ガニュメデスの復讐

LUNA

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第2章

手がかり※

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喫茶店を出た隼人は、歩きながら迷わずアレクに電話をかけた。
コール音が、やけに長く感じられる。

三回。
四回。

――切れる、と思ったその直前。

『……はい』

低く、ぶっきらぼうな声。明らかに機嫌が悪い。
それに、わずかに掠れている。

「東条! 今から署に来れるか?」

隼人は要件だけを叩きつける。

「すぐに朝比奈を再度尋問する」

『……は? 今から、ですか』

アレクは無意識に視線を落とす。
手元の時計の針は、午後四時を指していた。

「詳しいことは会ってから話す。じゃあな」

返事を待たず、通話は切れた。


アレクは、しばらくの間、
耳元に当てたスマートフォンを下ろせずにいた。

無機質な部屋。
静まり返った空間に、
嵐のように現れて、去っていった声。

「……まったく」

小さく、息を吐く。

(猪突猛進。後先考えず突っ走る……バカ)

思わず、そう思う。だが同時に、胸の奥が、ざわりと揺れた。

――それでも。

(……何か、掴んだな)

理屈より先に動く。危なっかしくて、配慮も足りない。
だが、あの男には――刑事として不可欠なものがある。

直感。違和感を見逃さない目。

「……ちょうどいい」

ぽつりと呟く。

もう、家にはいたくなかった。

あれから何年経っても、夢は、形を変えて追いかけてくる。

眠りの底から、甘ったるい声が、じわじわと滲み出す。

(かわいいね)
(君は、特別なんだよ)

耳元で囁かれる言葉。意味を理解する前に、身体が固まる。

(上手だ。そう、そのままでいい)

男のごつごつした手が少年の頭を掴み、男の股間が目の前に来る。
男の息が荒くなる。
吐き気が、込み上げる。

(……天使みたいだ)
(みんな、君を崇めてる)

いやだ。
やめろ。

胸が、締め付けられる。
息が、浅くなる。

――その闇を、
唐突に引き裂いたのが、さっきの電話だった。

乱暴で、無遠慮で、配慮の欠片もない声。

だが――現実に、引き戻してくれた。

アレクは、頭を振る。

「……クソ」

おぞましい残像を振り払うように、コートを掴み、鍵を取る。

早く事件の捜査の続きをしたい。

あのバカな相棒と。

アレクはそんなことを考えている自分に驚き、苦笑した。

 
* * *

第七係の部屋に隼人が飛び込んだ瞬間、荒巻が露骨に顔をしかめた。

「おい。真壁。今日は非番じゃなかったのか?」

「係長――俺、掴みました!」

間髪入れずに言い切る。

その直後、息を切らしたアレクが部屋に滑り込んでくる。

荒巻は二人を見比べ、呆れたように肩をすくめた。

「……お前らは、本当に警察署が好きな野郎どもだな」

 

急遽、第七係のメンバーが集められた。

隼人はホワイトボードの前に立ち、勢いそのままに説明を始める。

「朝比奈が持っていたマッチに、五匹の豚の絵柄が描いてあった」

一同の視線が集まる。

「単なる偶然とは思えません。これは俺の推測ですが――“Five Little Pigs”は、歌じゃない」

一拍。

「店の名前、もしくは“場所”です。被害者たちが、過去に共通して足を運んだ場所」

大河内が、低く唸った。

「……なるほどな。犯人は、被害者だけに分かる“印”を残したかったのか」

荒巻は腕を組み、即断する。

「よし。都内にある“五匹の子豚”“Five Little Pigs”に関連する店、施設、バー――片っ端から洗え」

視線を二人に向ける。

「真壁。東条。お前らは朝比奈をもう一度当たれ。裏を取れ」

「了解です」

 

朝比奈レオは、覚醒剤所持および営利目的譲渡の容疑で、すでに身柄を確保され、留置場に入れられていた。

仮面を剥がされたホストは、取調室に入ってくるなり、露骨に不機嫌さを滲ませる。

「……なんすか?俺、殺しはやってないって、何度も言ってるじゃないっすか」

椅子に乱暴に腰を下ろす。

「もう、知ってることは全部話しましたよ」

隼人は間髪入れず、切り出した。

「マッチだ」

レオが一瞬、眉を動かす。

「お前が持っていたマッチ。五匹の豚の絵が描いてあっただろ?」

「……マッチ?」

数秒考え、レオは舌打ちするように息を吐いた。

「ああ……それか」

アレクが、無言で視線を送る。

「入所するとき、持ち物は全部没収されましたよ。でも、元々俺のもんじゃないっす」

「どういう意味だ」

「旦那さんの留守に、真由美さんの家に行ったときです。ベッドでタバコ吸おうとしたら、ライターなくて」

レオは、投げやりに続ける。

「彼女、シャワー浴びてたからさ。ベッドサイドの引き出し開けたら、マッチがあった。それ使っただけっす」

「そのまま、ポケットに入れた?」

「……たぶん。忘れてました」

 
(やっぱりだ)

隼人の胸の奥で、確信が形になる。

(これは、朝比奈のものじゃない。被害者の――東山教授の持ち物だ)

五匹の子豚。

それは、童謡でも、単なるメッセージでもない。

被害者たちを、“同じ場所”で結びつける、鍵。

隼人は、はっきりと前進の手応えを感じていた。

――ようやく、連続殺人の“線”が、一本につながり始めた。
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