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第1章
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鷹野が連れて行ったホテルもまた、こじんまりとしているけれどとても居心地のいいホテルだった。アウグストホテルという名前を柴原は初めて目にした。どこにでもありそうなシンプルな外観を裏切り、一歩足を踏み入れると外から見た印象とは全く違った空気が流れている。こちらも先ほどのレストランと同じくクラシックな雰囲気のあるシティホテルで、内装にとても手をかけているのがわかった。ロビーのソファで待っていると、チェックインを済ませた鷹野がやってきて、自然な仕草で手を取られエレベーターにエスコートされる。あまりに自然だったので、エレベーターに乗り壁面に埋め込まれた鏡に手をつないだ自分たちの姿が映るのを見るまでは、手を取られていたことに気づかなかったくらいだ。
「……ここって、ゲイ専用のホテル……だったりしないよね?」
そんなわけはないと思いつつ、エレベーターの中でも手を取ったままの鷹野に問いかけると、柴原よりも少し高い位置からノーブルな微笑みを返す。
「普通のホテルだよ」
「じゃあこれ、まずくない?」
つないだままの手に視線をやると、鷹野も同じく目を向けたけれど離そうとはしなかった。
「ここのスタッフはわきまえているから、こうしていても気にしない。大丈夫だよ」
落ち着き払ってそう言うから、その言葉の裏を読んだ。つまり、鷹野はこうして外でひっかけた男を何度もここに連れ込んでいるということだ。
そう思い当ると自分のことは棚に上げ、浮き立っていた気持ちが少ししぼむ。そんな柴原の気持ちの変化に気づいたのかそうでないのか、鷹野が同じ調子で続けた。
「東京に観光に来た人、ビジネスで滞在している人、部屋で仕事をする人以外にも、こうしたホテルにはいろいろな人が来る。例えば今の僕たちのように特別な相手との逢瀬を楽しみたい人とかね。なぜラブホテルではなくこのホテルを選ぶかというと、心底このホテルのファンだからだ。ホテルの魅力には、立地やインテリア、ファニチャー、アメニティの質、食事などいろいろあるけれど、なにより大きいのはサービスやホスピタリティだよね。このホテルは、そこに惹かれたファンに支持されている。そして繰り返し、一年に何度も何度も使う客がとても多い。ここは一見新しいけれど、実は創業五十年を超えるんだよ。表立ってプロモーションをしなくてもファンが頻繁かつ定期的に訪れて利用するから稼働率はとても高い。そういうファンを掴む求心力が、ホスピタリティだ。つまり、僕も他のリピーターも、スタッフを信用している。僕はかなり昔からいろいろな用件でこのホテルを使っているけれど、毎回とても満足しているし、当たり前のように秘密を守って行き届いた気遣いでもてなしてくれるんだ。誰にでも通じるような自慢がしたいとかラグジュアリーさを求めるなら名の知れた有名なホテルを使えばいい。ここを使うのは、そういう分かりやすい一流ではなく、本当の意味での安心と満足が約束されているからなんだよ。……君との最初の夜は、このホテルがいいと思った。だからここへ誘った」
話している間にエレベーターは目的の階に到着した。鷹野は柴原の手を取ったまま指定された部屋へと向かい、ドアを開けて中へ導いた。床は落ち着いた色のカーペットで、淡い色の壁紙にはヨーロピアンダマスク模様がプリントされている。ベッドサイドと窓際に置かれたランプからは柔らかな色の灯りがこぼれていた。部屋にはクイーンサイズだと思われる大きなベッドが一台。それからソファ―セットとデスクとチェア。かなり広い部屋だが、ベッドが一台だけの部屋を男同士で取ったということは、そういうことだ。先ほど鷹野はああ言ったけれど、スタッフにもバレている。それを恥ずかしく思ったが、鷹野は一向に気にした様子はなかった。これまでも知り合った男とラブホテルではなくシティホテルに行くことはあったが、いずれもツインを取っていた。シティホテルでこんなにわかりやすく「一緒に寝る部屋」を取った男は鷹野が初めてだ。
どうしたらいいかわからなくて部屋の中ほどに立ちすくんでいると、鷹野が「座って」とソファを示したので、ぎこちなく浅く腰かける。柄にもなく緊張していることを自覚して、自分を落ち着かせるように髪に触れると、ドアをノックする音がした。チェックインの時にルームサービスを頼んでいたのか、ホテルのスタッフが入ってきてソファの前のテーブルにコーヒーを用意する。そして小さな紙袋をベッドサイドに置くと、「ごゆっくりおくつろぎください」と微笑みかけて出て行った。
「……なんか、本当に、ごく普通なんだな」
スタッフが辞しドアが完全に閉まると、柴原はそう呟いた。鷹野が向かいのソファに掛け、コーヒーカップを手にする。
「だから、そう言ったでしょう」
「こんな、いかにもやりますって感じなのに」
ちらりとベッドへ目を向けてわざと下品な言い方をしたが、鷹野は黙って微笑んだままコーヒーを味わった。
「鷹野さん、決まった相手はいないの?」
鷹野にならってコーヒーカップを手に取りながら尋ねてみる。鷹野は穏やかな笑みを湛えたままゆるりと首を振った。
「今はいないよ。そういう君は?」
「俺もいない……から、探してるところ」
「そう、そこも気があうね」
鷹野はにこりと笑った。つまり、これから寝てみて相性がよかったら次もあるということだ。一晩限りの相手を探していたというわけではなさそうで、柴原は内心ほっとする。
「……あ、これ、おいしい」
口にしたコーヒーは香り高いのにとてもスッキリした風味で、後味も良かった。
「気に入ってくれてよかった。ここのカフェは自家焙煎で、豆の管理もしっかりしているんだ」
嬉しそうに答えると、柴原の目をじっと見つめて鷹野が問いかけた。
「柴原くんが探しているのは、どういう男性?」
男の好みの話だ。コーヒーカップを傾けながら、柴原はちらりと鷹野を見た。
「……年上。スーツが似合う優しい人。それから俺に溺れてくれて……俺を、一人にしない人」
「その条件に合う人はたくさんいそうだ。男がダメじゃなかったら、ほとんどの人は君に溺れるでしょう?」
おっとりと言われて、小さく息をつく。
「そうでもないよ。……それに、最後の条件が一番難しい」
「君を、一人にしない?」
小さく頷いて、カップをソーサーに戻した。
「その言葉を真に受けて、逃げ出すくらい構い倒して嫌がられてしまいそうだ。……だって、君は危なっかしくて放っておけないような魅力があるから」
鷹野が低く囁く。濃厚なチョコレートのようなその声に、体の芯が絡めとられそうだと思ったとき、鷹野がカップを置いて立ち上がった。そして柴原の隣へやってくる。座ったまま鷹野を見上げる格好になった柴原へと手を伸ばしてきたから、立ち上がって向かい合った。
「コーヒーは明日の朝、またルームサービスで頼もう。……今は、君を味わわせて」
耳元に吹き込まれ頬を撫でられる。目を閉じると、柔らかいものがくちびるに触れた。二度、三度。感触を確かめるように触れ合わせるのが気持ちいい。やがて深くなるキスに柴原は酔いしれ、甘えるように鷹野に縋りついた。
「……ここって、ゲイ専用のホテル……だったりしないよね?」
そんなわけはないと思いつつ、エレベーターの中でも手を取ったままの鷹野に問いかけると、柴原よりも少し高い位置からノーブルな微笑みを返す。
「普通のホテルだよ」
「じゃあこれ、まずくない?」
つないだままの手に視線をやると、鷹野も同じく目を向けたけれど離そうとはしなかった。
「ここのスタッフはわきまえているから、こうしていても気にしない。大丈夫だよ」
落ち着き払ってそう言うから、その言葉の裏を読んだ。つまり、鷹野はこうして外でひっかけた男を何度もここに連れ込んでいるということだ。
そう思い当ると自分のことは棚に上げ、浮き立っていた気持ちが少ししぼむ。そんな柴原の気持ちの変化に気づいたのかそうでないのか、鷹野が同じ調子で続けた。
「東京に観光に来た人、ビジネスで滞在している人、部屋で仕事をする人以外にも、こうしたホテルにはいろいろな人が来る。例えば今の僕たちのように特別な相手との逢瀬を楽しみたい人とかね。なぜラブホテルではなくこのホテルを選ぶかというと、心底このホテルのファンだからだ。ホテルの魅力には、立地やインテリア、ファニチャー、アメニティの質、食事などいろいろあるけれど、なにより大きいのはサービスやホスピタリティだよね。このホテルは、そこに惹かれたファンに支持されている。そして繰り返し、一年に何度も何度も使う客がとても多い。ここは一見新しいけれど、実は創業五十年を超えるんだよ。表立ってプロモーションをしなくてもファンが頻繁かつ定期的に訪れて利用するから稼働率はとても高い。そういうファンを掴む求心力が、ホスピタリティだ。つまり、僕も他のリピーターも、スタッフを信用している。僕はかなり昔からいろいろな用件でこのホテルを使っているけれど、毎回とても満足しているし、当たり前のように秘密を守って行き届いた気遣いでもてなしてくれるんだ。誰にでも通じるような自慢がしたいとかラグジュアリーさを求めるなら名の知れた有名なホテルを使えばいい。ここを使うのは、そういう分かりやすい一流ではなく、本当の意味での安心と満足が約束されているからなんだよ。……君との最初の夜は、このホテルがいいと思った。だからここへ誘った」
話している間にエレベーターは目的の階に到着した。鷹野は柴原の手を取ったまま指定された部屋へと向かい、ドアを開けて中へ導いた。床は落ち着いた色のカーペットで、淡い色の壁紙にはヨーロピアンダマスク模様がプリントされている。ベッドサイドと窓際に置かれたランプからは柔らかな色の灯りがこぼれていた。部屋にはクイーンサイズだと思われる大きなベッドが一台。それからソファ―セットとデスクとチェア。かなり広い部屋だが、ベッドが一台だけの部屋を男同士で取ったということは、そういうことだ。先ほど鷹野はああ言ったけれど、スタッフにもバレている。それを恥ずかしく思ったが、鷹野は一向に気にした様子はなかった。これまでも知り合った男とラブホテルではなくシティホテルに行くことはあったが、いずれもツインを取っていた。シティホテルでこんなにわかりやすく「一緒に寝る部屋」を取った男は鷹野が初めてだ。
どうしたらいいかわからなくて部屋の中ほどに立ちすくんでいると、鷹野が「座って」とソファを示したので、ぎこちなく浅く腰かける。柄にもなく緊張していることを自覚して、自分を落ち着かせるように髪に触れると、ドアをノックする音がした。チェックインの時にルームサービスを頼んでいたのか、ホテルのスタッフが入ってきてソファの前のテーブルにコーヒーを用意する。そして小さな紙袋をベッドサイドに置くと、「ごゆっくりおくつろぎください」と微笑みかけて出て行った。
「……なんか、本当に、ごく普通なんだな」
スタッフが辞しドアが完全に閉まると、柴原はそう呟いた。鷹野が向かいのソファに掛け、コーヒーカップを手にする。
「だから、そう言ったでしょう」
「こんな、いかにもやりますって感じなのに」
ちらりとベッドへ目を向けてわざと下品な言い方をしたが、鷹野は黙って微笑んだままコーヒーを味わった。
「鷹野さん、決まった相手はいないの?」
鷹野にならってコーヒーカップを手に取りながら尋ねてみる。鷹野は穏やかな笑みを湛えたままゆるりと首を振った。
「今はいないよ。そういう君は?」
「俺もいない……から、探してるところ」
「そう、そこも気があうね」
鷹野はにこりと笑った。つまり、これから寝てみて相性がよかったら次もあるということだ。一晩限りの相手を探していたというわけではなさそうで、柴原は内心ほっとする。
「……あ、これ、おいしい」
口にしたコーヒーは香り高いのにとてもスッキリした風味で、後味も良かった。
「気に入ってくれてよかった。ここのカフェは自家焙煎で、豆の管理もしっかりしているんだ」
嬉しそうに答えると、柴原の目をじっと見つめて鷹野が問いかけた。
「柴原くんが探しているのは、どういう男性?」
男の好みの話だ。コーヒーカップを傾けながら、柴原はちらりと鷹野を見た。
「……年上。スーツが似合う優しい人。それから俺に溺れてくれて……俺を、一人にしない人」
「その条件に合う人はたくさんいそうだ。男がダメじゃなかったら、ほとんどの人は君に溺れるでしょう?」
おっとりと言われて、小さく息をつく。
「そうでもないよ。……それに、最後の条件が一番難しい」
「君を、一人にしない?」
小さく頷いて、カップをソーサーに戻した。
「その言葉を真に受けて、逃げ出すくらい構い倒して嫌がられてしまいそうだ。……だって、君は危なっかしくて放っておけないような魅力があるから」
鷹野が低く囁く。濃厚なチョコレートのようなその声に、体の芯が絡めとられそうだと思ったとき、鷹野がカップを置いて立ち上がった。そして柴原の隣へやってくる。座ったまま鷹野を見上げる格好になった柴原へと手を伸ばしてきたから、立ち上がって向かい合った。
「コーヒーは明日の朝、またルームサービスで頼もう。……今は、君を味わわせて」
耳元に吹き込まれ頬を撫でられる。目を閉じると、柔らかいものがくちびるに触れた。二度、三度。感触を確かめるように触れ合わせるのが気持ちいい。やがて深くなるキスに柴原は酔いしれ、甘えるように鷹野に縋りついた。
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