七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる

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第8話 一日前の演説

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 一日前の朝、中央広場には奇妙な静けさがあった。

 魚籠を抱えた女、夜勤明けの工員、荷縄を腰に巻いた組合員。
 誰も大声を出さないまま、噴水前の木箱を見ている。そこへイオナが上がり、資料束を掲げた。

「デルガ住民へ。沿岸ノード異常は“なし”ではない。下層西区画を切り捨てる契約がある。ここに証拠を公開する」

 群衆がざわめく前に、監察局広報官が前へ出た。

「偽造文書です。閲覧しないでください」

 イオナは声を重ねる。

「三年前、私の誤報記録は改ざんされた。これは当時の原本控え。こっちは公開された改ざん後。式の符号が逆転している」

 広場の四隅で、メラの配布班が一斉に紙を撒いた。兵が奪うより早く、紙は手から手へ流れる。

「配布中止! 違法資料だ!」

 怒号とともに警備兵が動く。ガルムはイオナの前へ立ち、棍の初撃を腕で受け流した。

「読む時間くらい残せ」

 兵が二人、三人と増える。ガルムは押し返さず、間合いだけを切って時間を稼いだ。勝つための動きではない。広場の住民に三十秒、四十秒を渡すための動きだ。

 群衆の中から声が上がる。

「うちの区画番号がある……」
「避難優先“保留”って何だ」
「子どもをどこへ連れて行けばいい」

 問いが広がる。問いは一度生まれると、命令だけでは消えない。

 広報官が顔色を変えた。

「市民は帰宅を。煽動者を拘束する」

 その合図で増援兵が雪崩れ込み、広場は一気に硬くなる。ガルムが振り向かずに言った。

「イオナ、退け。今だ」
「でも」
「二人とも捕まれば終わる」

 イオナは木箱から飛び降り、路地へ走った。メラ班が荷車を横倒しにして追跡線を切る。
 角を曲がる直前、振り返った。

 ガルムは兵に囲まれ、なお前へ出る姿勢を崩さない。
 号令が飛ぶ。

「元護送隊長ガルム、拘束する」

 ガルムは抵抗をやめ、手首を差し出した。視線だけが路地の先を向いていた。
 逃げろ、と。

 昼過ぎ、イオナは下層倉庫の隠し部屋に潜んだ。配布紙は回収し切れず、港中に断片が残ったらしい。だが、ガルムは東監察庫へ移送された。

 夕方、メラが扉を閉めて報告する。

「明朝、軍管理区へ再移送。猶予は今夜だけ」

 イオナは地図を開いた。
 怒りで動けば負ける。手順に落とす。

「今夜、潮位を取り直す。救出と避難と停止を同時に回せる時刻を逆算する」
「計算で間に合うのか」
「間に合わせるしかない」

 メラは短く頷き、通信役を呼ぶ。

「観測点を増やす。港を目にする人間は全員、今夜だけ観測士だ」

 鐘が鳴り、一日前の夜が始まる。
 イオナは白紙へ最初の式を書いた。
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