女子高生探偵悦子の事件簿

キタさん

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悦子、男子高生名人と対局する

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かつて、古畑任三郎という少し変わっているが、オシャレで頭が冴える警部補が活躍するテレビドラマがあった。

そのエピソードの中に「汚れた王将」というものがあり、将棋の対局が絡んだ殺人事件を取り扱っていた。

古畑はいくつかの不審な点を見つける中、犯人を追い詰める決定的な瞬間を目の当たりにする。

最後の犯人との対話も素晴らしく、私のお気に入りの一編であるが、さて今回の事象には将棋が関わっていた。


実は悦子の趣味はカラオケにとどまらなかった……将棋も好きだったのである。

親友の国子も含め、周りに指す相手がいないこともあり、表には出て来なかったのであるが、意外な場面で役立つことになったのだ。

悦子とは小中学校が一緒で、やはり将棋が好きな将兵がいた。

名前からして将棋好きの様相を呈しているが、悦子の将棋好きを知っているのは彼ぐらいであっただろう。

お互い、あまり表立つのは嫌だったので、中学では将棋クラブに所属していなかったが、かなり公民館などで対局をした仲だった。

それが、高校に進学すると、将兵は将棋好きを周囲に公言するようになった。

将兵にとって良かったのは、担任も含めて彼の周りには結構将棋好きが多かったことだ。

ということで、将兵の昼休みはもっぱら対局に費やされていた。

将兵は自他共に認める強さを持っていたのだが、神経過敏というか、対局していると必ずお腹が痛くなると言う弱点を抱えていた。

だが、トイレに向かい、長くて10分程すると、すっきりした顔をして戻って来るし、胃腸の具合が弱いことをあからさまにしていたので、将棋の手を考え過ぎて、腹痛を起こすのだろうと誰しもが思っていた……いや、1人を除いて。

それは悦子だった。

小中学校の時、悦子との対局の際には腹痛を起こすことは無かったのにおかしいと感じていたのだ……しかも決まって終盤戦になってからであったことも不審に感じていた。

もちろん、悦子以外にも首を傾げる者もいたが、トイレから帰還してからの、まさに華麗なる手の数々に魅了されてしまい、最後はつい拍手を贈ってしまうのであった。


そんな中、悦子はとある放課後、久々に将兵を呼び出し、対局を持ち掛けた。

将兵は目を輝かせる反面、何か不安そうな表情も浮かべていた。

対局は誰もいない教室で始まった。

念のため、担任には伝えてあり、了承されていたので、心置きなく指すことができた。

やがて終盤に入り、どちらも引かぬ形勢であったが、またもや将兵は腹痛を訴え……いや、将兵では無く、悦子がお腹が痛いと言い出したのだ。

将兵は驚いたが、悦子の苦しそうな顔を見ていられず、トイレに行って来るように促した。

悦子は、ごめんと言い、教室を去ったが、将兵は複雑な思いを浮かべ、スマホを見ようとしたところ、悦子が爽快感丸出しの顔をしながら帰って来たので、対局を続けることにした。

悦子がチラチラと将兵を見ると、少し油汗をかいているようだった。

そして、今度は将兵がいつものように腹痛を訴えると、悦子は心配そうな顔になり、トイレに行くのを見守っていた。

やがて将兵も明るい表情で戻ったが、少し曇った顔をしていたことを悦子は見逃さなかった。

対局は再開され、将兵が優位に立ったように思われたが、次第に悦子が追い上げて行った。

将兵も悦子を見たが、将兵と違い、食い入るように盤を見つめていた悦子の顔は落ち着き払っていた。

その様子を見た将兵は再び油汗を浮かべ、ハンカチを取り出し、額を拭った。

さらに進み、完全に悦子に有利な展開となるとまた将兵が腹痛を訴えた。

悦子は再びトイレへと促したが、将兵が教室を出て行く寸前でチクリと言った。

「……将ちゃん、今度はスマホ、置いて行ってね」

将兵は目を見開いて悦子を見ると、大きなため息をついた。

「……えっちゃん、僕の負けだね」

しかし悦子は将兵を見ずに盤を見つめていた。


「……いつから分かってたんだい?」

将兵が尋ねると、悦子は微笑を浮かべながら、天井を見つめた。

「……私とのこの対局においては初めからで、他の人たちとの勝負については、そうね、数ヶ月前からかな……もっと正確には、あなたが高校へ来て、将棋を始め出してから1週間後くらいね」

将兵は、なるほどと頷き、黙った。

悦子は将兵を見つめながら、言った。

「……私と以前対局した時には、あなたは1度もお腹を壊したことが無かったのでおかしいと思ったのよ……となると、腹痛が理由では無いんじゃないか、もしかして、トイレであれこれ手を考えていたのではないかと感じたの……私がさっき、トイレに立った時もそうだったんじゃないの?……多分、スマホでAIでも使って、手を考えまくろうとしてたでしょ?」

将兵は、やはりお見通しだなとつぶやくように口を開きながら、悦子の顔をじっと見た。

「……えっちゃん、君は女子高生探偵という立派な肩書きを持ってるけど、僕には何も無いので、じゃあ、将棋で勝ち続けて、将棋名人の称号を貰おうと考えたんだ……それで、トイレに行って、アレコレ頭をめぐらした……あ、信じて欲しいんだけど、初めは単に集中して、様々な手を考え抜いていただけだったんだけど、やがてスマホを使えばいいことに気付いたんだ……僕はインチキをしていたのさ……だけど、えっちゃん……」

「ん?」

「……神に誓ってもいい、さっきは本当にお腹が痛くなったんだ。さすがに良き将棋のライバルと言うべく君との対局で、ズルをすることはプライドが許さなかったんでね……あ、えっちゃん、君は本当にお腹を痛めたの?」

「ううん、私、スマホ、見てたよ」

「えっ、本当かい?」

「うん、この曲の歌詞って、最高なんだ!早くカラオケで歌いたいから、集中して覚えてたのよ!」

そう言って、ニッコリ笑いながら、おもむろにスマホを取り出し、とあるミュージシャンが歌う動画を流し始め、鼻歌を歌い出した悦子の屈託の無い表情からは探偵のたの字も感じられず、いつしか将兵も笑顔を浮かべていた。


その後、将兵は全くお腹を痛めることなく、色々な人たちと対局を続け、勝ち続けた。

悦子は、おめでとう、今後の棋界にさらなる新たな風を吹き込め!と強く思い、将兵にはぜひ次世代の将棋名人になって欲しいと願ってやまないのだった。


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