記憶喪失ですが、夫に溺愛されています。

もちえなが

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5.魔法

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扉を開くと、そこは浴室ではなく洗面所だった。

そして、とても大きな鏡があり、金髪の男と目が合った。

いや、それはたしかに自分だった。

金髪に、琥珀色の瞳をした青年というには少し幼い顔。

オルフェに抱かれて、長い睫毛に覆われた大きな瞳を見開いていた。

頬が少しこけてしまっているのに、ビスクドールのような顔をしているのが不思議だった。

「どうですか?」

なんだか他人のような気もするし、自分だと言われてしっくり来るような気もする。

でも何か思い出せそうなことはなかった。

それよりも――。

「オルフェの方が綺麗だよ」
「……は?」

自分の枯れ木のような白くて細い体とは違う、長く力強く伸びる四肢。

男らしい骨格に、中性的だが女性と見間違えることはない美しい顔。

長い黒髪から覗く、銀縁の眼鏡と切れ長の瞳には大人の色気があった。

「貴方が自分の容姿に頓着しないのは変わらないのだな」
「え……?」

「そんなことを言うのは世界でただ1人だけですよ」

オルフェは呆れたように笑うと、浴室の扉を開いた。

「わ~、お風呂だ!」
「はは、自分の顔よりお風呂なんですね」

あまり広くはないが、タイル張りの可愛い浴室だった。
浴槽は2人で入るには少しきついくらいで、すでに水が入っていた。

「綺麗だから安心してください、今温めますね。」

オルフェがお風呂の脇にある石に手をかざすと、少しして、ぶくぶくと泡立ってくる。

「わっ、なに?」
「ん?……あぁ、ちゃんと見るのは初めてでしたね」

「これは魔法です」
「魔法?」

「見ててください」
 
オルフェが微笑むと、お風呂のお湯を手で掬う。
それを上に投げたかと思うと、一瞬で凍って、雪のように降ってきた。

「わ、!」
「魔法が得意なわけではないですが、この程度なら詠唱もいりません」

「すごいすごい!とても綺麗!」

とても綺麗な光景で、パチパチと手を叩いた。

「喜んでもらえてよかった。実は、この魔法を教えてくれたのは貴方なんですよ、リーヴェ」
「え……?」

びっくりして目を見開く。

「私も、魔法を使えるの?」
「えぇ、貴方は俺の魔法の先生でした。きっと、この世で貴方より魔法を使いこなせる人はいませんよ。」

ご飯の時は、魔法って揶揄われたと思ったけれど、本当に存在していて、私も使えるなんて。

それに私がオルフェに教えていたの?
でも、どうやって使えば良いのかさっぱりわからない。

「やってみたいですか?」
「うん!」

オルフェは、私を横抱きにしながら、浴槽の脇にあった椅子に腰掛けると膝の上に乗せる。

「不思議な感覚だ。貴方に魔法を教えるなんて」

両手を後ろから握られると、じんわりと熱を持ち始める。

ああ、この感覚――。

「いつものマッサージの時のだ…」
「ええ、これが魔力です。この熱を体内で循環させていきます」

「いつもは、魔力を流して俺が循環を促していますが、今回は自分の意思で循環させます。
では、魔力を流すので、まずは腕だけで循環させてみましょう」
「うん」

「手首から、ゆっくり肘を伝って二の腕へ、そして肩を通してまた二の腕から肘、そして手首から指先へ」

両手首に流される熱を、オルフェの言う通りの場所へ流そうと意識する。

「もう一度」

細い管で水を吸い上げるようなしんどさがある。
何度も詰まって、それでもゆっくり熱を循環させようと意識すると、少しずつ管の詰まりが取れて、流しやすくなった。

何度もそれを繰り返して、やっと腕全体が温まってきた頃、手のひらがじんわりと熱をもつ。

「オルフェ、もうできる?」

「ええ、それではお湯を掬ってみましょう」
「うん」

オルフェは、私の両手を包むようにして、一緒にお湯を掬う。

「今からこのお湯を水蒸気にして凍らせます。お湯を上へ蒔くのと同時に、俺が蒸発しろと命じますので、リーヴェは同時に凍れと念じてください。
準備はいいですか?」
「うん!」

「それでは行きます。せーの」
「凍れ!」

指に触れているお湯を感じながら、オルフェと一緒に上へ振り上げる瞬間、凍れと命じる。
一瞬で気化したお湯は静かに雪となって降ってくる。

「わっ!やったー!できた!」
「さすがですねリーヴェ。本来はコツを掴むのが難しいんですが」

「もう一度、もう一度やりたい!」
「ふふ、ええ何度でも」
 
魔法はとても楽しくて、それから雪だけでなく、氷のオブジェを作ったりなど、お風呂のお湯が半分なくなるまで、氷の魔法で遊んだ。
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