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第3章 大貴族の乗っ取り作戦

【第31話】 無慈悲

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 「『影移動』」
 「…今、何か聞こえっ、らぁ?」
 影に潜り込んだキングは、そのまま液状になって三人に接近する。
 一人の背後に回ったキングは影から出る勢いで、相手の身体を股から頭まで縦に引き裂いた。
 肉が断たれる音で振り向いた一人の顎には、もう片方の手に掴んだナイフを突き刺す。
 喋っている途中で舌が斬られたので呂律の回らない発音で会話は終わり、脳が潰れて絶命する。
 残った一人は仲間の頭から出てきたばかりのナイフに背中から心臓を貫かれ、誰に何もされたかもわからず死んだ。
 だが、彼はこれから訪れる惨劇で最も幸福な死に方をした。
 「……西の門がやられた!」
 「っ!敵の数は!?」
 「わからない!」
 裏門で見張りをしていた兎人族のザクロが、耳を立てて反応をする。
 黒猫の耳を持つオダナキも遅れて人が倒れる音を聞くと、腰の剣を抜いた。
 二人の毛が逆立って膨らみ、髯と耳が芯を入れられたかのように天へ向かって立ち上がる。
 ザクロは言いながら西門へ続く道へ弓を構え、クルトは二人の焦りようから緊急事態だと理解した。
 人間の数倍以上優れた獣人族の敏感な五感を持ってしても、犯行の瞬間まで気づかなかった。
 モンスター相手でも滅多にないことだ。
 彼女は助けを求めるために鉄門に手をかけると、助走なしで飛び越えた。

(足音がしなかったということは、高度な魔法で来たということ?
 だとしたら、かなり計画的な犯行。急いで人手を呼ばなきゃ)

 「見たことない種族だな」
 「ひっ」
 「っ!?」
 「!!」
 だが、キングの方が速かった。彼はクルトの着地先から現れると、助けを求めようとする口を手で塞いで持ち上げた。
 そして、向かいの兎耳と猫耳を見る。
 状況を理解できず言葉も発せないクルトに、ザクロとオダナキは数秒間思考を停止する。
 獣人族のような五感がないにしても、クルトは決して弱くない。
 頭の回転や作戦立案能力は二人よりも上であり、だからこそリーダーとしてついて従っている。
 そのリーダーが捕まっていること、そして敵が現れたことを察知できなかったことに二人は思考が停止していた。
 身体が石のように動かなくなったのは、目の前の存在が自分たちよりも圧倒的に強いと本能で理解したからだ。
 武器を落とさなかったのは、冒険者で培ってきた経験だった。
 これが無ければ、さらにその差が広がると知っていた。
 「つくづくフォマが担当じゃなくて良かったぜ、あいつはケモナーだからな」
 「っ、ぐむっ、うぅっ」

 (これでも鍛えているんだけどな…!
 何で動きもしないの!?)

 「…いや、年齢的に守備範囲外だったか?」
 先にクルトを殺しても良かったが、キングはせっかちだった。
 逃げようとした敵は手中に収めたことだし、もう二人を殺そうと思う。
 クルトはキングの腕を掴んで足をバタつかせていたが、拘束が緩むどころかキングの手は揺れもしなかった。
 キングは左手に二本のダガーナイフを出現させると、それを動かない的に当てるように投擲する。
 クルトはナイフがどこからか現れたことに驚くよりも、それが仲間を狙っていることに焦った。
 投げる動作を見終わる前に左腕を勢いよく持ち上げて、軌道上を塞いだ。
 「おっと?」

 (何だコイツ…NPCの癖に仲間を守ったのか?)

 「うぅっ!…がっ!!?」

 (本当はナイフを投げる前に塞ぎたかったけど…これで二人が逃げる時間が稼げる)

 二本のナイフのうち一本がクルトの左腕に刺さり、一本は掠って明後日の方向に飛んでいく。
 運よく攻撃を免れたことで、ザクロとオダナキの硬直が溶けた。
 キングが右手に力を入れると、パキッと軽快な音と共に顎が外れた。
 クルトは痛みに耐えながら足を持ち上げると、キングの胸を蹴りつけた。
 新たに左手にナイフで心臓を貫かれるまで、クルトは攻撃を辞めなかった。
 だがザクロもオダナキも、貫かれたナイフがクルトの背中から出てくるまでキングの攻撃が全く見えなかった。
 「…根性あるじゃねぇか」
 「あぁ!!」
 咆哮を上げて弓を向けたザクロに、キングはクルトの身体を空へ放り投げた。
 建物の天井よりも高く飛んでいくクルトを見て、オダナキは唇を噛みしめて剣を振り上げると、ジャンプで門を超えて斬りかかった。
 出し惜しみはせず、使える魔法の中で最大攻撃を出せる水属性の魔法を詠唱した。
 同時に風魔法で加速し雷魔法で武装した矢が放たれて、連携攻撃で仕掛ける。
 「『水竜鉄剣』!」
 「『風雷』!」
 「馬鹿がっ、助けを求めるなり逃げるなりすれば良かったものを」
 「はやっ…!?」
 キングは矢をナイフで跳ね返すと、炎を纏う剣を持つオダナキとの距離を詰めた。
 剣が触れる前に脇からその腹にナイフを差し込む。
 さらに剣を振り下ろした背中からも、ナイフで脊髄を刺す。
 オダナキは自分の五感より速く動く敵に真正面から立ち向かったことを後悔しながら、一撃も当てられずに倒れる。
 ザクロは自分の放った矢を頭に受けると後ろへぐらつき、さらに首元に投げられたナイフの勢いで倒れ込んだ。
 そして、クルトが頭から地面に落下する。
 ナイフを回収したキングは、正門に戻ろうと歩き出した。
 「全く、後味悪いぜ」

 「お邪魔するでござるよ」
 正門を抜けて邸宅の扉にたどり着いたサカナは、今度こそ鍵がかかっていることを何度かノブを回して確かめる。
 だが、そのまま力に任せて扉を押し続けた。
 ミシミシと木片が軋み、施錠されて下りたままの金属のデッドボルトが歪んでいく。
 蹴り飛ばすと音が鳴るので、サカナは力技でゆっくりと扉を破壊した。
 扉がはまっていた木枠を跨いで侵入すると、握っていたドアノブを放り投げた。
 邸内にいた護衛の人間は明かりを灯すと、一枚の扉が大男に破壊され、さらに相手が持っているのがハンマーでもトンカチでもなく小さなナイフ一つなのを知ると夢でも見ているような顔をした。
 すぐにダンスホールや空き部屋から深夜の見張りに飽きてトランプ遊びをしていたものや、寝ぼけていたものが続々と集まってくる。
 「いやはや、歓迎されているでござるな」
 「な、何だこいつ…扉を…」
 「魔法か…?」
 「…おい!奥の奴らを呼んで来い!」
 「侵入者だ!仲間に気をつけろ!」
 「心配しなくても、今は拙者一人でござるよ」

 (武器を持った護衛二十名、ゲームでは序盤でもない限り苦労はしないでござるな)

 小手調べに、サカナはスキルも魔法も使うつもりはなかった。
 彼らが武器を持ったのを待ってから、ただ軽く腰を落として物を持つように腕を出す。
 その体勢がタックルだと理解した護衛たちは、武装した相手に接近戦を試みるサカナを見下すように笑った。
 「おいおい、武器が見えねぇのか」
 「こいつ、頭がおかしいんじゃねぇのか?」
 「気をつけろ、強化魔法を使っているかもしれない」
 「バフのことでござるか?別に使わないでござるよ。
 それより、お主たちが強化魔法をかけたければ待つでござるが」
 「こいつ…本気で言ってんのか?」
 「おい、待て」
 先頭の一人が剣を上段に持って掲げたのを見て、後ろの男が止めた。
 代わりに前に出た男は先に棘がついた鉄球がぶら下がった、こん棒のような武器を持っていた。
 それを見て、サカナは嬉しそうに声を上げる。
 「見せしめに半殺しにしてやる」
 「おぉ!モーニングスターでござるか!」

 (ゲームなら、雑魚敵にこれだけの武器のデータを割くことは出来ないでござるな)

 冒険者を寄せ集めて作られた護衛たちは、みなそれぞれ異なる武器を持っていた。
 大剣やメイス、レイピアなど、選り取り見取りの光景にサカナはゲーム世界と比べて感動していた。
 調子を良くしたサカナは、せっかくならその武器が使われるところを見たくなる。
 タックルをやめて、狭い室内で鉄球を振り回す男の正面に立った。
 男はそれを安易に受け取ると、鉄球をサカナの顔面に入れる。
 「なめやがって…くたばれっ!!」
 「さすがに、顔はやめて欲しいでござる」
 「あ…あ……?」
 反射的に腕で庇った鉄球が、金属の壁に当たったかのように弾かれた。
 さらに衝撃でヒビが入ったのは、鉄球の方だった。
 当のサカナは肉や骨を断たれるどころか、服すら破けていない。
 だがそれこそが、サカナの固有スキル『重装甲』の能力だった。
 「一定ダメージ以下の物理攻撃を無効化・一定量の自動回復をする」このスキルは、常時発動し続ける。
 モーニングスターを持つ男に、そんな世界の理を理解できるはずもなく、彼はポカンとして無傷の敵と欠けた武器を交互に見つめていた。
 「さぁ、今度は拙者の番でござるな」
 「逃げろ!そいつはヤバい!」
 「させないでござるよ」

 (この世界では初陣でござるな)

 もう一度タックルの構えを取ったサカナに、勘の良い人間が叫ぶ。
 長い廊下に並ぶ護衛は、もはや一直線上に並んだボウリングのピンだ。
 この場に遠距離で攻撃できる者がいないのを知った上で逃げようと踵を返したのを見て、サカナもようやくやる気になった。
 自らの身体を盾にして丸めると、真っ直ぐに突っ込む。
 室内で壁に叩きつけられるような音が響く。
 衝突を受けた前列の護衛は内臓を直接破壊され、後方にいたものも足元から宙に飛んで天井に激突して圧死する。
 照明が割れて暗くなった廊下の先で一人立ち上がったサカナは、赤黒く染まったレッドカーペットの廊下を振り帰って笑った。
 「うーん、この爽快感はどんなゲームにも勝るでござるな」
 「おい大丈夫か何の音だ…うあああ!!」
 「あ、こら逃げるな!立ち向かうでござる!」
 天井の衝撃で床が揺れたのだろう、二階からさらに護衛が何人か降りてくる。
 だがサカナとその後ろの死体の山を見ると、すぐに階段の上へと逃げ帰った。
 彼らは冒険者ではなく、住み込みの執事たちだった。
 最初から、冒険者でも敵わない相手に立ち向かう度胸も技量もない。
 次はどんな武器が来るかと楽しみにしていたサカナは、ガッカリしながら階段を駆け上がった。
 ゲームでは遅い遅いと言われるフランケンシュタインだが、この世界ではそれでも速すぎる。
 「追いついたでござるよ~」
 「はぎゃっ」
 追いつかれた執事は抵抗する暇もなく頭を掴まれ、サカナが力を入れるとナッツが割れるような音と共に頭蓋骨が砕け散った。
 サカナは頭が潰れた人間を掴んだまま振り回すと、先にいた数人を薙ぎ払った。
 トロールよりも重い一撃に柱が崩壊して倒れ、壁には穴が空く。
 負傷した執事たちはほとんどが気絶するか、当たり所が悪く死に至った。
 だが、運悪く意識を保ったまま柱の下敷きになった者もいた。
 「た、頼む…見逃してくれ…」
 「無理でござる」
 「うっ…誰か…っ」
 サカナは命乞いをする執事の頭に脚を当てると、体重を乗せて踏み潰した。
 他に息がある者も同じように頭を潰し、死んでいるように見えても頭を潰しておく。
 その度に建物全体の窓がカタカタと揺れたが、サカナは黙々と作業をし続けた。
 そして、三階へと通じる階段の先を見上げた。
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