蒼き樹海の案内人

蒼月よる

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第6話 光と警告

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第六話 神罰の光

 神罰の光が消えた後も、村の空気は重かった。
 ドーラばあさんは祈祷を始めた。村の広場に祈壇を設けて、朝から晩まで蒼酒を地面に注ぎ、神々への許しを乞う古い歌を唱え続けている。村人たちも交代で祈りに加わった。
 禁忌に触れたのはお前たちだ、という視線がカイたちに向けられていた。遺跡をいじったから、神様が怒ったのだ。因果関係としては短絡的だけれど、否定する根拠もなかった。実際、遺跡に入った翌日に光の柱が現れたのだ。
 カイは何も言い返さなかった。あの光を見た後で、禁忌を笑い飛ばすことは、さすがにできなかったのだろう。

 光の柱の後、樹海の様子が変わった。
 植生が暴走した一帯は、蒼い蔦と苔に覆い尽くされて通行不能になっていた。村の東側の樹海も、以前より蒼い葉が密になっている。獣道がいくつか塞がれて、蒼苔の採取場所にも行きにくくなった。
 そして——粒の動きが、以前と違う。
 流視で見ると、樹海の奥から村に向かって、粒がゆっくりと流れている。以前はあちこちにふわふわ漂っていただけなのに、今は一定の方向性を持って動いている。まるで潮が満ちてくるように、魔素が少しずつ村のほうに押し寄せてきている。
 嫌な予感がした。
 でも、それを誰に言えばいいのか分からなかった。「魔素が流れてきてる」と言ったところで、村人には意味が通じない。カイなら理解してくれるかもしれないけれど、カイはカイで問題を抱えていた。

「俺たちは明日出る」
 光の柱から二日後の夕方、カイが言った。
 エダおばさんの家で食事を取りながらの話だ。蒼苔のスープと干し肉。質素だけれど温かい。
「ベルトがまだ動けないけど、担架を作ってでも運ぶ。これ以上この村にいたら、お前たちに迷惑がかかる」
「当然だね」
 ランドが腕を組んで言った。厳しい言い方だけれど、ランドなりに筋を通しているのだと思う。遺跡屋を匿い続ければ、村全体が禁忌に加担したことになりかねない。
「リーナ、ベルトを連れて先にデルガに戻ってくれ。俺は——もう少し、この辺りを調べたい」
「カイさん、まだ言ってるんですか。もう十分でしょう」
 リーナが眉をひそめた。
「十分なもんか。あの遺跡は本物だ。壁の中に生きた回路がある。俺が見た遺跡の中で、あれほどのものは初めてだ」
「でも神罰が——」
「光の柱は遺跡から離れた場所に落ちた。俺たちの行動が直接の原因かどうか分からない。もっと調べる価値がある」
 リーナが黙った。反論できないのではなく、呆れているのだ。カイの好奇心は、神罰を目にしても止まらない。
 エダおばさんが蒼酒を注ぎ足しながら、ぽつりと言った。
「あんた、命知らずだね」
「よく言われる」
「褒めてないよ」

 その夜、僕は一人で樹海の縁に行った。
 粒の流れを確認するためだ。
 夜の樹海は、以前より粒が多かった。明らかに濃度が上がっている。そして、流れがある。樹海の奥から、ゆっくりと、しかし確実に、村の方向に向かって粒が動いている。
 まるで樹海が膨張しているようだった。押し寄せてくる、という表現が一番近い。
 怖くはなかった——はずだ。
 でも、この流れが続いたらどうなるのかを考えると、胸がざわついた。村の周りの魔素濃度が上がれば、植生が活性化する。蒼い蔦が伸び、苔が広がり、木が育つ。それは——あの光の柱の後に起きたことの、ゆっくり版だ。
 誰かに言わなければ。でも誰に。
「ユーリ」
 背後からカイの声がした。
「こんな時間に何してる」
「……粒の動きを見てた。樹海の魔素が、村のほうに流れてきてる」
「流れてくる?」
「うん。あの光の柱の後から。ゆっくりだけど、確実に。このままだと、村の周りの魔素が濃くなっていく」
 カイが樹海のほうを見た。暗い蒼の向こうに、普通の目には何も見えないだろう。
「……それは、まずいのか」
「たぶん。魔素が濃くなると、植物が育ちすぎる。あの光の柱の後みたいに。蒼い蔦が村まで伸びてくるかもしれない」
「神罰の余波か」
「分からない。でも——カイさんが言うなら、これは禁忌に触れた結果なのかもしれない」
 カイが長い沈黙の後、低い声で言った。
「……悪かったな。お前を巻き込んで」
「僕が自分で行くって決めたから、カイさんのせいじゃないよ」
「それでもだ。あの光を見て——正直、ちょっとビビった。言い伝えは言い伝えだと思ってた。でも、あれは本物だった」
 カイが蒼酒の瓶を僕に差し出した。一口飲んだ。甘い。
「なあ、ユーリ。お前はこの先、どうする」
「……え?」
「このまま村にいるのか。苔を採って、芋を蒸して、ばあさんと二人で暮らすのか」
 答えに詰まった。
「お前の目は、この村に収まるもんじゃない。あの遺跡で見たもの——壁の中の回路、魔石との共通性——あれを追えば、とんでもない発見に繋がるかもしれない」
「……でも、禁忌に触れるかもしれないんでしょ」
「ああ。触れるかもしれない。だが——知りたくないか? あの回路が何なのか。魔石と遺跡がなぜ同じ構造をしてるのか。この世界の、本当の仕組みを」
 光の粒が、夜の空気の中をゆっくりと流れていた。
 知りたい、と思った。
 怖くはなかった。
 ……いや、少しだけ怖かった。あの光の柱を見たから。世界には、人間には手に負えないものがある。それを知って、なお踏み込もうとするのは——勇気なのか、愚かさなのか。
「……今は、分からない」
「そうか。まあ、急がなくていい。俺はしばらくこの辺りにいる。気が変わったら言ってくれ」

 翌朝、リーナとベルトが村を発った。
 ベルトは担架に載せられ、リーナが一人で引いていく。ベルトの熱は少し下がったが、まだ自力では歩けない。魔獣の血の毒は、思った以上にしつこかった。
「カイさん、無茶はしないでくださいよ」
「分かってる」
「分かってないから言ってるんです」
 リーナが呆れた顔をして、それでも最後には笑って手を振った。
「ユーリくん。カイさんの面倒、よろしくね」
「え、僕が?」
「あんたしかいないでしょ」
 二人が村を出て、蒼い獣道の向こうに消えていくのを見送った。

 パーティは解散した。残ったのは、カイと——僕だ。
 カイは村の隅の空き小屋に居候していた。毎日樹海の周辺を歩き回り、遺跡への別の入口を探したり、魔素の動きを僕に聞いたりしていた。
 僕も日常に戻った。蒼苔の採取、ばあちゃんの手伝い、ゴルドじいさんの鍛冶場での雑用。ただ、世界の見え方が変わったことは——もう、元には戻せなかった。
 流視で見る世界は、粒視だけだった頃よりもずっと情報が多かった。粒の流れは風のように方向を持っていて、天候の変化を予測できた。「明日は雨だ」と言うと、翌日本当に雨が降って、村人たちが驚いた。
 そして、村に向かって押し寄せる魔素の流れは、日に日に少しずつ強くなっていた。
 いずれ、何かが起きる。
 その予感が、僕をここに留めているのか、それとも——ここから押し出そうとしているのか。
 まだ、分からなかった。
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