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序
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やわい光が木々の隙間から優しく差し込む。新緑に溢れた森の中、1匹の子イタチが茂みから飛び出してきた。
「やった!やった!やっと捕れたぞ!」
小さなネズミを手にして、頭に葉っぱをつけたまま踊るように駆けていく。真っ白な長い髪が風に靡かれ波打っている。
ちょっとした事で生物としての命を落とし、魔物になってはや十数年。まともに獲物も捕れず木の実で腹を満たしてきたが、とうとう本日初獲物を手にして巣への道を急いでいた。
だが、頬を紅潮させて緑の瞳を輝かせ誇らしげだった表情が一瞬で翳った。
「やい、いいもん持ってんじゃねぇの」
「俺たちに寄越せよ、出来損ない」
「き、狐……」
ニヤニヤとした顔で近づいてきたのは、ここらに住む狐の魔物だった。長い髪を靡かせて着物の袖に両手を突っ込み横柄な態度で子イタチの前に立ち塞がる。いつも2人組で行動していて、しょっちゅう子イタチにちょっかいをかける。
子イタチは、獲物のネズミを庇うようにしながら2匹に噛み付いた。
「出来損ないなんかじゃない!」
「へへっ!じゃあ、その耳としっぽはなんだよ」
子イタチも狐も人の姿を取っているが、子イタチの頭には丸っこい耳が2つ、尻には長い毛むくじゃらのしっぽが生えている。
自分の耳を触って言葉に詰まった子イタチに、狐の片方が小石を投げる。
「完璧な変化も出来ないで何を1丁前に反抗してきてんだよ」
「生意気だぞ~!」
耳を折りたたむように頭を抱えてしゃがみ込んだ子イタチにやいやいと石を投げ続ける狐たち。
(泣かないぞ……!こんな奴に泣かされるもんか……!)
「まてー!!!!」
そこに舌足らずな子供の声が飛び込んできた。
狐たちの足元の茂みが大きく揺れて、今度は人影が飛び出してくる。
「いって!!」
「いったぁいい!!」
狐の悲鳴が森に響き渡り、思わず顔を上げた子イタチの視界を黒が横切る
「くそぉ!人間か!?」
「覚えてろよぉ!」
殴られたらしい狐2匹が頬をおさえながら裾を翻して走り去っていく。
子イタチはそれを呆然と見送った。
子イタチを庇うように目の前に立っていた黒髪の少年が振り向く。
「君は……」
にかっ!
大きな口を開けて少年が笑う。
太陽の光を背に、きらりと八重歯が光った。
「おそくなってごめんね!!」
・
・
・
・
・
「ルア。どうしてここにいるの…」
黒髪の青年は呆然とかすれた声を落とした。
次いで続けようとした言葉はのどに絡まり声にならない。
今にも泣きだしそうに顔を歪めて、もどかし気に自分の喉を両手でひっかく青年を、そっと抱きしめる男がいた。
「貴方がいるならば、俺はどこへでも」
男の長い白髪が風に揺られる。
重苦しい夜空にのまれた闇の中でまるで光を放つように、それはきらめいていた。
「置いていこうとするなんてあまりにも酷いです」
「だって」
「貴方がいないなら、俺は生きていけません。知ってるでしょう?」
どこまでも優しく穏やかな声に、男の胸に頭を預けた青年は小さく「うん」と答える。その答えを褒めるように男は青年の頭を撫でた。
「ついてきてくれるの」
「貴方が_ルークスがいるならどこでも。そこが俺の楽園です」
青年は笑った。
笑い方を忘れてしまったかのように不格好で涙のにじんだ笑顔だったけれど、どこか晴れ晴れとして見えた。
冷え切った風が2人の背中を押す。
「いこう」
「はい」
2人が見下ろす先は、深い深い闇。
国境にほど近く立ち入り禁止区域に指定された「奈落」と呼ばれる谷だった。
切り立った断崖から2人は揃って一歩踏み出す。
彼らは落ちていく。
きつく抱きしめあいながら。
「ルア」
「はい」
肌を切り裂くような風の轟音もひとつになった2人を邪魔することはかなわない。
「好きだよ」
青年が言う。
男はこの上なく幸せそうに笑った。
おちていく2人の影を月光が照らす。
「…遅くなって、ごめんね」
「やった!やった!やっと捕れたぞ!」
小さなネズミを手にして、頭に葉っぱをつけたまま踊るように駆けていく。真っ白な長い髪が風に靡かれ波打っている。
ちょっとした事で生物としての命を落とし、魔物になってはや十数年。まともに獲物も捕れず木の実で腹を満たしてきたが、とうとう本日初獲物を手にして巣への道を急いでいた。
だが、頬を紅潮させて緑の瞳を輝かせ誇らしげだった表情が一瞬で翳った。
「やい、いいもん持ってんじゃねぇの」
「俺たちに寄越せよ、出来損ない」
「き、狐……」
ニヤニヤとした顔で近づいてきたのは、ここらに住む狐の魔物だった。長い髪を靡かせて着物の袖に両手を突っ込み横柄な態度で子イタチの前に立ち塞がる。いつも2人組で行動していて、しょっちゅう子イタチにちょっかいをかける。
子イタチは、獲物のネズミを庇うようにしながら2匹に噛み付いた。
「出来損ないなんかじゃない!」
「へへっ!じゃあ、その耳としっぽはなんだよ」
子イタチも狐も人の姿を取っているが、子イタチの頭には丸っこい耳が2つ、尻には長い毛むくじゃらのしっぽが生えている。
自分の耳を触って言葉に詰まった子イタチに、狐の片方が小石を投げる。
「完璧な変化も出来ないで何を1丁前に反抗してきてんだよ」
「生意気だぞ~!」
耳を折りたたむように頭を抱えてしゃがみ込んだ子イタチにやいやいと石を投げ続ける狐たち。
(泣かないぞ……!こんな奴に泣かされるもんか……!)
「まてー!!!!」
そこに舌足らずな子供の声が飛び込んできた。
狐たちの足元の茂みが大きく揺れて、今度は人影が飛び出してくる。
「いって!!」
「いったぁいい!!」
狐の悲鳴が森に響き渡り、思わず顔を上げた子イタチの視界を黒が横切る
「くそぉ!人間か!?」
「覚えてろよぉ!」
殴られたらしい狐2匹が頬をおさえながら裾を翻して走り去っていく。
子イタチはそれを呆然と見送った。
子イタチを庇うように目の前に立っていた黒髪の少年が振り向く。
「君は……」
にかっ!
大きな口を開けて少年が笑う。
太陽の光を背に、きらりと八重歯が光った。
「おそくなってごめんね!!」
・
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「ルア。どうしてここにいるの…」
黒髪の青年は呆然とかすれた声を落とした。
次いで続けようとした言葉はのどに絡まり声にならない。
今にも泣きだしそうに顔を歪めて、もどかし気に自分の喉を両手でひっかく青年を、そっと抱きしめる男がいた。
「貴方がいるならば、俺はどこへでも」
男の長い白髪が風に揺られる。
重苦しい夜空にのまれた闇の中でまるで光を放つように、それはきらめいていた。
「置いていこうとするなんてあまりにも酷いです」
「だって」
「貴方がいないなら、俺は生きていけません。知ってるでしょう?」
どこまでも優しく穏やかな声に、男の胸に頭を預けた青年は小さく「うん」と答える。その答えを褒めるように男は青年の頭を撫でた。
「ついてきてくれるの」
「貴方が_ルークスがいるならどこでも。そこが俺の楽園です」
青年は笑った。
笑い方を忘れてしまったかのように不格好で涙のにじんだ笑顔だったけれど、どこか晴れ晴れとして見えた。
冷え切った風が2人の背中を押す。
「いこう」
「はい」
2人が見下ろす先は、深い深い闇。
国境にほど近く立ち入り禁止区域に指定された「奈落」と呼ばれる谷だった。
切り立った断崖から2人は揃って一歩踏み出す。
彼らは落ちていく。
きつく抱きしめあいながら。
「ルア」
「はい」
肌を切り裂くような風の轟音もひとつになった2人を邪魔することはかなわない。
「好きだよ」
青年が言う。
男はこの上なく幸せそうに笑った。
おちていく2人の影を月光が照らす。
「…遅くなって、ごめんね」
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