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2章

3話

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石丸は、紙面をふわりと揺らしました。
そうして言うのです。

「ここは『ほてるいちょう』。願えば何でも叶います。みゆう様はそのぬいぐるみが欲しいと本当に強く思っていますか?」

「おもってる!」

「では。もう一度探してみてはいかがでしょう」

石丸は押し入れを左手で指し示しました。
みゆうちゃんはまるで操られるように、ゆっくりとそちらを振り向き、おそるおそるぬいぐるみの山に手をつっこみました。
ごそごそ。ごそごそ。
あてもなく、しっちゃかめっちゃかに山を掻きまわしていたみゆうちゃんのてが、ふと何かふわっとしたものを掴みました。
みゆうちゃんはそれをぎゅっと握って、ゆっくりと引っ張り出します。
周りのぬいぐるみを押しのけて、のんびり顔を出したのはふわふわした毛並みの、なんとも可愛らしいクマのぬいぐるみでした。

「あ、…あ、あった!ルルちゃん!!」

みゆうちゃんが叫びます。
その腕の中にはしっかりとピンクのクマが抱えられています。
ふわふわの耳を引っ張り、腕を引っ張り、みゆうちゃんは確かめるようにクマの全身を触って撫でまわします。

「すごい…!ちゃんと、ぱぱがぬってくれたケガのばしょまでいっしょ!このこはルルちゃん!ルルちゃんはここにいたのね!」

ピンクのクマの手を取って嬉しそうにぴょんこぴょんこと跳ねるみゆうちゃんを石丸はちょっと離れたところから見守ります。
ふと足元を見下ろした石丸は、みゆうちゃんに放り出されてしまった薄汚れたクマが、そのビーズの真っ黒な目でこちらを見ていることに気が付きました。
どこか不満げにも寂し気にも見えるそのぬいぐるみを、石丸はそうっと抱き上げて抱きしめてみました。初めて触れるぬいぐるみはふわふわしていて柔らかくて、生きていないのに何故か温かくて。石丸はこっそり腕に込める力を強めました。

「おにいさん!」

「はい」

「ありがとう!ほんとうにルルちゃんはここにいたのね」

はい。とも、いいえ。とも言わず石丸はただ黙っていました。

「はやくぱぱにもおしえなくっちゃ!」

「もうお帰りになられますか」

「う…うん。せっかくのへやもったいないけどまたくるね」

今度も石丸はなんにも答えませんでした。
代わりに「お家までお送りします」とだけ伝えました。
ピンクのクマを両手にずんずんと出口に向かっていくみゆうちゃんの背中を追って、石丸もすすけたクマを片手に歩き出します。

ほてるいちょう の内部はお客様が望めばどこへだって道がつながるもの。
ほてる内の部屋と部屋はもちろん、町のどこへだってつながります。
扉を出て、右の小道に逸れて少し歩いていけばほら、みゆうちゃんのお家にだってあっという間に着いてしまいました。
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