16 / 29
第2章
4匹の猫
しおりを挟む
鹿島の語った過去は、隼人の胸に、想像以上の重さで残っていた。
アレクと、亡き父・真一。
二人の間に、どんな時間があったのか――
本当は、今すぐにでもアレクに問いただしたかった。
だが、鹿島はコーヒーカップを静かに置き、低い声で言った。
「……一つだけ、頼みがある」
隼人は顔を上げる。
「今日の話だがな。俺から聞いたことは――アイツには言うな」
「……どうしてですか」
「過去の話は、アイツにとって一番触れられたくない傷だ。それに――同情されるのが、何より嫌いな男だ」
鹿島は、わずかに口元を歪めた。
「“かわいそう”って目で見られるくらいなら、嫌われる方を選ぶ。……そういう生き方をしてきた」
隼人は、言葉を失った。
確かに、と思う。
アレクは、弱さを知られるくらいなら、最初から人との距離を断つ男だ。
「分かりました」
隼人は短く頷いた。
「言いません」
鹿島は、それで十分だと言うように、小さく息を吐いた。
「それで――」
何事もなかったかのように、口調を変える。
「今の事件の方は、どうだ」
隼人は、深く息を吐いた。
「……正直、行き詰まってます」
「ほう」
「被害者の口の中には、“五匹の子豚”のマザーグースの歌詞が書かれた紙片がありました。連続殺人の線で追ってますが……。被害者同士の直接のつながりが、どうしても見つからない」
言葉を選びながら続ける。
「二人の妻と関係のあったホスト、朝比奈は、殺しには無関係でした。紙片の意味も、動機も、まだ一本につながらない」
鹿島は黙って聞きながら、ポケットを探る。
「案外な」
低く言う。
「全然関係なさそうなところから、手掛かりが転がってることもある」
そして、何気ない調子で続けた。
「おい、ライター持ってるか?」
「いえ。俺、吸わないんで」
「そうか」
鹿島は顔を上げ、カウンターの奥に声をかける。
「マスター、マッチあるか?」
「ああ、どうぞ」
差し出された小さな箱を受け取り、
鹿島は一本取り出して擦った。
シャッ、という乾いた音。
小さな火が揺れる。
鹿島は深く煙を吸い込み、ゆっくりとうまそうに吐き出した。
その仕草を、隼人はぼんやりと眺めていた。
――いや。
正確には、マッチの柄を。
箱の側面に描かれているのは、横一列に並んだ、四匹の猫。
どこか洒落た、古風なデザイン。
「……ん?」
隼人の眉が、わずかに動く。
「この柄……どこかで……」
記憶が、遡る。
夜の歌舞伎町。
ホストクラブの裏。
朝比奈レオが、ポケットから取り出したマッチ。
――あれは。
「マスター」
隼人は思わず口を挟んだ。
「この店の名前って……?」
マスターはにこやかに答える。
「ああ、うちは
『cuatro gatos(クアトロ・ガトス)』っていうんだ」
「クアトロ……」
「スペイン語で“四匹の猫”って意味でね。
バルセロナに、ピカソが通ってた『クアトロ・ガッツ』って店があってさ。
そこに憧れて名前をもらったんだ」
だが――
隼人の耳には、もう最後まで届いていなかった。
(四匹の猫……)
(四匹の……)
点が、線になる。
――朝比奈レオのマッチ。
――そこに描かれていたのは、五匹の豚の黒いシルエット。
(四匹の猫……五匹の豚……)
(Five Little Pigs)
心臓が、どくりと脈打つ。
「……鹿島さん」
隼人は、顔を上げた。
「俺……手掛かり、見つかったかもしれません」
鹿島の目が、鋭く細まる。
「……ほう」
「被害者をつないでるのは、人じゃない。――“場所”です」
五匹の子豚。
それは、ただの童謡じゃない。
――“五匹の子豚”という名の場所。
隼人は、確信に近い感覚を覚えていた。
ようやく、
重たい扉の取っ手に、指がかかった。
「鹿島さん、すいません」
隼人は立ち上がり、コートを掴む。
「俺、すぐ署に戻ります!」
足早に店を出ていく背中を、鹿島は黙って見送った。
その後ろ姿が、かつての相棒――真壁真一の背中と、重なって見えた。
アレクと、亡き父・真一。
二人の間に、どんな時間があったのか――
本当は、今すぐにでもアレクに問いただしたかった。
だが、鹿島はコーヒーカップを静かに置き、低い声で言った。
「……一つだけ、頼みがある」
隼人は顔を上げる。
「今日の話だがな。俺から聞いたことは――アイツには言うな」
「……どうしてですか」
「過去の話は、アイツにとって一番触れられたくない傷だ。それに――同情されるのが、何より嫌いな男だ」
鹿島は、わずかに口元を歪めた。
「“かわいそう”って目で見られるくらいなら、嫌われる方を選ぶ。……そういう生き方をしてきた」
隼人は、言葉を失った。
確かに、と思う。
アレクは、弱さを知られるくらいなら、最初から人との距離を断つ男だ。
「分かりました」
隼人は短く頷いた。
「言いません」
鹿島は、それで十分だと言うように、小さく息を吐いた。
「それで――」
何事もなかったかのように、口調を変える。
「今の事件の方は、どうだ」
隼人は、深く息を吐いた。
「……正直、行き詰まってます」
「ほう」
「被害者の口の中には、“五匹の子豚”のマザーグースの歌詞が書かれた紙片がありました。連続殺人の線で追ってますが……。被害者同士の直接のつながりが、どうしても見つからない」
言葉を選びながら続ける。
「二人の妻と関係のあったホスト、朝比奈は、殺しには無関係でした。紙片の意味も、動機も、まだ一本につながらない」
鹿島は黙って聞きながら、ポケットを探る。
「案外な」
低く言う。
「全然関係なさそうなところから、手掛かりが転がってることもある」
そして、何気ない調子で続けた。
「おい、ライター持ってるか?」
「いえ。俺、吸わないんで」
「そうか」
鹿島は顔を上げ、カウンターの奥に声をかける。
「マスター、マッチあるか?」
「ああ、どうぞ」
差し出された小さな箱を受け取り、
鹿島は一本取り出して擦った。
シャッ、という乾いた音。
小さな火が揺れる。
鹿島は深く煙を吸い込み、ゆっくりとうまそうに吐き出した。
その仕草を、隼人はぼんやりと眺めていた。
――いや。
正確には、マッチの柄を。
箱の側面に描かれているのは、横一列に並んだ、四匹の猫。
どこか洒落た、古風なデザイン。
「……ん?」
隼人の眉が、わずかに動く。
「この柄……どこかで……」
記憶が、遡る。
夜の歌舞伎町。
ホストクラブの裏。
朝比奈レオが、ポケットから取り出したマッチ。
――あれは。
「マスター」
隼人は思わず口を挟んだ。
「この店の名前って……?」
マスターはにこやかに答える。
「ああ、うちは
『cuatro gatos(クアトロ・ガトス)』っていうんだ」
「クアトロ……」
「スペイン語で“四匹の猫”って意味でね。
バルセロナに、ピカソが通ってた『クアトロ・ガッツ』って店があってさ。
そこに憧れて名前をもらったんだ」
だが――
隼人の耳には、もう最後まで届いていなかった。
(四匹の猫……)
(四匹の……)
点が、線になる。
――朝比奈レオのマッチ。
――そこに描かれていたのは、五匹の豚の黒いシルエット。
(四匹の猫……五匹の豚……)
(Five Little Pigs)
心臓が、どくりと脈打つ。
「……鹿島さん」
隼人は、顔を上げた。
「俺……手掛かり、見つかったかもしれません」
鹿島の目が、鋭く細まる。
「……ほう」
「被害者をつないでるのは、人じゃない。――“場所”です」
五匹の子豚。
それは、ただの童謡じゃない。
――“五匹の子豚”という名の場所。
隼人は、確信に近い感覚を覚えていた。
ようやく、
重たい扉の取っ手に、指がかかった。
「鹿島さん、すいません」
隼人は立ち上がり、コートを掴む。
「俺、すぐ署に戻ります!」
足早に店を出ていく背中を、鹿島は黙って見送った。
その後ろ姿が、かつての相棒――真壁真一の背中と、重なって見えた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
生意気Ωは運命を信じない
羊野迷路
BL
小学生の時からかっていた同級生と、進学校(自称)である翠鳳高校で再会する。
再会した元同級生はαとなっており、美しさと男らしさを兼ね備えた極上の美形へと育っていた。
*のある話は背後注意かもしれません。
独自設定ありなので1話目のオメガバースの設定を読んでから進んでいただけると理解しやすいかと思います。
読むのが面倒という方は、
1、Ωは劣っているわけではない
2、αかΩかは2つの数値によりβから分かれる
3、Ωは高校生以上に発覚する事が多い
この3つを覚えておくと、ここでは大体大丈夫だと思われます。
独自設定部分は少しいじる事があるかもしれませんが、楽しんで頂けると幸いです。
追記
受けと攻めがくっつくのはまだ先になりますので、まったりお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる