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番外編:不釣り合い?な2人
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お嬢様育ちの彼女は社会を知らないに違いないと思っていた。
ということなら、じゃあ、庶民的なものを味わって貰おうと、牛丼屋に入ろうとしたのだが、彼女に拒まれた。
「あれ、肉、食べないんだっけ?」
僕の質問に彼女は面食らった。
「食べるわよ。丼ものだって食べるけど、ダイエット中なので、我慢してるの」
ん?丼もの、ダイエット……社会を知らない割にはナチュラルな答えだ。
ということは、まんざら社会に関心が無い訳でも無いのか……となると、お次はあそこだな!……しかもわざわざ駅のホームにある店に連れていった。
そこは立ち食い蕎麦屋だった。
さて、入って券売機に書いてあるメニューの名前を見ると、おお、どれもこれもみんな美味そうじゃないか!と心が躍った。
と、まず一番に彼女がクリアすべき点は、券売機で買うことかと思った。
恐らく券売機を見るのは初めてだと思い、自動販売機みたいにお金を入れて、食べたいものの名前が書いてあるところを押すんだよと教えようとしたところ、いつしか手に握られていた小銭を穴に投じて、ざるそばと書かれたボタンを選び、券が出て来るとサッと取った彼女は店主に渡した。
アレレレ、社会を知らないどころかきちんと分かっているじゃないかと、僕は彼女に感心しつつ何を食べようか考えていると、いち早く運ばれてきた注文したものを目の前にして、彼女は叫んだ。
「パパが無駄遣いはやめなさいって言うから、ざるそばって安いので頼んでみたのだけど、うーん……」
何を迷っているのか、興味津々でいると、彼女は、店主に向かい、大声で怒鳴った。
「……おじさん!私、ざるそばを頼んだんだけど、のりが乗ってないわよ!これじゃ、もりそばじゃない!」
厨房からニョキッと顔を出した中年の店主は、ごめんねと謝り、すぐ刻んだのりを持ってきただけで無く、お詫びの印と言って、そばをさらに盛り、大盛になったので、彼女はご満悦で、おじさんに再び大声で有難うと言った。
僕は彼女をじっと見た。
(何だ、お嬢様どころか庶民派じゃないか。フランス料理ばかり食べていると思っていたら、そんなことは無さそうだ)
そして、かなりお腹が減っていたので、僕は天ぷらそばの特盛を頼むと、いやー、正真正銘の具沢山と言うか、具材が盛りに盛られた逸品が出て来たのだが、何だか豪勢すぎて、申し訳ない気がした。
ま、何はともあれ、早く食べたくて、急いで箸立てを覗き込むと、空だったので、店主に声を掛けようとしたが、彼女がニッコリ笑って、先に手を差し出した。
「おじさんに言わなくても大丈夫よ。はい、これ、使って」
そこには箸……では無く、フォークを握る彼女の白く、か細い手があった。
彼女はうな垂れていた。
「……私、懸命に勉強したのよ。あなたが私のことをお嬢様だと思っていて、釣り合いが取れないから私との結婚に二の足を踏むに違いないと考えて、凄く焦っていただけに、スムーズに運んだから、自分なりに庶民派で通せそうな気がしたの……でも、しくじっちゃった。ラーメンは箸で食べるものだけど、そばはスパゲッティと同じくフォークで食べると勘違いしていたから……やっぱり付け焼き刃の勉強じゃ、駄目だったわね……」
僕はため息まじりにしょげている彼女の肩を優しく抱いた。
「……駄目じゃないよ。でも、正直、ちょっと寂しかったな。君が僕のために努力してくれたことはメチャメチャ嬉しかったけど、僕は僕、君は君なんだから、無理せず、君の地で生きたらいいと思うし、僕には何でも言って欲しかった。それに、いくら頭に叩き込んでも、知識が地を上回ることは無いだろうから、生きていくにあたって、いずれ辻褄が合わなくなる気がするんだ。だから、君は気張らずにお嬢様のままでいいんだよ……あ、あと、恐らく、そば屋の店主のおじさんは君の仕込みだろ。えっと、じゃあ、僕は全くのど素人だけど、君に教えて貰って、今度、一流のフレンチレストランに行こうよ。それでもって、僕はラーメンの美味い大衆食堂に連れていってあげるからね」
いつの間にか、彼女は大粒の嬉し涙をこぼし、僕の肩を強く抱きしめていた。
彼女はお嬢様、僕は中流家庭の人間だけど、身分が違うから結ばれることなんて出来ないと言ったら時代錯誤に陥りかねない現在の話である訳で、お互い、そんなに気負う必要は無いと思うし、思いやりがあれば、そんな壁、乗り越えていけるはずだと僕は彼女の長い黒髪を見つめながら、ひしひしと感じていた。
今回は、超子や教師が登場しない番外編とさせて頂きましたが、以下の田中氏の言葉を基にして、書かせて頂きました。
「政治家もそうだが、人間は地が大事。そんなもの(知識の借り物)にウエイトを置きすぎると、かえって人生うまくいかない場合もある」
ということなら、じゃあ、庶民的なものを味わって貰おうと、牛丼屋に入ろうとしたのだが、彼女に拒まれた。
「あれ、肉、食べないんだっけ?」
僕の質問に彼女は面食らった。
「食べるわよ。丼ものだって食べるけど、ダイエット中なので、我慢してるの」
ん?丼もの、ダイエット……社会を知らない割にはナチュラルな答えだ。
ということは、まんざら社会に関心が無い訳でも無いのか……となると、お次はあそこだな!……しかもわざわざ駅のホームにある店に連れていった。
そこは立ち食い蕎麦屋だった。
さて、入って券売機に書いてあるメニューの名前を見ると、おお、どれもこれもみんな美味そうじゃないか!と心が躍った。
と、まず一番に彼女がクリアすべき点は、券売機で買うことかと思った。
恐らく券売機を見るのは初めてだと思い、自動販売機みたいにお金を入れて、食べたいものの名前が書いてあるところを押すんだよと教えようとしたところ、いつしか手に握られていた小銭を穴に投じて、ざるそばと書かれたボタンを選び、券が出て来るとサッと取った彼女は店主に渡した。
アレレレ、社会を知らないどころかきちんと分かっているじゃないかと、僕は彼女に感心しつつ何を食べようか考えていると、いち早く運ばれてきた注文したものを目の前にして、彼女は叫んだ。
「パパが無駄遣いはやめなさいって言うから、ざるそばって安いので頼んでみたのだけど、うーん……」
何を迷っているのか、興味津々でいると、彼女は、店主に向かい、大声で怒鳴った。
「……おじさん!私、ざるそばを頼んだんだけど、のりが乗ってないわよ!これじゃ、もりそばじゃない!」
厨房からニョキッと顔を出した中年の店主は、ごめんねと謝り、すぐ刻んだのりを持ってきただけで無く、お詫びの印と言って、そばをさらに盛り、大盛になったので、彼女はご満悦で、おじさんに再び大声で有難うと言った。
僕は彼女をじっと見た。
(何だ、お嬢様どころか庶民派じゃないか。フランス料理ばかり食べていると思っていたら、そんなことは無さそうだ)
そして、かなりお腹が減っていたので、僕は天ぷらそばの特盛を頼むと、いやー、正真正銘の具沢山と言うか、具材が盛りに盛られた逸品が出て来たのだが、何だか豪勢すぎて、申し訳ない気がした。
ま、何はともあれ、早く食べたくて、急いで箸立てを覗き込むと、空だったので、店主に声を掛けようとしたが、彼女がニッコリ笑って、先に手を差し出した。
「おじさんに言わなくても大丈夫よ。はい、これ、使って」
そこには箸……では無く、フォークを握る彼女の白く、か細い手があった。
彼女はうな垂れていた。
「……私、懸命に勉強したのよ。あなたが私のことをお嬢様だと思っていて、釣り合いが取れないから私との結婚に二の足を踏むに違いないと考えて、凄く焦っていただけに、スムーズに運んだから、自分なりに庶民派で通せそうな気がしたの……でも、しくじっちゃった。ラーメンは箸で食べるものだけど、そばはスパゲッティと同じくフォークで食べると勘違いしていたから……やっぱり付け焼き刃の勉強じゃ、駄目だったわね……」
僕はため息まじりにしょげている彼女の肩を優しく抱いた。
「……駄目じゃないよ。でも、正直、ちょっと寂しかったな。君が僕のために努力してくれたことはメチャメチャ嬉しかったけど、僕は僕、君は君なんだから、無理せず、君の地で生きたらいいと思うし、僕には何でも言って欲しかった。それに、いくら頭に叩き込んでも、知識が地を上回ることは無いだろうから、生きていくにあたって、いずれ辻褄が合わなくなる気がするんだ。だから、君は気張らずにお嬢様のままでいいんだよ……あ、あと、恐らく、そば屋の店主のおじさんは君の仕込みだろ。えっと、じゃあ、僕は全くのど素人だけど、君に教えて貰って、今度、一流のフレンチレストランに行こうよ。それでもって、僕はラーメンの美味い大衆食堂に連れていってあげるからね」
いつの間にか、彼女は大粒の嬉し涙をこぼし、僕の肩を強く抱きしめていた。
彼女はお嬢様、僕は中流家庭の人間だけど、身分が違うから結ばれることなんて出来ないと言ったら時代錯誤に陥りかねない現在の話である訳で、お互い、そんなに気負う必要は無いと思うし、思いやりがあれば、そんな壁、乗り越えていけるはずだと僕は彼女の長い黒髪を見つめながら、ひしひしと感じていた。
今回は、超子や教師が登場しない番外編とさせて頂きましたが、以下の田中氏の言葉を基にして、書かせて頂きました。
「政治家もそうだが、人間は地が大事。そんなもの(知識の借り物)にウエイトを置きすぎると、かえって人生うまくいかない場合もある」
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