ガニュメデスの復讐

LUNA

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第2章

鹿島剛

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第七係は、完全に行き詰まっていた。

朝比奈の線が消え、捜査は振り出しに戻る。
東山と三浦を結ぶ“決定的な過去”は見つからない。
関係者への再聴取、過去の講演会、寄付者リスト、NPOの設立経緯――
洗っても洗っても、浮かび上がるのは“善人の顔”ばかりだった。

庁舎の蛍光灯は、昼夜の区別なく白く光り続ける。
第七係の机には、空になった缶コーヒーとインスタント麺の容器が積み上がっていた。

隼人は目の奥の鈍い痛みをこらえながら、キーボードを叩く。
アレクは無言で資料をめくり、赤ペンで線を引いていく。

――誰も、口にしない。

このままでは、三人目が出る。

その空気を、荒巻が断ち切った。

「……お前ら」

二人が顔を上げる。

「明日は休め。家で寝ろ。シャワー浴びて、飯食って、ちゃんと眠れ。これは“お願い”じゃない。命令だ」

反論は許さない、という声音だった。

「頭が回らなくなった刑事は、現場で死人を増やす。今日はもう切り上げろ」


庁舎を出ると、空気は思った以上に冷たかった。
夜風が、張りつめた頭を少しだけ現実に引き戻す。

「東条」

スマホに目を落としていたアレクに、隼人が声をかける。

「ラーメンでも食って帰らね?」

アレクは一瞬、逡巡した表情を見せたが、すぐに首を振った。

「……すみません、今日は用事があるんで」

「用事?」

「私事です」

きっぱりとした言い方だった。

「そっか」

それ以上、踏み込めなかった。

二人は庁舎の前で別れ、隼人は駅へ向かおうとして――ふと、足を止めた。

少し離れた歩道に、見覚えのある背中があった。

アレク。

だが、彼は1人ではなかった。その隣には、背の高い男がいる。
肩幅が広く、無駄のない筋肉がスーツの上からでもはっきりと分かる体つき。
中年といってもおかしくない年齢だが、顔立ちは精悍で、彫りが深い。
幾つもの修羅場をくぐってきた人間特有の、心の奥底まで見透すような隙のない目。
――間違いない。隼人のよく知る鹿島剛だ。

鹿島は、親しげにアレクの肩に腕を回し、小声で何かを話している。
アレクは、いつもの冷えた表情ではなく、わずかに口元を緩めていた。

二人は、そのまま夜の街へと溶けていく。

その光景を見た隼人は、胸の奥がざわついた。

(……なんだよ、この二人。上司と部下?それとも――)

隼人は理由も分からないまま、自分が踏み込んではいけない領域を覗いてしまったような感覚を覚えた。

歓迎会の席で聞いた、佐久間の言葉が蘇る。

――東条が、鹿島さんと親しげに話しているのを見た。

(もしかして……)

その夜、隼人は布団に入っても、なかなか眠れなかった。

疲れているはずなのに、頭が冴えている。
目を閉じると、さっきの光景が何度も再生される。

やがて、浅い眠りに落ち――
奇妙な夢を見た。

薄暗い部屋。ホテルの一室だろうか。
バスローブ姿の鹿島が、ソファに腰掛けている。
その前に、同じくバスローブ姿のアレクが立っていた。

頬が、熱を帯びたように赤くて色っぽい。

鹿島にグラスを差し出しながら、
アレクが、低く囁く。

――鹿島さん……。

そう言ってアレクの美しい顔が鹿島の顔に近づく。2人の唇が触れ合うか触れ合わないかというところでー

「……っ!」

隼人は、跳ね起きた。

心臓が、やけにうるさい。

「……俺は」

額に浮いた汗を拭い、頭を抱える。

「……一体、何を考えてるんだ……」

天井を見つめながら、胸の奥で、得体の知れない感情がうずいているのを、隼人はどうしても否定できなかった。
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