神様と契約を

小都

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契約―――――――  それはつまり生贄と同じだ。

所詮、力を得るためにはこの身を犠牲にしなければならないという事。
そしてそれは、御園生家に代々受け継がれてきた秘密の儀式。

儀式、契約、そう言えば聞こえはいいのかもしれない。
でもそれは生贄としてこの身を捧げる事に他ならないのだ。


もしあの時・・・

もしこの力が・・・

そう何度願った事だろう


けれどその願いは一度として叶えられる事はなかった。


神などいない。

なのに神はいるのだ。


暗い気持ちを拭いきれず重たい足を動かす。
固く閉ざされていた扉を鍵で開けると、その先は暗い廊下が続いている。
そしてその先にある部屋が、もうすぐ全てを決める部屋となる。
決まるはずのその二つの道は、どちらも自分にとって良いものにはなり得ない。
それでも、行かねばならなかった。

少し古い建物の匂いのするそこは、本来なら神聖である場所。
この家の奥、普段は立ち入りを禁じられていたそこに、足を踏み入れた。

そう、そこは祭壇。
これから行われる儀式を行うための。

蒼白な顔をして古い扉を開けて、清めた身を寝台に横たえその時を待った。





この新月の日。
一人の少年が儀式を行うこととなる。
それは前代未聞の事態であり、望まれればその身で償いをしなければならない。
その為か少年の顔は緊張と不安により凍りつくようだった。


さぁ、決断は如何様に。

全ては神の御心のもとに―――――――







神様と契約を








「あぁ・・・!」

ぐいと奥を突くその衝撃に耐えられず一葉はびくりと身体を震わせた。
その様子に水光は気を良くし何度も何度も同じ場所を突く。
するとその度に一葉は嬌声をあげ、その動きと同じだけ身体を痙攣させた。

「あ、あ、だめです・・・み、ひかりさまっ・・・」

動きは絶頂を迎えるために激しくなっていき、
一葉は頭を振って静止を請うがその願いは聞き入れられる事がなかった。
そして奥のひどく反応を返す所ばかりを擦り上げられ
一葉は大きく背を仰け反らせながら絶頂に達した。

「あ・・・あ・・・」

それに数秒遅れて水光も一葉の中に白濁を注ぎ込んだ。
すると行為に疲れているのに反して、一葉は力が内側から満ちるのを感じた。





新月の夜。それはいつも同じように繰り返し行われる儀式だった。

一葉が生まれた御園生家は代々続く退妖師の一族だ。
その身に宿す力によって悪に身を投じた妖を退治する事が出来る。

しかしどうした事かその力は歳をとるごとに衰えゆくものであった。
力の使えない退妖師の末路は、ただ妖に喰われて消滅するだけ。
そうならない為にも力を増強する必要があった。

そこで必要となってくるのが、契約の儀式。

神にその身を捧げる事と引き換えに、その力を保つ事が出来るのだ。

御園生家には代々受け継がれているしきたりがある。

退妖の力を受け継ぐものが16歳になった時、神と契約をしなければならない。
そして、契約と同時に退妖師の資格が引き継がれる。

退妖師となったものは契約した神と定期的に儀式を行う。
退妖の力を失う事は許されない事だからだ。
神が降臨するのは新月の夜。
力を失わないために、その夜は必ず儀式が執り行われた。

儀式を行う方法はひとつ。

その力をより自分のものにする、
神をその身に受け入れる性交に他ならなかった。






はぁ、はぁと一葉は息を切らせながら呼吸をした。
達したばかりの身体の熱が冷めるのを待つが、
まだ中に入ったままの水光が身じろぎした瞬間にその角度が変わり
一葉はびくりとその身体を震わせてしまう。
すると先ほどの絶頂の折に吐き出した一葉の白濁が、
腹の上からついと脇腹を緩やかに伝い落ちた。

その雫にひくりと腹が反応し、身体に鳥肌が立ったが、
一葉は熱く敏感になった身体を鎮めるために瞼を下ろしていた為気付かなかった。
その様子を見て水光の顔に艶やかな笑みが浮かんでいるのを。

そしてまだ固さの残るものを水光は再び前後に動かし始めたのだ。

「え、あ・・・!?水光様・・・!?」

「まだまだ・・・足りないだろう?身体も、力も・・・」

冷まし始めていたはずの一葉の身体はその動きによってあっという間に再び熱くなる。
達してまだ間もない身体にとってそれは過度な刺激だった。

「あぁ、だめです、水光様っ・・・」

水光の動きを止めたくて水光の腕に手を伸ばす一葉だが、
その手は簡単に捕らえられ、制止などなかったかのように水光は中を穿ち続ける。

その動きに一葉は観念したように目を閉じた。

所詮、自分は契約を交わした身。
自分に選択肢などないのだと、思いながら。



水光と契約をして2年が経った。
その2年で、一葉は水光の性格も知ることとなった。
神である水光は、一葉が想像していたような厳かで敬い、奉るものとは少し違った。
どちらかと言えば水光は粗野で、神というより人間と言われた方がしっくりくる。
口調も砕けており、自由奔放という言葉が何故か当てはまるようだった。
それに、神といえども性欲は人間並みにあるようで、
儀式を行う日は数時間開放されないのは既に常の事だった。

水光に言わせれば、神も十人十色で性格も様々、との事だが
それにしても水光は話に聞く他の神とは少し違うようだった。


水光が降りてくる新月の儀式の翌日は、必ずと言っていいほど一葉は疲弊して動けない。
その様子に、前代の退妖師である母の銀香も、呆れ果てる様だった。

余程気に入られたのだと、一葉は母から言われた。

前代の退妖師であった銀香もやはり、一葉と同じように神と契約をしていた。
しかし、銀香は一葉よりも圧倒的に強い力を持っていた。
そのせいか、それとも神の性格の所為かは分かりかねたが
銀香はそこまで神に執拗に愛でられた事はないようだった。

退妖師と契約をする神は一人につき一神のみであり、
代替わりしても同じ神が契約する事はない。
そしてその神は契約している退妖師以外の人間の前に姿を現す事がないので
一葉は銀香と契約していた神の事は話でしか聞いた事がない。

それでも、水光とは性格が幾分も違う事は一葉には明らかだった。



今日も、もう何度目であろうか。
もうこれ以上は、と思うほど一葉は水光にたっぷりと力の源を注がれ続けた。
疲れてぐったりとする身体を寝台に横たえ休む一葉に
水光は優しい手つきでその髪の毛を梳いていた。

「みひかりさま・・・」

「あぁ、すまないな。声が嗄れている。一葉が可愛くて仕方なくてつい、な」

一葉の顎先で切りそろえられた髪を撫でながら水光は笑う。
それも、既に毎回のように聞きなれた科白だった。

「またそんな冗談・・・私の力の器は小さいのですから、
 何回力を注いで下さっても、今ある以上に力は増えないと言っておりますのに・・・」

「そう言ってお前はいつも俺の言葉を真面目に受け取ろうとしないな」

だって本当の事だ、と一葉は思った。
本来ならば一葉はここにいるべき人間ではない。
何を間違ったのか、力を持ってしまった異端の自分を哀れに思い、
情けで契約してくれた、変わり者の神様。
今こうして力を注いでくれているのも、全て哀れと思う感情からだと、
一葉は信じて疑わなかった。
可愛いなどという言葉は、同情を隠すのには一番の隠れ蓑なのだから。

況して水光は神。どうしてそれを本当だと思えるだろうか。

「妖退治は?」

「大丈夫です。私の力は微力ですが、母の式神がいますから」

一葉は痛む身体をゆっくりと起こし、水光と向き合った。
その際、本来ならさらさらと流れる様な一葉の青みがかった濃紺の髪が、
先ほどの行為で多分に汗を吸い取り重く緩やかに一葉の頬を滑り落ちた。

「水光様、そんなに心配していただかなくても・・・」

一葉がそう言うと、水光は一葉の髪と同じ色をした瞳をじっと見つめ、
そして一つそれとは分からない程度に溜め息を吐いた。

一族のものに負い目を感じている一葉は健気でとても儚げに見える。
そしてその心の純粋さは契約した頃から何も変わっていない。

心配するなとは、無理な事だ。
水光はまるで中に星が煌めいているかのような夜空の色に似た一葉の瞳を、
じっと見つめていた。

その水光がこの時何を考えていたかなど、一葉には思いも浮かばなかった。





白い着物を纏い一葉は襟を正した。
新月の夜に神が降りてくる事に反して、
満月の夜は力が満ちる所為か妖の出現率が高くなる。
そして今日も、妖の気配を感じて一葉は気を引き締めた。

退妖師の正装を纏った一葉は、裾を翻して部屋の外に出た。

本来ならば正装は神に仕える者として巫女服を用いるが、
一葉にそれは当てはまらなかった。
全身白装束を纏い真っ直ぐ前を見つめる一葉のその顔は、
まるで神の元へ向かう旅立ちに覚悟を決めるようにも見える。

「一葉様」

部屋の扉を開けると、そこには既に式神の浮珠、秘雲、鼓羽が控えていた。

「行きましょう」

「はい」

三人を後ろに従え、一葉は廊下を進む。
どこまでも一葉に従順であるその三人の式神は、一葉が使役したものでは実はない。
人間の女性を模るその三人は、母の銀香がまだ自身が退妖師であった時に
力の弱い一葉の為に残したものだった。
本来ならば、退妖師は次代に引き継ぎをした時点で自身の退妖の力を失う。
神と契約をし続ける必要がなくなるからだ。
しかし、銀香は今までに例を見ないほど力を持っており、
その力で具現した式神は未だ有効で一葉の力となってくれていた。

「お兄様・・・」

なるべく軋む板の音を鳴らさずに歩くが、静かな夜に足音は響く。
廊下は光るように綺麗だが、心とは裏腹だった。
そして玄関に近付くと、双子の妹がそこで待っている。

「二葉・・・行ってくる」

「お気をつけて」

そうして一葉に頭を下げて一葉が玄関を出るのを見送った。

二葉はそうして一葉を見送るのを一葉が退妖師となってから欠かした事はない。
頼まれたからでも、義務でもない。

・・・ただ二葉は、兄に常に罪悪感を持っている。

その為、見送りはいつも、その顔に悲しみの笑みを浮かべていた。

一葉は二葉を責めることなど今までに一度たりともした事はないが
本来ならその責務を負うべきは二葉であった。
勿論、神と契約をするのも。




その事が、いつも二葉の負い目となっているのを知っていた。
けれど、自分に何も言う資格などないのも、一葉は知っていた。





澱みの空気の黒い塊が森の中に巣食っている。
それは森の中にいる動物を甚振り、切り裂いて血を流すのを、楽しんでいるかのようだ。
森の中だから人への被害は出ていないが、これが人里へ下りていたら
被害はもっと大きかっただろう。

これ以上は被害を出すわけにはいかないと、
一葉は手にした数珠を相手へ翳すように右手をあげた。

「そこまでです。正しき光をその身に浴び、邪悪な心を焦がしなさい」

一葉がそう唱え、その手に力を込めると右手の数珠から光が放たれ、
それは見る見るうちに妖を包み込む大きさになる。
その光は月光に照らされると、青白い光の集合体のように見えた。

そして
「月閃」
と一葉が呟くと、その光は妖の動きを封じ込める。
動きを封じられた事でうおお、という何とも聞くに堪えない声を妖は発し
その呪縛から解き放たれようと暴れ始めた。

長くはもたない。
そう思った一葉は後ろを振り返り式神たちと目を合わせた。

「浮珠、秘雲、鼓羽、お願いします」

すると三人はにこりと微笑み、その言葉に右手を動かして返事をした。
三人はまるで同調しているかのようにぴったりの動きで右手を動かす。
その右手からは細かな光が溢れ出でて三人が手を合わせる事で一つの大きな光となった。

式神は一人ひとりでは妖を拘束するのが精一杯だが
三人が力を合わせると一葉の力さえも凌いだ。

さらに力がそう強くない一葉は攻撃系の術を苦手としたが
式神は力さえ発せられれば苦手な術などないから一葉は大いに助けられていた。

一葉が得意とするのは捕縛系術。
捕縛、攻撃、そうして最後の浄化術は一葉。
一葉の力の消費が激しい時は式神らが助ける事となっていた。

三人が放った攻撃の光が妖を苦しめて、大人しくなる。
そうして一葉は最後に力を放ち

「聖なる夜に、夢をみないほど深く、お眠りなさい」

妖がその淡い光に包まれるのを見届け、言った。

「浄化」

その途端、細かい泡のような光が、妖の身体に触れていくと同時に
妖の身体はその光がまるで酸であるかのように溶けてゆく。
すでに妖は声を発する事も出来ない様子で、
その身が溶けるように消えるのをただもがく事しかできないでいた。
しかし、最後の消える瞬間だけは、大人しくその光に身を委ねる。
それがまるであるべき姿かのように。

浄化は、闇に落ちた妖を唯一成仏させることのできる術。
その他は、無理やり消滅させる術しかない。

であれば、少しの無理をしても一葉は浄化をさせたかった。

「終わりましたね」

漸く術も終わり、安心して一葉は式神の三人を振り返った。
しかし、その時だった。
今の妖の気配が大きすぎて小さいものが分からなかったのか、
木の後ろから一葉目がけて妖と思われる黒い塊が襲いかかったのだ。

「一葉様!」

「っ!?」

その黒い塊に一葉はあっという間に倒され、怪我を負わされる。
式神たちがすぐさまそれに気付き攻撃を繰り出したせいで妖は離れたが、
一葉の腕からは血が流れ出していた。

「くっ・・・すみません、油断しました・・・」

「すぐに手当てを!」

そう言いながら式神の三人は一葉を囲んだが、
一葉はそれを制して妖へ向き直る。
のんびり手当てをしていればもっと隙を見せてしまうだろう。

「いえ、妖を退治するのが先です」

大した傷ではない、そういいながら一葉は数珠を翳す。
目の前で揺らめいてこちらの様子を窺っている妖に
術を繰り出すべく指を動かしながら言の葉を発しようとした。

しかし、幾分か先ほどの妖よりも小さく見えるそれは
先ほどのものと比べ物にならないくらいの素早さを持っていた。

捕縛しようと術を発するが簡単に擦りぬけ、
そればかりか術を発した時のその隙を見逃さずにこちらへやってくる。

―――――早い!!

その速さに守りの術など発する間もない。

やられる・・・!

後ろで一葉の名を呼ぶ式神の声が聞こえたが、
彼女たちの術すらこの素早さには間に合わない。

一葉はすぐに来るであろう衝撃に覚悟して目を閉じた。

その瞬間だった。



風が、吹いた。

そう思うとすぐに誰かの腕に抱きとめられる感触がした。


――――――え?


次に来るのは衝撃や痛みだと思っていた一葉はその意外な感触に目を開く。
すると、そこにいたのは短く切った銀髪に、橙の瞳を持つただ一人のひと、

水光だった。

「み、水光様・・・?」

一葉は目の前で起こっている事が理解が出来ずに、腕に抱かれたまま立ちつくす。
これは、いったい?

水光と一葉の周りは水光が作ったのであろう守りの結界で覆われている。
こんな風に水光の、神の術を見たのは初めてであったし、
何よりあの周りからは閉ざされた、家の奥の奥にある誰も、
今は一葉でしか入れないあの部屋以外で水光を見るのは初めてだった。

況して神である水光は、新月の夜しかこちらへ降りてこられないはずなのに・・・

・・・なのに、何故?



「花炎珠!」

一葉が水光に守られ妖の攻撃を防いだ後に、式神たちは素早く反撃に出る。
炎を主とした攻撃の術を繰り出してすぐに最後の態勢に入った。
攻撃を避けきれなかった妖はその身を焦がし、動きが鈍くなった。
三人の式神はその隙を見逃さず、同時に力を発する。

「浄化!」

それは見事な連携で、一葉は水光に抱きとめられたまま安心してその光景を見た。

先ほどは油断してしまったが、そのまま妖の気配を辿る。
2体を浄化した今日は、この付近にはもう妖の気配はないようだった。

退妖師は、御園生家だけではない。
その村、町、地域に必ず一人はいるものだ。
この付近の一葉の領域にいないのなら、今日の仕事はここまでだった。

水光が結界を解くと同時に式神たちが一葉の元へ駆けつける。

「一葉様、ご無事ですか!」

一葉は先ほどの攻撃を受けて血を流していた腕を見る。
切られたせいで血は流れていたが、傷は然程深くない。

「大丈夫です。すぐに治ります」

「癒しの術を・・・」

そう言った浮珠が一葉の腕に手を伸ばしかけた時、
それを制するように水光が動き、一葉の腕をとった。

「俺がやろう」

「水光様・・・?」

一葉の腕をとった水光は、そのまま逆の手をその傷の上に翳し
言葉を発する事もなく祈るだけで手から輝く光が一葉の腕を包む。
その光は一葉の腕の傷をあっという間に消してしまっていた。
一葉たちが使っている術とは違う。まさに神の力だった。

「あ、ありがとうございます」

放された腕を良く見ると、そこには傷はおろか、
流れていたはずの血さえ残っていなかった。

すごい・・・一瞬で跡形もなく・・・
一葉がそう思いながら腕を見ていると、水光に手をぎゅっと握られた。

「水光様?」

「・・・帰ろう」

そう言って水光は繋いだ手をぐいと引っ張り、一葉を促す。
一葉は水光の意図が分からず、その行動に従うしかなかった。
ほぼ無言のまま一葉と水光、そしてその後を式神たちが歩き家路についた。


家に着くと一葉は式神たちに休むように言って、水光と自分の部屋に入った。
一葉は今ここに水光がいる事の理由がまるで分からない。
その疑問に思う気持ちを、瞳に乗せて水光を見つめていた。
するとそれに気付いたのだろう。
水光はふっと一葉に微笑み、一葉に言葉を紡いだ。

「ずっとこうして、あの部屋以外で一葉と話したかった」

「水光様・・・?」

「あの部屋では、いつも思いつめた顔をしていただろう?」

そう言った水光は、一葉の頬を手の甲で撫でる。
とても、愛おしそうにゆっくりと。
その仕草に、一葉は少しだけ頬を赤らめた。

「笑った顔が見たかった」

「え?」

耳に入ってきた言葉は、聞き間違いではないかと一葉は思った。
まさか、そんな風に水光に思ってもらっていたなどとは考えてもいなかった。
その言葉が、真の言葉だとは、到底信じられなかった。
水光は神、一葉はただの人間なのだ。

きっとこれも水光の気まぐれなのだろう・・・。

一葉はずっと、そう思っている。
まるで必死に、自分に言い聞かせるように。

「あの、でもどうして・・・?新月の日以外は降りてこられないのでは?」

一葉がそう問うと、見上げた先の水光はにっと笑う。
こんな風に何か悪だくみをした子供のような水光の笑みを見るのは初めてだった。

「新月の日が降りてきやすいってのは本当だ。
 ・・・・・だが、その日しか降りてきちゃいけないって決まりはない」

「そう、だったのですか?」

「まぁ、前例がない事は確かだな。
 他の神もいい顔はしなかったが、そんなの知らないね。
 もし本当にそんな決まりがあっても、破ってでもきただろうな」

「え・・・!?」

一葉はその言葉に驚く。
つまりは、決まりはなくとも今までに前例がない。
そして、それはあまり良い事ではないのだ。

「そ、そんな事して大丈夫なのですか?」

おろおろと、一葉は自分よりも背の高い水光の顔を見上げて言う。
その様子を見て、水光は面白そうに笑って言った。

「大丈夫だよ、そのぐらい。神ってのは長く生きてるからな。
 感覚が麻痺してるやつが多いだけだ。何事も新しい風は必要なんだよ」

「で、でも・・・」

「大体、ただでさえ俺は神の中でも変わり者と呼ばれているんだ。
 今更少し変わったことをしても誰も何も言わないさ」

そう言われて頭を撫でられた事で、一葉はそうなのかと納得したが、
やはり少しの不安は拭えない。
ここにいる事が、何か水光の負担になっているのなら、
自分の事など放っておいてもいいのに、と。

変わり者と呼ばれている事は以前から水光には聞いていた。
どこが変わっているのかなんて一葉には分からないが、
こんな風に一葉を大切に思ってくれていると感じると、
やはり変わり者なのかもしれないと思えてくる。

本来なら契約をするのは一葉ではなかった。
契約を違えたと、一葉に怒りを感じてもおかしくない。
何より、一葉は一番初めにあの部屋に入った時、死すら覚悟したのだ。

それなのに、水光は何を思ってか、こうして一葉に優しくする。
それが、あまりに申し訳なく、一葉はいつも水光に本当の心を表わせないでいた。

力も微量で、出来損ない、そして何より一葉は男であった。
水光に、優しくしてもらえる資格などないのだと、いつも思っている。

だから、できるだけ水光の負担になる事は避けたかったのだ。

なのに・・・


「少しぐらい俺みたいな変わり者がいてもいいだろ?」

そうして一葉はぐいと水光に腕を引かれ、気付けばその腕の中にいた。
抱きこまれた胸は温かく、一葉の張りつめた気持ちが溶けてゆく。
水光の体温は、一葉の心を変えてしまう。
必死で、だめだと自分で自分に言い聞かせているものがあるのに。

「お前は我儘を何一つとして言わないし、俺と会う時はいつも
 悲しそうな顔で笑っている。力も多くない。そんなお前が・・・」

「水光様・・・?」

「心配だったんだ・・・」

一葉を抱きしめた腕が強くなる。
その言葉と仕草に、一葉の心は大きく鳴り響く。
あと少しで、一葉も水光の背に手を回してしまう所だった。

それはだめだ。
自分は身分を弁えないといけない。

いけないのだ。
好きになど、なっては。


けれど、必死で守っている一葉のその心は、
水光の言葉によって簡単に壊されてしまうのだ。


「一葉、愛している」

「み・・・ひかり、さま・・・?」


今聞こえた言葉は幻聴だろうか。
あまりに思い過ぎたせいで願望が幻聴となって耳に運ばれたのだろうかと
一葉は今目の前にいる水光の言葉が信じられず思う。

けれど、それは幻などではなかった。
熱い腕、熱い胸、熱い吐息が、自分を狂わせる。

「愛している、一葉」

守っていたはずの心が、溶けてゆくのを一葉は感じた。


好きになってはいけない。

好きになってはいけないのに。


気がつけば一葉の腕は水光の背に回っていた。




そしてこの夜、初めて薄暗いあの部屋以外で2人は結ばれる。
それは、一葉と水光にとって、大きな意味を持つものだった。



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