後に行われるらしい。内容は単純でひたすら試合を行う。
 前哨戦の意味も兼ねている。そんなことは口に出さなくとも全員分かっているのか気合が入っている。春日さんは福岡代表の高校に友達がいたらしく、歳相応に直前まで盛り上がっていたが切り替えが上手い。
 勝ったり負けたりではあるが、確実に強くなっている、そんな実感を得て一日目を終えた。

 私は疲れた体を引きずりながら夜の体育館に足を踏み入れた。明かりは昼と同じようにこうこうと点いているが、だれもいない。真希はいると思っていたが、当てがはずれたようだ。
 コートに転がったままになっているボールを拾い上げると同時に、体育館の重い扉が開く音が聞こえ、振り返った。
「あ……」
 体育館に入ってきた莉菜が私を見るなり変な声を上げた。
 私も少しの間、固まってしまったがすぐになんでもないかのように練習を開始した。
 今の私の課題はサーブだ。今回の合宿ではほとんど点が取れていない。サーブで試合を楽に進める、不動さんの声が嫌でも甦る。
 サーブを打つ私の横で莉菜もサーブを打ち始めた。
 一七五センチある真希よりわずかに大きい莉菜の威圧感と無言の気まずさに辟易し、私はコート横壁際のパイプ椅子に座った。監督やコーチが座るためのもので、明日も試合をするので出しっぱなしになっている。
「今からでもインハイ出場権を私たちに譲ったほうがいいんじゃないか」
 莉菜が練習の手を止めることなく平然と言ってのける。
「でも試合で勝ったのは私たちでしょ」
「……そうだな」
 莉菜がそんなことを言う理由は分かっている。今日の練習試合で莉菜たちには一回も勝っていないからだ。だからといって譲る気もないし、卑屈になって譲ったほうがいいなどと思うことはない。
「白峯がインハイ出場を逃したのは今回が初めてなんだ」
 莉菜がボールを打つ音がいやに大きく響く。
「消化試合程度にしか考えていなかった私たちのショックは大きかったよ。……だれが見ても私のせいだけど」
 莉菜の表情は変わらない。サーブを打つペースも音にも変化はない。
「それでも私はだれからも責められなかった。私に頼りすぎていた、自分たちも強くならないといけない、負けたことで気づかされた、部員全員がそう言ってくれた。本心かどうかは分からないけど」
 莉菜のサーブはネットすれすれを通り、コースを打ち分けている。私はあのレベルを目指さないといけないのだ。
「私はきっといい人たちに恵まれているんだと思う。奈緒と真希を含めて。だから最近思うんだ……」
 それまで規則正しく打たれていたサーブが初めてネットに引っかかり、莉菜がいるコート側に落ちた。
「勉強とか不要なものを切り落としてバレーに集中すれば強くなれると思っていた。身近なライバルと決別すれば強くなれると思っていた。でも負けた。……私が進んできた道は、どこかで間違えたのかな……」
「ようやく気がついたの?」
 私は食い気味に、それでいて溜め込んでいた怒りをぶつけた。
「そんなこと私はとっくに知ってた。もっと別の方法はなかったのかって、あのとき言ったはず。私と真希がどんな想いでずっと……」
 これ以上は言葉にできなかった。これ以上少しでも喋ると、私の中からありとあらゆるものが溢れだしてしまう。
「そうだよな……」
 莉菜が手に持っていたボールをそっと床に置き、体育館が不気味なほど静まりかえった。
「……チームのトップとしてこんなことだれにも言えなくてさ」
 莉菜がゆっくりとこちらに背を向けた。
「嫌いな人の愚痴なんて聞いてもらって悪かった」
「……嫌いじゃない」
 体育館を出ていこうとする莉菜の背中に私はそっと投げかけた。
「あの頃のように手放しで好きとは言えない。でも、嫌いだなんて言えない」
 私のことをお人好し、なんて言うのだろう。私たちの仲を壊した莉菜を単純に嫌いだと、どうしても言い切れない。そんなに単純じゃない、割り切れない。だから私は、真希も、ずっとあのときの出来事にとらわれ続けてきた。
「だれにも言えないようなことがあれば、たまにくらいなら聞いてあげる」
「……私は本当にいい人に巡り会ってるよ」
 そう言って振り返った莉菜の顔は、久しぶりに見た柔らかな笑顔だった。

 莉菜が出ていってからしばらくして真希が入ってきた。私は依然としてパイプ椅子に座ったままだった。
 練習に来たのだろうと思っていたが、真っすぐ私のところに来て横の空いている椅子に座った。
「莉菜と話してたの?」
「いつから聞いてたの」
「インハイ出場権を譲れってとこから」
「最初からじゃん」
 莉菜と話していたからといって真希に責めるような素振りはない。真希がそんな小さな器だとは思わないが。
「真希は莉菜のこと、どう思っているの」
「……分からない。考えないようにしていたら、何も分からなくなってた」
 真希も私と同じだ。好きとか嫌いとか簡単に決めつけられない。
「大学一緒かもしれないし、少しくらい考えておいたら?」
「そっか……。その可能性もあるのか……」
 大学は真希と離れることは確定だ。真希はバレー強豪の東王大学に進学するが、私の目指す医学部がない。万が一真希と莉菜が同じ大学に通うことになった場合、真希は大丈夫だろうか。
「まあ、困ったらいつだって話を聞いてあげる。必要であれば日本中どこからでもかけつけてあげるよ」
 私と真希は小さく笑った。
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