記憶喪失ですが、夫に溺愛されています。

もちえなが

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1.記憶喪失

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身体が鉛のように重い。息がとても苦しい。
瞼が張り付けられたかのようにくっついてしまっている。

それでも、脳が少しずつ覚醒していく。

起きなければという焦燥感と、
起きていたくないという矛盾した絶望感に身を包まれ、身体が二つに引き裂かれてしまいそうだった。
 
早く起きなければ、
起きたくない、何も見たくない、
だめだ、今すぐにでも起きないといけないのだ。
 
だって、起きなければ……、

――なぜダメなんだっけ?

「……ん、、」

ピクッと人差し指が動いて、少しずつ瞼が軽くなっていく。
 
薄く目を開いたところで、あまりの眩しさに反射的に目をつぶってしまう。

何度か瞬きをして、光に目を慣らしていると、ようやく白い天井が見えた。

「…………っ!、リーヴェ!!」

見慣れないそれをぼーっと眺めていると、唐突に横から男の声がした。

声のする方を向こうとしたが、それよりも早く、相手に思い切り抱めしめられた。

「リーヴェ、リーヴェ!!あぁ、よかった、、、!
リーヴェ、あなたがいなかったら、俺は、俺は!」

男はリーヴェという名前を口にしながら涙を流している。
突然のことに、驚くこともできないまま固まっていると、不審に思ったのか覗き込んできた。

「リーヴェ、大丈夫ですか?……ん、まだ熱があるみたいだ。すぐに解熱剤を持ってきますから」

群青色の瞳をじっと向けると、私のおでこに自分のおでこを合わせて熱を測る。
そのまま彼は私から離れて立ち上がってしまい、なぜだかそれがひどく不安な気持ちに襲われて、反射的に彼の服を掴んだ。

「ん?…リーヴェ、俺はもう貴方の視界からいなくなりませんよ。ほら、すぐ目の前の棚に薬を取りに行くだけ。ね?だから少しだけ良い子にしていて。」
「、、、ん"ぁ…けほっ、けほっ」

膝を折って床に跪くと、優しく手を包んでくれる。
それに返事をしようとしたが、上手く出なくて咳き込んでしまった。

「あぁ、喉が乾きましたよね。ほらお水ですよ」

長い黒髪から覗く、眼鏡の奥の吊り目がちな目が、優しく細められて、ゆっくり身体を起こしてくれる。

グラスを口元に持ってくると、少しずつ傾けながら飲ませてくれる。
とても喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまうと、よくできましたね。と優しく頭を撫でられた。

「ふふ、可愛い」
 
とても心地よい大きな手にうっとりと目を閉じてから少しして、ずっと気になっていたことを聞かなければいけないんだったと思い返して、目の前の男を見つめた。

「ん?どうしました?リーヴェ」
「……ぁ、ぇ」

「ん?ごめんなさい、リーヴェ、もう一度聞かせて」

しばらく動かしていなかったのか、舌が思うように回らない。頑張って力を入れると、もう一度声を出した。
 
「…だ……れ」
 
「え……」

優しく微笑んでいた男の表情が消え、顔面が蒼白になる。

「リーヴェ、ほ、本当に俺がわからないのですか?」
「……リー、ヴェ?」

縋るように向けられた目が、一瞬で光を失った。

「…もしかして、自分のことも、わからない……?」

んー、としばらく考えて、そういえば自分のこともわからないことに気づき、こくんと頷いた。

「あぁ…、そんな……!!」

男は、膝立ちのまま、床に倒れ込むように肘をつくと、頭を乱暴に擦り付ける。

「なぜ、なぜリーヴェだけが、こんな目に……!あぁ神よ、貴方が憎くて仕方ない!!!クソッ!」

床を何度も殴りつけて、手が血で滲み始めている。
彼が傷つくのが嫌で、止めようと手を伸ばす。
 
しかし、ベッドからでは到底届かない。
なんとか頑張って手を伸ばしながら身を乗り出したが、結局身体に力が入らないまま彼の背中の上に落ちてしまった。

「ぁっ!」
「いっ! っ、リーヴェ!大丈夫ですか?!」

頭を打つ前に彼の手に支えられて、抱き込まれる。

「痛いところは?怪我はないですか?」

自分の手の方がよっぽど痛々しいのに、必死に私の心配をしている。

「リーヴェ、どうか返事をして、リーヴェ」
 
大粒の涙を流す男の血だらけの手を掴んで胸へ手繰り寄せた。

貴方の名前も知らないけど、この豆だらけの大きな手は、きっと私を守ってくれる手だ。

「…リー、ヴェ……、は、私の、なまえ?」
「っ!あぁ…、そう、そうですよ!リーヴェ。貴方の名前です」

「リー、ヴェ」

リーヴェ。それが私の名前らしい。
空っぽな私の存在を唯一証明するもの。
何度か口に出してみても、まだ言い慣れない。

「あな、た、は……だれ?」

彼は苦しそうに目を閉じると、長く息を吐いて、ゆっくり目を開けた。

「……俺は、オルフェ」
「おる、ふぇ」

「はい、あなたの夫です。」
「え……」

オルフェは、そういうと、とても辛そうに微笑んだ。
 
あぁ、何で彼がわからないのだろう。
こんなにも胸が痛いのに……。

名前を聞いても空っぽなままなのが、とても悲しかった。
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