異世界帰りの魔王経験者、殺人事件を強引に解決する

遊野 優矢

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 学校の屋上で、化け物と呼んで差し支えない姿に変貌したクラスメイトに、頭を握りつぶされそうになっている。
 魔王になる前だったら、比喩抜きでちびってるところだ。

「やめなさい! 今なら助かる方法もあるかもしれないわ!」

 恵流川は目の高さに拳を構え、じりじりと間合いを詰めている。

「嘘をつくな!」

「――っ」

 山田の一括で、恵流川は口ごもる。

「ここで説得材料がなくなるなら、最初から下手な嘘なんてつかない方がいいと思うよ」

「う、うるさいわね!
 あなたなんでそんなに冷静なのよ!」

 俺の意見に耳を貸す気はないらしい。
 まあ、今更なアドバイスだが。

「せっかく忠告してあげたのに、そんなに怒らなくていいんじゃないかな」

「てめえ、なめてんのか」

 山田は俺の頭をにぎる手に力を込めた。

「ん……む? ぐぐぐぐ……」

 俺が痛がると思ったのだろう。
 全くの手応えのなさに、さらに力を込めているようだ。

 なるほど。
 寝ているときも常時発動させていたパッシブ系のスキルは、こちらの世界でも有効らしい。

「なあ恵流川さん、この状況をどうにかする手段って持ってるか?」

 手柄を奪ってしまうのも申し訳ないので、一応聞いておこう。

「今考えてる! だからそいつを刺激しないで!」

「いやあ、それなら自分の身くらい自分で護ろうかなと思うよ」

 俺は自分の頭を掴んでいる山田の手首を軽く握った。

 ――ぼぎぃっ。

「ぐぎゃぁ!!」

 鈍い音を立てて山田の手首が粉砕した。
 体をひねりながら着地した俺は、山田と向かい合い、見上げる形になる。

「な、なんだ……何をした貴様!」

 涙目になる山田くんである。

「ちょっと手首を握っただけだ」

 どうせならかわいい女の子の手がよかったが。

「ふざけるな! 何も装備していないただの人間に、そんなマネができるか!」

 現実を認めないとは愚かなやつだ。
 とりあえず、物理攻撃力の上昇は、この程度なら使えるようだな。
 次は魔術を試してみるか。

「くそがぁっ!」

 山田はオリジナリティのかけらもない雄叫びとともに、無事な方の拳を繰り出してきた。
 物理防御力のチェックもしたいところだが、この程度の打撃では、テストにもならなさそうだ。
 俺は山田の拳を避けつつ、その腹部に二本の指で軽く触れた。

 ――『塵(ダスト)』

 魔術を発動した瞬間、山田の体は微細な塵となり、風に溶けていった。
 中級魔術も、問題なく発動するようだ。
 それにしても、追い風でよかった。
 塵をかぶっちまうと汚いからな。

「な、な、な……」

 恵流川は、口をぱくぱくさせながらこちらを指さしている。
 ヴァルキリースーツで強調された大きな胸がぷるぷる揺れている。
 あれを開発した人間は、よくわかっている。
 特に、下半身のデザインを黒タイツにしたのが素晴らしいね。
 うむ、現代最高!

「そんなに驚かなくても、証拠は残してないよ。
 痕跡を残すと色々面倒だろ?
 殺していいものかは迷ったが、どうせ人間には戻れないようだったし、恵流川さんも殺す気みたいだった。
 そもそも、元の山田君とは、中身は別人のようだったしね。
 違うかい?
 そうそう、恵流川さんが残した銃痕はそちらで処理してくれよ」

 何かの組織に属しているようだから、そういった部門もあるだろう。

「そういうことじゃないわよ!
 なんなの、その力!?」

 うん、まあ知ってておちょくった。

「病弱な深窓の令嬢が、リアクション系面白美少女になってるなあ。
 俺はこっちの方がスキだけど」

「そんなことどうでもいいのよ!
 なぜそんな力を持ったヤツが……。
 はっ! 言わなくていいわ。わかっちゃったから」

 まじで? わかっちゃったの?
 俺が思うに、キミのその洞察はたぶん間違ってるよ?

「『奪う者(プランダラー)』を見ても驚かないこと、そしてその強さ。
 あなたも、組織の人間だったのね!
 さっきのは組織の新兵器!
 そうでしょ?
 武器の発動すら死角で隠したのはすごいけど、私の目はごまかせないわよ!
 さしずめ、私が失敗したときのバックアップということね。
 事件から今日が期日の三日目。
 やっと追い詰めたヤツを逃がすわけには行かないものね。
 しかし、なめられたもんだわ。
 主任に文句言ってやらなくちゃ。
 私の推理、当たってるでしょ?」

 ドヤ顔に胸を反らせる恵流川だ。
 眼福だからもっとやってくれ。
 セリフの中身は大外れだけどな。

 さて……こちらに戻って来て早々、ろくでもない事態に巻き込まれたもんだ。
 本来なら放っておいて、平和な生活に戻りたいところだったのだが……。
 もし、今までの俺が気づいていなかっただけで、日常的にあんな化物が世の中に多数いるのだとしたら、大いに問題だ。
 俺が楽しみにしている、マンガやゲーム、アニメのクリエイターや声優さん達が被害にあったらどうする!
 手を出すべきかはまだわからないが、情報だけでも得ておきたい。
 ネットで調べて出てくるような内容じゃなさそうだしどうするか……。

 恵流川のセリフに出た『三日目』というキーワードが気になるが、ここで質問をするよりも、良い方法がありそうだ。

「さすが恵流川さんだ。
 一発で見抜かれるとはね」

「ふふーん、やっぱりね。
 私の洞察力にかかればこんなものよ」

 あー、これ、本気でそう思ってるやつだ。
 彼女、実はちょっと脳筋だったのかな。
 いや、頭が悪いわけじゃないな。
 ただちょっと思い込みが強いのか。

「これから報告に行くだろ?
 せっかくの戦果だ」

「あなたの、でしょ?」

「いや、俺はいいよ。
 俺が攻撃した時には、実はかなりダメージが蓄積しててね。
 じゃないと、あの新兵器は効果ないはずなんだ」

「ふーん。
 私に貸しを作ろうっていうの?」

「そんなつもりはなかったけど、もしそう感じてくれるなら嬉しいね。
 あの恵流川さんに、小さいとはいえ貸しを作れたんだ。
 俺が困った時に助けてくれると、とても嬉しい」

「ふ、ふんっ。あなた、なかなかわかってるじゃない。
 うちの学校では目立たないぼんくらだと思ってノーマークだったけど、ブラフだったってわけね。
 やるもんだわ」

 ぼんくらとか!
 魔王になる前の評価としては正解だわー……。

「まあね」

 と、答えておこう。

「わかったわ。
 報告は通信ですませようと思ったけど、日本支部に顔を出しましょう」

「主任に文句も言いたいしね。
 だろ?」

「ふふっ。あなた、気に入ったわ」

 恵流川はちょっといたずらっぽい笑みを浮かべつつ、サムズアップ。
 いつもの上品な笑顔より、断然こっちのほうがかわいいな。
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