掌の恋

春田 晶

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掌の恋

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 嫌われないか臆病になったり、急に抱きしめたい衝動に駆られたり、頭の中が彼女のことでいっぱいになったり、制御することができないほど相手を渇望することを恋と呼ぶのなら、城田恭介の初恋は三十一歳ということになる。

 二十六歳の時に別れた彼女を最後に恋人を作ることをやめた。別にその彼女にひどい目に遭わされたとか、恋愛は懲り懲りだとかいう感傷的な気持ちになったからではない。
 ただ単に、特定の恋人を作るメリットが感じられなくなったためだ。
 顔は悪くないし身だしなみにも気を遣っている、身体を鍛えて程よく筋肉をつけ、同年代よりも高水準の給料をもらい、遊びにくのはどんなジャンルでも大体好き。そんな城田は昔から女性を惹きつけた。合コンやナンパで女の子に声をかけると、こちらにその気がなくても女の子からワンナイトのサインがくることもしばしば。そうして二十七歳の時、恋でも愛でもないけれど、デートを楽しんでセックスをするだけの後腐れのない疑似恋愛を好む女性は思いの外いて、特段恋人を作らなくても、心も身体もある程度満たされることを知った。
 それまで付き合ってきた恋人たちのことを、好きだったという気持ちはある。けれど城田が強く望んで、というよりも相手に強く望まれて付き合ってきた。情はあれど愛がそこにあったのか、これを疑問に思うと果たして今まで自分から誰かを好きになったことがあったのか、その辺りに自信が持てなくなる。そういう城田を冷たいという女性もいたけれど、わからない物はわからない。
 とにかく三十一歳、特定の恋人を作らない城田には、不定期に週末家に泊まりにきたり、平日の夜食事に行ったりする女性が五人程度いる。城田に本気になるような相手は最初に敬遠し、関係を持った後に城田を好きになってしまったという女性も、結婚して彼氏が夫になった女性も、面倒ごとを避けるために遠ざける。城田がそういう人間であることをきちんと分かっていて、他に本命の彼氏がいたり、束縛が嫌いだから彼氏は要らないと言ったりまちまちではあるが、今周りにいる女の子たちは皆それぞれ、誰もお互いに本気ではない。
 斉藤美香は、その中の一人だ。
 美香は城田のひとつ年上の三十二歳、他の女の子と同じように城田に対して恋愛感情を持たず、違うところは、食事に行く回数も、週末デートする回数も他の女の子より多いところ、それでいて絶対に城田に奢らせてくれないところ。別に彼氏でもないのに普段から積極的に奢ることはしないが、美香は例え城田が奢ると言っても会計後必ず自分の分の料金を渡してくる女性だ。年下に奢らせる趣味はないとか、城田くんほどじゃないけれど私だって十分稼いでいるとか、ひとつしか違わないのに年上ぶるときの美香は少し可愛い。
 そして何より他の女の子と違うのは、決して城田に身体を許してくれないところ、だ。
 家に遊びにきた事はあるし、泊まっていったこともある。キスだってさせてくれるし、ハグが好きなようでよくせがまれる。だというのに、その先はかたくなに断られる。そういうのは他の若い女の子として、と。美香だって若いじゃないかと城田は言うけれど、私はもう若い女の子という歳はとうに過ぎたと年上ぶる美香は少し可愛くない。彼女はたしかに年上だけれど、形のいい唇も、綺麗に浮き上がった鎖骨も、手入れの行き届いた爪の先まで、こんなにも美しいのに、触れることもままならない。
 一度だけ、強引にベッドに押し倒したことがある。それは去年、城田は二十九、もうすぐ三十の誕生日がやってくるという時で、その時美香は三十一。男の家に上がり込むならそういう危機感を持っていないわけではないだろうし、この歳でそんなこともわからないと言い張る女ではないことを知っていたから、一度身体を重ねてしまえばあとは許してもらえると思っていた。
 実際に押し倒した時も美香は抵抗らしい抵抗をしなかったし、キスをして顔を離した時は笑っていた。けれど城田がブラウス越しに美香の胸に指を這わせた瞬間、美香の形の良い唇は軽やかな声色で、呪いの言葉をはき出した。
「してもいいけど、そうしたら私たちの関係はおわりね。もう二度と城田くんには会わないわ。それでもいいなら続きをどうぞ」
 他の人に言われたなら、それじゃあ最後ということで遠慮なくいただきます、などとひどいことを言っていたかもしれない。けれど美香との関係が変わる事はあっても終わる事は望んでいなかった城田は、すねた子供のように鼻にしわを寄せて、渋々美香から降りた。
 その城田の様子を見た美香は目を細めて、ソファに移るとよしよしと城田のセットした頭をぐしゃぐしゃに撫でた。城田は本来頭を撫でられるのは好きじゃないし、特にセットした髪をベッドの中以外で乱されるのは許せない。けれど大きく息をはき出して、こんな事を許すのは美香だけだからな、と言ってまたキスをした。
 あれからは何も変わらない、月に二、三回は平日夜に一緒に食事をして、期間限定のイベントがあれば週末一緒に出かけていき、何もない時は映画や観劇、時には遊園地に行ってデートをした。
 手を繋いで歩くし、泊まりにもくる。それでも一度も抱いていない、相変わらずキスとハグまでの関係。時々ふざけてじゃれあうようにベッドに押し倒すことはあるし、誘ってみることもあるけれど、そこまでだ。
 あの時の言葉は穏やかだったけれど、本気の声だった。一度でも手を出してしまえば誰より心地よい彼女のぬくもりが消えてしまうとわかっていながら、自らの手で壊す気にはなれなかった。
 他の女の子ともどこかの週末で誰かに会う、こちらは必ずデートにセックスがセットでついてくる。人によってはデートなしでセックスのみの時もある。二十七でこの生活を始めて数年間、本気で好きな人ができたからとか、結婚したからとか、城田のことが好きになってしまったからとかいう理由で去っていく子が何人かいて、また新たに軽い関係を求める女の子が加わった以外はいつも通り。
 大体皆半年から一年スパンで入れ替わる。そのくらいが、お互いに飽きがこなくてちょうどいい。
 ただしこちらは少し事情が変わった。女の子達はいつも通り会えば城田に甘えて恋人ごっこにいそしみ、夜を楽しむ。変わったのは城田のほうだ。三十を過ぎると体力も性欲も落ちてくると聞いたことはあったが、まさか自分がそれを実感するとは思っていなかった。
 体力はともかく、性欲は落ちた。毎週のように誰かと会っていたのに、美香以外の女の子と会う頻度はグッと下がった。美香と会う頻度は、むしろ増えた。
「最近、シロちゃん冷たくない?本命彼女でもできた?」
 城田からの連絡にマメさがなくなってきたのを感じ取った愛理に、こんな小言を言われたのは三十一になってすぐの時だった。
「彼女ができたならまずいちばんに愛理に会うのをやめてる」
「だよね。愛理ももし彼氏ができたらシロちゃんに会うのやめるもん。こう見えて本命には一途なの」
 二十三歳の愛理は、恋人がいない間の寂しさを埋めてくれるはずの城田が、最近月に一度程度しか誘ってこなくなったのが不満で仕方ないようだった。
 城田も城田で、疑似恋愛とはいえ、最近ひとりひとりに割ける時間が減っていることに申し訳なさを感じていて、その前の月に一人、関係を解消したばかりだ。女の子たちにとっても城田と会うことにメリットがないのならば、この関係は続けるべきではないと城田は考えていた。
「お仕事忙しいの?」
「まあ、良い歳だからね。年々任される仕事と部下は増えて、忙しいっちゃ忙しいよ」
 事実、昇格した城田は忙しかった。平日に会う約束を取り付けるのは少し難しくなって、大体の女の子と会うのをやめた。「平日は二十時まで仕事が当たり前」の美香とは時間が合えばご飯に行こうと誘うけれど、食事の後にセックスがついてくるのが定石である他の女の子と会うのは容易くなかった。
 ただ、それが週末のデートまで減らす理由ではないことを城田は知っている。流石に「最近性欲が薄くて」などと真正面から口に出すことはしないけれど、仕事の疲れを言い訳にするのも気が引ける。
「あれだ、そろそろ家庭とやらに腰を据えたくなってきた?」
「どうだろうなあ、まだいい気がしてるんだけど」
 城田は結婚願望がないわけではないし、子供もできたら欲しいと思っている。ただそれはもう少し先、あと数年はこの生活を続けるつもりだった。
 気兼ねせずに気楽に独身を謳歌して、三十四、五くらいになったら見合いでもなんでも良いから結婚して、家庭を持って自分を固めていけば良い。実際、父から古い友人の娘を紹介したいという話が、数回持ち上がったこともある。
 お互いの容姿や経歴にある程度妥協ができて、できれば猫より犬派だとありがたい。城田の給料でもよほどぜいたくをしなければ生活はまかなえるだろうけれど、子供を産んでも家にずっといるより仕事をしていたい人だとなおよい。
 暮らしていけば家族としての情は生まれるだろうから、恋でも愛でもなくていい。
 自分がだれかと恋愛をすることは、もうないだろうと思っていた。
「そっかあ、愛理はシロちゃんが唯一プラトニックな関係を保ってるっていう女の人が、シロちゃんの運命の人なんじゃないかなって思ってるんだけどなあ」
「待って、愛理。どこから得たのその情報」
「シロちゃん、案外女の子はどこでどうつながってるかわからないんだよ」
 フフフ、と愛理は含み笑いをする。女の子同士、直接の繋がりがある人はいなかったはずだけれど、やれやれ女性のコミュニティは恐ろしい。
「美香って言うんだけどね、その子。美香は違うよ。確かに身体の関係がない友達だから俺には特別だけれど、あの子にとって俺は、身体の関係がないだけで疑似恋愛を楽しむ相手でしかないと思うよ」
 そう言って、城田はなんだか傷ついた気分になった。美香が城田に恋愛感情を抱いていないことなど以前から知っている、でなければこんなに長い間、友達でいられるわけがないのだ。知っているのに、美香にとって自分はいつか離れていく存在だと思われていることが、今更ひどく寂しく感じられた。
「そうなのかあ、まあ愛理、難しいところはわかんないけどさ」
「俺もわかんない」
 シロちゃん、案外その女の人に惚れてるのかもよ、などと言われたけれど、それこそ城田にはわからなかった。結婚は恋愛と無縁で構わないし、美香との関係は最後まで、変えるつもりがなかった。
 そうして自分が環境を変えない間は、相手も変わらないなどと、思い上がったつもりはないけれど、いつの間にか思い込んでいた。ある日美香が、いつもの食事の後で紅茶を飲みながら、いつもの調子で、いつもの軽やかな声色で言った。
「結婚、しようと思って」
「誰が?」
「私が」
 うまく意味が咀嚼できなかったのだろう、城田は間の抜けた声で聞いた。今、結婚と言った?言われた?美香が?頭の中は突然耳元で大きなドラをたたかれたような衝撃を受けて、しばらくまともに働かなかった。
「彼氏、いたの?」
 やっとの思いで捻り出した言葉は、やはり間抜けな響きを持っていた。
 美香に彼氏がいるという話は今まで一度も聞いたことがないし、こちらから尋ねたこともない。けれど三年以上一緒にいて、そういうそぶりを見せたことはなかった。美香は恋愛というものに、憧れも羨望も抱いていないように見えていた。だからこそ城田の傍にいるのだと思っていたし、それはあながち間違いではないと思う。
「彼氏は、いないね」
「じゃあ誰と結婚するの」
「これから出会う、誰かと」
「見合い?」
「に、近い感じかな。母の勤め先の人が紹介してくれるんだって」
 城田の父と同じ感じか、でもなぜ突然結婚しようなどと思ったのだろうか。
「そりゃあ、まあ。そういう年ごろだから。そろそろ結婚しておかないと、ね」
「誰でもいいってこと?」
「そうね、妥協とすり合わせができる相手なら、誰でもいいのかも」
「好きでもない男と?」
「城田くんがそういうこと言うの、意外」
 言いながら、城田は自分でも意外なことを言っていると思っていた。意外どころか矛盾している。自分も同じような考えでゆくゆくは結婚しようと思っているはずなのに、美香が知らない男と見合いをして好きでもない男と結婚しようとしていると聞いたら、とてつもない嫌悪感に見舞われた。
「誰でもいいなら」
 俺でもいいじゃないか。そんな言葉が出そうになった。けれど美香の答えは予想できたので、言ってはいけないとわかっていた。
「美香が結婚するなら、この関係は終わりだね」
 城田の声色は、いつもよりずっと低かった。終わりたくないと、懇願する声は心の中に反響するばかりで言葉となって出てこない。代わりにもっともこれまでの自分らしい言葉が滑るように口から出た。
「最後なら、ホテルに誘っても構わないんだよね?」
 美香は、拒否する事なく微笑んだ。
 部屋に着くなり、城田は激しく美香を求めた。文字通りベッドに組み敷いて、美香の身体を隅々まで知ろうとした。色素の薄い乳輪は小ぶりで形がいいところも、足の付け根にほくろがあるところも、手と同様手入れの行き届いた足の爪も、全部、くまなく。
 じっくり時間をかけて、執拗に、三年間知る事を赦されなかった女の身体を夢中で貪った。どこが感じるのか、何をすればあの軽やかな声が艶を含んだ音色を奏でるのか、全て知らなければ気が済まなかった。
 これは嫉妬だ。どこの誰ともわからない、これから美香の身体を蹂躙していくであろうまだ彼女すら知らない男に嫉妬して、そいつよりも美香の身体を知り尽くさなければと言う思いが城田を駆り立てた。
 美香の表情が快感に歪むのを見るたび、どうしようもなくこの顔を自分だけのものにしたいという衝動に駆られ、同時にとてつもない苦しさに見舞われた。
 この夜が終われば、美香は城田の元を去る。
 今まで散々好きなように生きてきたのに、それに対して誰に罪悪感を抱くこともなく、後悔など微塵もなかったはずなのに、何かに対して懺悔したくなった。城田がギュッと目を瞑ると、美香の細い指が伸びてきて、頬に触れた。
「苦しそうな顔。良いね、とっても」
 美香は城田が快感に目を閉じたのだと思ったのか、うっとりと微笑んでいる。城田は泣きたくなるのを堪えて、美香の唇を塞いだ。
 好きだ。
 ずっと前から、美香のことが好きだった。
 いつから好きだった?どんななタイミングで好きになっていた?そんなことはわからない。けれど思い返せば、なんという事はない、ずっと美香に惹かれていたのだ。
 言葉に出せない告白を、心の中で何度も唱えたながら城田は果てた。ことが全て終わる頃には何時間経過したかわからないが、二人ともぐったりとして、ベッドからひとつも動けなかった。
 荒くなった呼吸を整えるように数回大きく深呼吸をして、城田は裸のままの美香を抱きしめる。瞼はすでに重く、このまま深い眠りに落ちたかったけれど、どうしてもこれだけ、最後に言わなければならないと思った。
「本当に結婚するの?」
「見合いがうまくいけばね」
 美香は眠たそうな声で答える。
「誰でも良いなら、俺と結婚しよう」
 先程言いかけた台詞を、今度は止めずに最後まで言い切った。
 彼女は顔をあげて城田を見ると、瞬きを数回、ぱちぱちと繰り返して、笑って言った。

「私たち、そんな関係じゃないじゃない」

 予想通りの答えだった。

 引っ越しを済ませたばかりのリビングは、まだ少し物が足りなくて殺風景だ。それでもテレビとソファ、チェストが置かれたその部屋は、人がくつろぐための体裁ぐらいは整えられている。城田は珈琲を飲みながら、引っ越しと同時に飼い始めた子犬のモモを撫でた。
 カーテンの色、もう少し濃いグリーンでも良かったかな。気にいるものが見つかったら、擦りガラスなのをいいことにカーテンをつけていない書斎にリビングのカーテンを移そう。そんなことを考えていた。
 写真立てには、まだほとんど写真が入っていない。これからあそこに来月行う結婚式の写真を入れて、ゆくゆくはいつか生まれてくる子供の写真が加わるのだろう、穏やかなものだ。
「ただいまー。あ、良い匂い。城田くん、私にも珈琲ちょうだい」
「おかえり、ちょっと待っててね。…その城田くんて言うの、そろそろやめない?美香ももう城田なんだから」
「そうでした、えっと、恭介くん。でも慣れるまでは時間がかかるからね、ゆっくりね」
 買い物から帰ってきた美香が照れながら笑う。
 あの日、美香に「そんな関係じゃない」と言われた城田は、そんな事は知っている、それを承知の上で、美香が好きだと泣いた。
 ベッドの中で、裸のまま、三十過ぎの男がぼろぼろと泣く様は情けない事この上ないが、取り繕っている余裕もなかった。
 美香は強く城田に抱きしめられて身動きできない身体をよじりながら、城田の顔を見つめて微笑んだ。
「城田くんは私のことが好きなんだろうなって、結構前から気づいてたのよ、そして私は出会った時からずっとあなたが好きよ」
 城田は驚きすぎて、呼吸が止まった。同時に涙もびたっと止まった。
「俺はさっき美香のことが好きだって自覚したんだけど」
「うん、そんな顔してた」
「それに美香が俺のことを好きだなんて知らなかった」
「だってあなた、あの頃本気の女は相手にしてくれなかったじゃない、うまく隠せてたでしょう」
 ニヤリと悪戯に笑う美香を見て、少し呆気に取られた。自分で言うのもなんだけど、周りに遊び相手の女の子がいるような男をなんで好きになっちゃったの、城田は混乱するまま問う。
「うーん、まあ細かい事は気にしない主義だからよ」
「ならどうしてかたくなにセックスを拒んだの?」
「私がなりたかったのはセフレじゃなくてあなたの彼女だもの。それにしようと思えばいつでもできるなら、しないでみるのも良いかなって。狙ったわけではないけれど、あなたは私を手放せなくなったでしょう」
 つまり城田は美香の術中にまんまとハマり掌の上で転がされていたわけだが、それを聞いてこの上なく安心して、だらりと力を抜いて再び美香に覆い被さった。
「俺、もう美香に見せてない自分がないくらい色々曝け出しちゃったんだけど、美香のことはまだまだ知らないことが多そう」
「これから、知っていく?」
「うん、いっぱい教えて」
「嫌いにならないって約束してくれるなら」
「ならない、全部ひっくるめても、好きでいる自信ある」
「結婚する?」
「する。でもプロポーズはやり直させて」
 城田の提案に、美香は満面の笑みで、了解した。
 それからセフレ関係にあった女の子たち全員に連絡をして、時には説教じみた小言を言われながら、けれど皆、楽しかったから良いよとか、新しい相手を探さなきゃとか、私もいつか恋がしたーい!などと笑って、あっという間にサヨナラをした。もちろん愛理には「だから言ったじゃん」と言われた。おめでとうとも、言ってくれた。
 今後一切軽い気持ちで付き合う女性は作らない、不安なら誓約書を書くと言ったけれど、それは美香に「重い」と却下された。城田からすれば全然重たくない、できる限りの誠意のつもりだったのだが、そんなものがなくても私たちはやっていけると、美香はほがらかに笑う。

 結局のところ、自分で自分に色眼鏡をかけて、冷めた男を演じて、なくても良いなどとのたまっておきながら、城田の中には恋も愛も最初からあったのだ。
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