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番外編「二人と香水」
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「お前、香水でもつけだしたん?」
「え?」
ふわりと短い黒髪が舞う。
振り向いた女性顔負けの白い肌の持ち主は、キョトンというのがピッタリの表情を浮かべていた。
「や、なんか塩沢いつもと違う匂いしたから」
「ええ、うそ」
芸能事務所に勤める俺、山崎洋の同僚の塩沢雪惟は同期であるものの歳は4つほど下。
社長の縁者であるという彼を初めて紹介されたときはタレント側なのかと勘違いした。それぐらいの整った容姿を持ちながらマネージメントに並々ならぬ情熱をかける男である。
で、そんな塩沢とほぼ毎日顔を合わせる俺だが今日はふとすれ違ったときに鼻を通った香りに思わず声をかけてしまった。
決していつもコイツの香りを嗅いでいるような変態なわけじゃなくて、あくまで通りすがりに珍しくいい香りがしたもんだからつい、だ。
当の本人は怪訝な表情をしながら自分の腕に鼻を近づけている。
「ん~む、分からん…。別に香水なんてしてないし」
「まあ自分の匂いは分からんっていうしなあ」
「くさい?」
「いや?そんなきつくもないしいいんじゃないか?」
ほんの少し太めの体格から意外がられることも多いが、職務上香水の付け方や種類なんかも学んでいる。タレントの品格や評価に関わることもあるからだ。
自分じゃつけないけどな。
「撮影の時に誰かのが移ったのかも?」
「ああ、ありえる」
しかし、そこらのスタッフがつけるには上品すぎる高級そうな香水な気がする。
でもまあ、それが1番妥当かと話を切り上げようとしていたところで、ふっと後ろに気配を感じて思わず振り向く。
「どうしたの~?」
「あ、「あっ!はやと!お話おわった?」
俺の後ろから顔を出したのは、塩沢の担当モデルの隼人。
塩沢の目に一気に生気がみなぎり声のトーンも跳ね上がった。出会いからこのかた塩沢が隼人に惚れ込んでいるのは事務所内で周知の事実だ。
街中で彼を見出してきた俺にもっと感謝してくれてもいいと思う。
「うん、今年も無事契約更新完了!」
「あったりまえ!」
なるほど、社長に呼び出されてたわけか。
「あ、そういやはやと」
「ん?」
「おれ、におう?」
「え?……あ~いつもと違う香りは確かに。香水?」
「だよな。やっぱりするよな」
突如引き戻された話題に、完全に蚊帳の外だった俺もそっと会話に紛れ込む。
「えーー別に香水はつけてないのに……」
「でも臭いわけじゃないし……。う~ん、なんか嗅いだことある匂いのような?」
「じゃあやっぱり撮影で移ったのかもな~」
あまり人の匂いが移ったというのが気に食わないようでシュン…としてしまった塩沢を、風呂に入ればいいから、と慰めて、その日はそのままそれぞれの仕事に戻った。
しかし、その翌日もその謎の香りは取れることなく。
わざわざ再び声をかけることはしなかったがしばらくひとりで首を傾げていたものの、数か月経つと匂いがとれたのか、嗅ぎなれて気付かなくなったのか俺の鼻がその香りを意識することはなくなった。頭からも小さな謎は消えかけていた。
やがて、なぜかスマホを見つめてはため息をつき意気消沈している様子だった塩沢のことが心配になってきたころ。
「おはようございます」の声と共に入ってきた嗅いだことのある香りに、俺はハッとドアに顔を向けた。
事務所の玄関から俺のデスクに近寄ってくるのはやはり塩沢であり、問題の匂いを漂わせているのもまた塩沢。
そして、その後ろにくっついているデカい影を認識してひとり心の中で俺は全てを理解した。
「初めまして、柳理央と申します」
アッ、なるほど……
恐ろしいほど顔の整った金髪の美形からは間違いなく件の香水の香りが塩沢よりも強く香った。
上品でさりげない、大人の男物の香水。
その男らしい長い腕が塩沢の細い腰に回されるのを見て、さらにイロイロ察してしまった俺。
何も言うな、ひろし。お前は何も見てないぞ、ひろし。
口ではいつものように会話をしながらも、塩沢の隣からビシビシささる視線に冷や汗がでそう。
「じゃ、おれたち社長室いくね」
「おう」
我らが事務所の白雪姫は、きっと何も気づいちゃいないんだろうなあ。
そんなことを思いながら、
マーキングされてたなんて思いつきもしなさそうな背中を黙って見送った。
「え?」
ふわりと短い黒髪が舞う。
振り向いた女性顔負けの白い肌の持ち主は、キョトンというのがピッタリの表情を浮かべていた。
「や、なんか塩沢いつもと違う匂いしたから」
「ええ、うそ」
芸能事務所に勤める俺、山崎洋の同僚の塩沢雪惟は同期であるものの歳は4つほど下。
社長の縁者であるという彼を初めて紹介されたときはタレント側なのかと勘違いした。それぐらいの整った容姿を持ちながらマネージメントに並々ならぬ情熱をかける男である。
で、そんな塩沢とほぼ毎日顔を合わせる俺だが今日はふとすれ違ったときに鼻を通った香りに思わず声をかけてしまった。
決していつもコイツの香りを嗅いでいるような変態なわけじゃなくて、あくまで通りすがりに珍しくいい香りがしたもんだからつい、だ。
当の本人は怪訝な表情をしながら自分の腕に鼻を近づけている。
「ん~む、分からん…。別に香水なんてしてないし」
「まあ自分の匂いは分からんっていうしなあ」
「くさい?」
「いや?そんなきつくもないしいいんじゃないか?」
ほんの少し太めの体格から意外がられることも多いが、職務上香水の付け方や種類なんかも学んでいる。タレントの品格や評価に関わることもあるからだ。
自分じゃつけないけどな。
「撮影の時に誰かのが移ったのかも?」
「ああ、ありえる」
しかし、そこらのスタッフがつけるには上品すぎる高級そうな香水な気がする。
でもまあ、それが1番妥当かと話を切り上げようとしていたところで、ふっと後ろに気配を感じて思わず振り向く。
「どうしたの~?」
「あ、「あっ!はやと!お話おわった?」
俺の後ろから顔を出したのは、塩沢の担当モデルの隼人。
塩沢の目に一気に生気がみなぎり声のトーンも跳ね上がった。出会いからこのかた塩沢が隼人に惚れ込んでいるのは事務所内で周知の事実だ。
街中で彼を見出してきた俺にもっと感謝してくれてもいいと思う。
「うん、今年も無事契約更新完了!」
「あったりまえ!」
なるほど、社長に呼び出されてたわけか。
「あ、そういやはやと」
「ん?」
「おれ、におう?」
「え?……あ~いつもと違う香りは確かに。香水?」
「だよな。やっぱりするよな」
突如引き戻された話題に、完全に蚊帳の外だった俺もそっと会話に紛れ込む。
「えーー別に香水はつけてないのに……」
「でも臭いわけじゃないし……。う~ん、なんか嗅いだことある匂いのような?」
「じゃあやっぱり撮影で移ったのかもな~」
あまり人の匂いが移ったというのが気に食わないようでシュン…としてしまった塩沢を、風呂に入ればいいから、と慰めて、その日はそのままそれぞれの仕事に戻った。
しかし、その翌日もその謎の香りは取れることなく。
わざわざ再び声をかけることはしなかったがしばらくひとりで首を傾げていたものの、数か月経つと匂いがとれたのか、嗅ぎなれて気付かなくなったのか俺の鼻がその香りを意識することはなくなった。頭からも小さな謎は消えかけていた。
やがて、なぜかスマホを見つめてはため息をつき意気消沈している様子だった塩沢のことが心配になってきたころ。
「おはようございます」の声と共に入ってきた嗅いだことのある香りに、俺はハッとドアに顔を向けた。
事務所の玄関から俺のデスクに近寄ってくるのはやはり塩沢であり、問題の匂いを漂わせているのもまた塩沢。
そして、その後ろにくっついているデカい影を認識してひとり心の中で俺は全てを理解した。
「初めまして、柳理央と申します」
アッ、なるほど……
恐ろしいほど顔の整った金髪の美形からは間違いなく件の香水の香りが塩沢よりも強く香った。
上品でさりげない、大人の男物の香水。
その男らしい長い腕が塩沢の細い腰に回されるのを見て、さらにイロイロ察してしまった俺。
何も言うな、ひろし。お前は何も見てないぞ、ひろし。
口ではいつものように会話をしながらも、塩沢の隣からビシビシささる視線に冷や汗がでそう。
「じゃ、おれたち社長室いくね」
「おう」
我らが事務所の白雪姫は、きっと何も気づいちゃいないんだろうなあ。
そんなことを思いながら、
マーキングされてたなんて思いつきもしなさそうな背中を黙って見送った。
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