プレイヤーキラー~PKギルドの世界征服~

栗金団(くりきんとん)

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第2章 目立ちすぎる王都潜入

【第15話】 無法者たちのダンスパーティー

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 アーサー王国はその名からわかる通り、完全な階級社会だ。
 全ての国民は庶民・貴族・商人の三階級からなり、最も数が少ない貴族が最も強大な力を有している。
 さらに貴族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五つからなり、どの階級も血縁関係で守られた絶対的な地位があった。
 王国の北側は、その貴族たちが王命で招集された時や祭儀のときに泊まるための別邸が多く立っている。
 中でも現国王アーサー・ディステリ・キャメルの宰相アルマン侯爵の屋敷は、細部まで豪華絢爛の限りを尽くした造りとなっていた。
 ロートアイアンの門扉は槍のように鋭い先端と植物を模した文様からなり、高い塀がぐるりと敷地を囲んでいる。
 邸宅へ行くまでに経由する庭は植物一本一本に至るまで切り揃えられ、正面から見ると人工的な左右対称を描いている。
 幾何学的な形をかたどったトピアリー。正確な計算の元で配置を決められた噴水からは真水が常時流され、天使を生き写したかのような銅像、ある貴族はここをまるで天国のようだと言った。
 あと数か月もすれば薔薇が咲き誇り、さらに素晴らしい景観となるだろう。
 その景色を一望できるテラスつきの応接間で、宰相は客人に外国から輸入したばかりの茶葉を振る舞った。
 「良い香りですな」
 「お気に召したようで、嬉しいですぞ。
 キャンドル魔法学院理事長」
 白糸を編んでできたような鬘頭と、鼻の下に髭を生やした宰相の言葉に、向かいに座った老人が頷いた。
 仙人のように豊かな白髭を撫でる老人は事務的な笑顔を浮かべていたが、分厚い眼鏡の奥は動かない。
 宰相アルマン・ハーバーは貴族だけが着用を許された正式な宮廷服として、薔薇のように赤いウエストコートと白無垢を意味する白襟を着用していた。
 コートには彩り豊かな糸が編み込まれ、古代ローマ風の刺繍が入っている。
 だが、華麗な衣装であっても腹が緩みきっているのは隠せない。
 対して理事長の老人は質素な紫色のドレーブと杖一本だけの質素な姿で、背もたれも使わずソファに座る。
 「失礼。
 この後、国王陛下より宮廷へ来るように言われておりまして」
 「…それで、お忙しいところわざわざこの拙老を呼びつけられた理由は何ですかな?」
 「いや何、かねてから息子のハイマンが通う学校の理事長にはご挨拶をせねばと思っていたのです」
 「ハイマン君ですか、彼の名前は教授の話でもよく聞きますよ」
 「それはそれは…あぁ、いや。
 それが困ったもので、いささか血気が盛んなようでして」
 喜びかけたアルマンだったが、それが良い意味ではないと察して言葉を濁した。
 唯一の国立学校であるキャンドル魔法学院には、貴族はもちろん階級を問わず多くの生徒が通う。
 いずれも魔力の適正に優れた将来有望な学生ではあるが、貴族だけは縁故により特別入学を許されていた。
 そのため、
 「階級の低い生徒を虐めて怪我をさせたのを、血気盛んというのはいかがなものでしょうかね」
 「そ、それは誠に申し訳なく…今日はその件でお話があるのです」
 「……」

 (その謝罪が、被害生徒に向けられていたら良かったんじゃが)

 アルマンは理事長の反応が悪いのを見ると、備え付けられたベルを鳴らした。
 すぐにその音を聞いてメイドが応接室に入り、一礼をする。
 Aラインのメイド服は質素ながら、主の趣向でそこかしこにフリルがついている。
 胸の上に乗った大きなリボンと広い裾は機能的ではないが、アルマンは会心の笑みを浮かべる。
 メイドは盆を持っており、その上に積み上げられた金貨が載っていた。彼女は目を伏せたまま机の上にそれを乗せ、一礼して部屋を出ていく。
 ざっと見ただけで、庶民が一生に稼ぐ金額を優に超えている。
 理事長であっても、国から頂いている給料は微々たるもの。アルマンは、それを知っていた。
 「金貨百枚あります。これはその謝礼金です」

 (あと数十枚なら、上乗せしても構わない。
 これで何としても事件をもみ消さねば)

 「結構です」
 「…っ!?し、しかし!」
 清々しいほどの速さで拒絶され、アルマンは大きくうろたえた。
 宰相からすれば、金は待てばいくらでも湧いてくる代物だ。
 だからこそ、彼はこの国の買収事件・汚職事件の常に中心にいた。
 「謝礼金?
 ならばそれは、被害者の生徒に」
 「ははは!それもいいですな!
 しかし相手は庶民の子供だと聞いています、とても私からそうすることはできません」
 「……いずれにせよ、理事長としてこれは受け取れません」
 「そう仰らずに!
 ここでの出来事は誰の耳にも入りません!」
 「そういう問題ではございません」
 「ぐぅっ…!?
 な、ならば理事長からこの国の教育委員会に推薦を行います。
 それでいかがですかな?」

 (これが貴族であればっ、子の親に会って同じことをして黙らせることができたというのに!)

 ハイマンからすれば、貴族が階級を超えて庶民に会うのはあり得ないことだった。
 そんなことをしたら、庶民の汚い空気と貧乏根性が移るというのが彼の考えだ。
 だからつい、被害者への賄賂はもちろん謝罪もしていないことを漏らしてしまう。
 それが、理事長の更なる不興を買った。
 「私は、あなたが被害者に直接謝罪をするのであれば、その取次をしようと考えてここに来たのです」
 「特権を持たない薄汚れた庶民に、私が直接会う!?
 あり得ない!
 あなたも士爵の階級を持つ貴族なら、この気持ちがわかるでしょう!」
 「私の爵位は、魔法使いとして国家に果たした貢献から一代限りの爵位として前国王陛下から頂いたもの。
 あなたの考えなら、私も元庶民です」
 アルマンは自分より小さな老人が纏う気迫に押され、言葉が出てこなかった。
 全ての爵位は国王陛下から頂いたものであり、それを否定すれば自分たちの階級を否定したことになる。
 庶民には強く出られるアルマンも、一代限りとはいえ士爵の理事長は丁重に扱わざるを得なかった。

 (聞きしに勝る堅物だ、金も権力も興味がないというのか!?)

 「屁理屈を…ならば、ハイマンの経歴に傷がつけられたことについてはどうお考えですかな?」
 「傷?
 …あぁ、三週間の停学処分のことですか。
 あれは妥当な処分でしょう」
 「何が妥当なものか!
 そのせいでハイマンは一年留年するのですぞ!
 これまで無遅刻無欠席でやってきた彼の努力はどうなるのですか!」
 「努力…これは暴力事件を起こした罰ですよ。
 以前にも訓告処分を受けていたはずです」
 「魔法学院の成績はその後の王宮での立ち位置にも関わってくるのです!
 元庶民のあなたにはわからないかもしれませんが…どうか寛大な処置をお願いしたいですね」
 「十分寛大では?
 被害者は三か月の療養が必要と聞いています。心の傷も大きい」
 「そんなことを話しているのではありません!
 そもそもその事件というのも…」
 「我が魔法学院の教育は、教育を望みその適正がある全ての生徒に与えられます。
 お話は以上ですかな?」
 「…良いのですか?
 宰相に対してその態度、必ず後悔しますぞ」
 「ほっほっほ、それは結構。
 では、失礼します」
 貴族の気品を捨てて睨みつけるアルマンに、理事長は楽しそうに笑った。
 そして自ら扉を開けて退出すると、驚くメイドや執事をよそに長いサーキュラー階段を軽やかに下っていく。
 その足腰は若者にも引けを取らない。
 理事長はやがて美しい庭園に出ると、芝生を踏みしめ、ようやく重苦しい邸宅から外に出た。
 「親馬鹿も、ここまで行くとただの馬鹿ですな」
 邸宅から振り返り苦言を呈す理事長。
 しかし彼こそが、アーサー王国屈指の魔法使い、マクシミリアン・ユーリ・ワッフルその人であった。
 「頭の固い老人め…」
 ソファから見えるテラスの外へ、憎らしそうに顔をしかめたアルマン。
 ノックの音に扉を振り帰ると、そこには騒ぎを聞きつけて駆けつけた息子のハルマンが心配そうに立っていた。
 親譲りの太った腹と生意気そうな表情は父と瓜二つで、停学中にも関わらず乗馬服を着ている辺り、停学処分という名の休暇を遺憾なく楽しんでいるらしい。
 「失礼します。
 父上、いかがでしたか?」
 「おぉ、ハイマン!
 すまない、理事長のワッフルめ。
 私の話もろくに聞かず帰ってしまったよ」
 「そんな…では停学処分の件は」
 「あぁ、すまない…私の力が及ばなかったようだ」
 「そうですか、申し訳ありません父上。
 私のせいで…」
 仲良さげな親子の会話だが、二人は庶民に暴力を振るったことに対して何の罪悪感も頂いていないようだった。
 ワッフルと違い、ハーバー家は長い歴史のある貴族家。
 その自覚が二人をより傲慢にしていた。
 努力と言っていた息子のハルマンの成績や出欠もまた、彼の父アルマンにより金と権力で買われたものだった。
 また一年留年したからと言って、彼らの権力は揺るがない。実際は、痛くも痒くもない罰だ。
 落ち込んだ様子の息子に、アルマンは明るく声をかけた。
 「そうだハルマン!
 明日の誕生日パーティーの準備だが、順調に進んでいるぞ」
 「本当ですか!」
 「あぁ、残念ながら私は出席することができないが、代わりに友人たちやそのご子息・ご令嬢も招いて舞踏会をする予定だ。
 お前もちゃんとダンスの練習をしておくんだぞ?」
 貴族の舞踏会は、主催する貴族のプライドと権威にかけて大々的に金をかけて開かれる。
 今も邸内の執事やメイドたちは舞踏会に向けて、飾りつけや掃除をしているところだった。
 特に一階のダンスホールには、眩い光を放つシャンデリラが取り付け上げられていた。
 「もちろんです父上!
 そうだ、それなら新しい舞踏会の衣裳も頂けませんか?」
 「うむ、当然だ。
 すぐに仕立屋を読んで見繕ってもらおう」
 「ふふふ、本当に楽しみです。
 舞踏会にはどなたが来られるのですか?」
 「それは当日のお楽しみさ。
 お前もこの邸内で暮らすのでは息苦しかろう?
 誕生日くらいは羽目を外して楽しみなさい」
 「おぉ!
 それは今から眠れなくなりそうです」
 「はっはっは!
 それは良かった、こんなに喜んでもらえるなら、舞踏会を開いたかいがあるというものだ」
 何を想像したのか、意地汚い笑みで笑う親子。
 舞踏会では誰が何をしたのか、詮索するのは野暮とされている。
 それに乗じて、普段はプライドとマナーで縛られた貴族たちは束の間の自由を楽しむのである。
 とはいえ、それは本人たちがそう思っているだけのこと。
 実際は、夜通し開かれる無法者たちのダンスパーティーだ。

 そしてそのパーティーに、今年は筋金の無法者たちがやってくる。
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