上 下
41 / 41
第3章 大貴族の乗っ取り作戦

【第40話】 祝杯

しおりを挟む
 「全員、今回のハーバー家乗っ取り作戦、ご苦労でござった。
 無事ハルマン・ハーバーを手中に収め、この世界における強力な後ろ盾を得ることができたでござる」
 ナイフでシャルマーヌ地方の年代物ワインのキャップシールに切れ目を入れて、削り取るようにしてキャップを取り去る。
 びん口の汚れを真新しいナプキンで拭うと、今度はスクリューをコルクに刺して垂直に回し、てこの原理で引っ掛けるようにしてコルクを抜く。
 匂いを堪能してからコルクを傍らに置き、ラベルの裏側を片手で掴み四脚のグラスに片手でワインを注いでいく。
 そのグラスを通常服に着替えたキング・フォマと執事の恰好をしたままのハルトが受け取った。
 乾杯を待たずにフォマが口をつけ、サカナもそれに続く。
 「…で、晴れてあなたは宰相の側近ってわけですね」
 「そうでござる、しばらくはこの国の現状を探るつもりでござる。
 あとお主たちがしでかした事件の隠蔽もでござるな。
 お主たちにも出来れば手伝って欲しいでござるが…」
 「俺はパス」
 「政なんて老人の世迷いごとでしょう。興味ないですね」
 「…うむ、そういうと思ったでござる」
 グラスを回してワインを空気に触れさせながら、ノータイムで答えるキング。
 ワインを飲み干して、自らおかわりを注ぐフォマ。
 ハルトは部屋の隅のソファに座ってそれを聞きながら、グラスをサイドボードに置いた。
 サカナは眉を下げて心底落ち込んだような表情を見せてから、ぱっと表情を切り替えて指を立てる。
 「なら、拙者から提案があるでござる。
 キングにはサイドストーリーの仕事を。フォマには魔法の研究を頼みたいでござる」
 「さいどすとーりぃ?つまんねぇ仕事なら、やらねぇぞ」
 「わがままでござるなぁ…しかしハルマンの件で、この世界でも好感度報酬が期待できるとわかったでござる。
 そこで、メインストーリーとは別にNPC好感度報酬やモンスター退治で得られる貴重なアイテム収集を頼みたいでござる」
 「…そういう地道な作業はお前の方が得意だろ」
 「それはそうでござるが、秘書は拙者しかできないでござろう?
 アイテムの中には一人一回しか獲得できないものも多いから、取っておいて損はないござる。
 今回、好感度上昇ポーションを使ってしまったでござるし、誰かさんのせいで貴重な回復アイテムを大量に消費したでござる」
 二人の視線がワインを一気飲みするフォマに向けられる。
 もうゲーム世界のアイテムがゲームと同じように簡単に入手できるわけではない。
 共に戦闘をするものとして、キングとサカナがフォマに謝罪を求めるのは当然の権利だった。
 しかし本人は自分のアイテムの使い方に納得をしているらしく、どれだけ睨まれてもけろりとしている。
 「少女の命を救ったんですよ?有意義な使い方だったでしょう?」
 「ちっ…まぁ、どうせやることもねぇんだ。いいぜ」
 「助かるでござる。それとフォマ」
 「……」
 「確か、魔術の古文書に書いてあった魔法が使えると言ったでござるな。
 出来る限り文献は集めるから、他にも魔法を使えるかどうか試して欲しいでござる」
 「嫌です」
 「……伝説では、若返りの魔法なんかもあるらしいでござるよ」
 「さっさと持ってきてください、一刻も早く」
 「任せたでござるよ、さて。
 最後にハルトでござるが…」
 「僕は…あの、もし良ければキングさんについて行ってもいいですか?」
 「は?」
 来た、とハルトは思った。
 作戦が終わってから練っていた腹案を、できるだけ角の立たない言い方で告げる。
 サカナもキングもハルトが発言したこと、そしてその内容に意外そうな顔をする。
 ソーサレスのフォマがいる以上、嘘は通じない。
 ハルトは自分の中に生まれたばかりの感情は隠したまま、追求される前に都合の良い真実を選んで話す。

 (プレイヤーを止める。僕はそのために強くならなきゃいけない)

 「僕はまだ弱いので、キングさんの傍で色々学びたいんです」
 「うーん…冒険者組合の仕事を任せようと思っていたでござるが…そういうことなら、キング」
 「おい待て、俺は了承してねぇぞ。
 何で俺がガキの面倒なんか見なきゃならねぇんだ」
 「ふふふ、拒否できる立場ですか?」
 「はあ!?」
 「忘れたでござるか?
 お主はこの間の賭けで負けているでござるよ」
 「…あ」
 キングは思い出す。
 この世界で行った賭けにおいて、まだ一度も自分が勝利を収めていないことを。
 始まりの地で行った「誰が一番多くプレイヤーを殺せるか」の賭けはキングの白旗でフォマの不戦勝、
 「舞踏会で放置されたサカナがどう動くか」はフォマの勝利、
 そしてハーバー家乗っ取り作戦で「フォマがキレた理由」ではサカナの勝利。
 最後に関しては、まだ勝者に賭けの景品を渡していない。
 「どうしたでござるか?
 ワインを飲む手が止まっているでござるよ」
 「…ちっ、仕方ねぇな」
 「ありがとうございます…!」
 「その代わり俺の邪魔をしたら許さねぇからな」
 「はいっ!」
 ワインを勢いよく飲み干したキングの顔は、酒のせいか赤くなっていた。
 酔っ払いに睨まれたハルトは元気に返事をして、つまらなそうな顔を返される。
 ハルトは忌々しそうに睨みつけるキングの瞳には、まだ自分と同じ光が宿っているのを知っていた。
 本当に恐ろしいのは、そうした光が全くない深淵のような瞳をした者だ。
 「さぁて、これでようやく次のステップに行けるでござるな」
 「次の?何だそりゃ」
 「む?
 あぁ、宰相の秘書になって、政治の中枢に潜り込むでござろう?
 そしたら次はこの国を、さらには周辺国を乗っ取っていくでござる」
 「いいですね、そうなれば私も彼女たちを探しやすいです」
 フォマはサカナに貰った写真を眺めて言った。
 にたりと笑って写真の向こう側へ笑顔を向けるスク水姿の抹茶プリンの頭を指で撫でると、一人で悦に入る。
 キングはそれを見ると右手を握って親指を立てると、躊躇なく指を下に向けた。
 サカナはフォマに見つかる前に二人の間に割り込むと、キングにもワインを注いだ。
 「まぁまぁ!とにかく!
 まずは五大大陸の一つ、このヨーフラン大陸をゲットするでござる!」
 「はっ、さすがギルドマスターは勤労だな」
 「とんでもない、拙者はゲームをしていたころから変わらないでござるよ。
 全てのアイテム・モンスター・マップ・称号を手に入れないと気が済まないだけでござる」
 「…あっそう」
 「そしていつか、この世界の全てを知り尽くしたいでござる」
 「好きにしろよ、俺もそうするからな」
 「言わずもがなですね」
 そんなサカナの言葉をキングやフォマは聞き飽きているのか、木で鼻をくくったような返事をする。
 三人は美酒の味に酔いしれているのか、本気で思っているのか、その言葉の恐ろしさを気にも留めない。
 ただハルトだけが、生きたまま心臓を丸のみされたような焦燥感に身をすくませていた。
 ゲームと同じこの世界の全てを得たい。そんな子供じみた夢を無邪気に信じて疑わないサカナの言葉は、事実上の世界征服宣言であった。
 そして、この場にいる誰一人してそれを否定しなかった。  
 最悪のPKPギルドによる世界征服は、この祝杯によって始まった。

「第3章 大貴族の乗っ取り作戦」終

ps.ここまで読んでいただきありがとうございます!
お気に入り登録や感想もお待ちしております。創作の励みになります。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...