鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる

蒼月よる

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第5話 本物を偽物に見せかける

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 翌朝、リタが工房に来たのは日が昇りきる前だった。

「早いな」

「だって、気になって寝られなかったんです!」

 目の下に隈もないくせに何を言っているのか。おれの方がよほど寝ていない。昨夜、裏通りで仕入れた情報を整理していたら、いつの間にか夜が明けていた。

 工房の窓を開けると、丘の下に広がる港が朝靄に霞んでいた。潮の匂いが工房に流れ込む。今日は一日、ここにこもる。

 作業台を片づけ、布を敷いた。鑑定用の道具を並べる。ルーペ、細身の金属ヘラ、薄い磁石板、魔石灯を三つ。棚からは比較用の正規品——過去に鑑定した本物の遺物のサンプルも数点引っ張り出した。それから、問題の遺物を一つずつ取り出していく。

 リタが最初に持ち込んだ金属の円盤。朝市で買い集めた紋様入りの金属片が三つ。リタが二度目に持ってきた小さな歯車状の部品。そして、裏通りの遺物商から借りてきた円筒形の管。

 合わせて六点。全て「贋作だが、おかしい」遺物だ。

 作業台の上に横一列に並べた。

「これ、全部並べると壮観ですね」

「壮観かどうかは知らん。だが、こうして並べると見えてくるものがある」

 まず、外見の共通点を洗い出す。

 六点とも、素材は異なる。金属の種類も、形状も、用途も違う。一見すると、全くの別物だ。ばらばらの遺跡から、ばらばらに出土した品に見える。

「ノルさん、これ全部違う遺跡のものですよね?」

「見た目はな。だが——」

 ルーペを手に取り、最初の円盤の縁に寄せた。

「ここを見ろ。紋様の刻み方。手彫りだと最初に言ったが、もっと正確に言うと、本来の紋様の上から別の刻みを入れている。元の紋様を潰すように、新しい傷を重ねているんだ」

「元の紋様を潰す? なんでそんなことを?」

「わからん。次、これを見ろ」

 二番目の金属片を取り上げ、ルーペの下に置いた。

「この金属片にも同じ特徴がある。表面の紋様に不自然な傷が重なっている。角度も深さも近い。同じ道具、同じ手癖だ」

「同じ人がやってるんですか?」

「少なくとも、同じ技術を持つ人間だ」

 三番目、四番目、五番目。全てに同じ痕跡があった。表面の意匠に、後から加工を施した跡。しかもその加工は巧妙で、よほど注意して見なければ元の紋様との区別がつかない。

「六つ全部に共通している」

「うわ……」

 リタが息を呑んだ。おれもルーペから目を離し、並んだ遺物を見渡した。

 比較用に出した正規品のサンプルを手に取り、並べて見せた。

「これが本来の出土品だ。紋様は鋳造時に刻まれているから、金属の結晶構造と一体になっている。だがこの六点は、後から刃を入れた痕がある。金属の結晶が紋様の周囲で乱れている。つまり、元々あった何かを意図的に消している」

「何を消す必要があったんでしょう」

「出自を示す情報だ。遺物には遺跡ごとの特徴がある。製造方法の癖、素材の配合比率、紋様の系統。鑑定士はそこを見て、どの遺跡のどの層から出たかを推定する。それを潰されると、追跡が極めて難しくなる」

 リタが六点の遺物と正規品を見比べ、何度も視線を行き来させた。

「言われてみると——確かに、こっちの本物の方が紋様がくっきりしてますね。線が滑らかというか」

「そうだ。よく見てる」

 リタが少し嬉しそうな顔をした。だが今はそこに構っている暇はない。

 ここまでは昨日の時点で予想していた。問題は次だ。

「リタ、魔石灯をこっちに寄せてくれ。三つ全部」

「はい」

 魔石灯の光を作業台に集中させる。通常の照明としてではなく、遺物の表面に斜めから光を当てるためだ。微細な凹凸が影を落とし、肉眼では見えない構造が浮かび上がる。

 おれは六番目の円筒を手に取った。ゴルツから借りた品だ。管の内側に、回路の残留パターンがある。ナノマシン時代の遺物に特有の、微かな線状の痕跡だ。

 ルーペの倍率を上げた。

 回路のパターンをなぞる。本来、出土した遺物の回路は自然に劣化している。土中の水分、魔素の干渉、経年変化。数百年の時間が回路を蝕み、断片的な痕跡だけが残る。

 だが、この回路の劣化パターンは——

「おかしい」

「何がですか?」

「劣化が均一すぎる」

 おれは円筒を置き、最初の円盤を取り上げた。縁の回路の残留パターンを確認する。

 同じだ。劣化が均一。

 三番目の金属片。同じ。四番目。同じ。

 六点全てが、同じ劣化パターンを示している。

「自然に劣化した回路は、環境によってばらつきが出る。土中の水分が多い面は劣化が激しく、石に接していた面は残りやすい。出土した場所も時代も違うなら、劣化パターンは全部違うはずだ」

「でも、全部同じ……」

「ああ。つまり、この劣化は自然に起きたものじゃない。人工的に劣化させられている」

 声に出して言って、自分でも背筋が冷えた。

 おれは金属ヘラを使って円筒の内壁を軽くなぞった。指先に伝わる微かな感触。回路が残っている部分と、劣化して消えている部分の境界が、あまりにも滑らかだ。自然劣化なら境界はぼやける。浸食は不規則に進むからだ。だが、この境界は直線的で、まるで定規で引いたように正確だった。

「見ろ。この境目だ」

 リタに円筒を渡し、ルーペ越しに内壁を覗かせた。

「……あ、線が引いてあるみたいに見えます」

「その通りだ。自然にこうはならない」

 人工的に回路を劣化させる。それは、回路の構造を理解していなければできない。しかも、自然な劣化に見せかけるだけの精度で。遺物の中に残る回路は繊細だ。下手に手を加えれば全体が崩壊する。それを、機能を残したまま外見だけ劣化させている。鳥肌が立つほどの技量だった。

「待ってください。劣化させるって——つまり、元はもっとちゃんとした回路が残ってたってことですか?」

「そうだ」

「でも、回路がしっかり残ってる遺物って……」

「ナノマシン時代の、生きた回路を持つ遺物だ。魔石を動力源にすれば機能する可能性がある。正規の鑑定では最重要管理品目に分類される。出土したら即座にギルドに報告する義務がある」

 リタの顔から血の気が引いた。

「それって、すごく危険なやつじゃ——」

「ああ」

 おれは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。

 整理しよう。

 六点の遺物。全てに共通する特徴が二つ。一つ、表面の意匠に後から加工を施し、本来の特徴を隠している。二つ、回路の残留パターンが人工的に劣化させられている。

 つまり——

「これは贋作じゃない」

「え?」

「本物だ。本物の遺物を、贋作に見せかけている」

 リタが目を丸くした。

「紋様を上から刻んで、出土品としての特徴を曖昧にする。回路を人工的に劣化させて、生きた回路を持つことを隠す。やっていることは贋作の逆だ。通常の贋作は偽物を本物に見せかける。こいつは——本物を偽物に見せかけている」

「なんで、そんなことを……」

「正規ルートに載せられないからだ。生きた回路を持つ遺物は、出土した時点でギルドに報告義務がある。軍にも通知が行く。だが、贋作として流通させれば、そのどちらも回避できる。鑑定士が見ても『よくできた贋作だな』で済む。本物だと気づかれなければ、管理品目として登録されることもない」

「つまり、危険な遺物を——こっそり流通させてる?」

「そういうことだ」

 工房が静まり返った。窓の外から、港の喧騒が遠く聞こえている。朝靄はいつの間にか晴れ、陽が作業台を斜めに照らしていた。もう昼近いのか。時間の感覚が飛んでいた。

 リタが黙って煎じ茶を淹れてくれた。受け取って一口飲む。苦い。だが頭が少し冴える。

 おれは作業台の六点を見つめた。

 面倒くさがりの鑑定士が見つけてしまった、厄介な真実。

 本物を偽物に偽装する。その技術は並のものではない。回路の構造を理解し、人工的な劣化を自然に見せかける精度。紋様の上書きで出自を隠す技巧。遺物の素材から加工法から流通まで、全てを知り尽くした人間の仕事だ。

「こういう手口を使える奴は、遺物のことを相当知っている」

「鑑定士みたいな人ってことですか?」

「……少なくとも、鑑定士と同等以上の知識がある人間だ」

 リタがおれの顔を見た。何か言いたそうだったが、しばらく黙っていた。

 それから、静かに聞いた。

「ノルさん。どうするんですか」

 どうする。

 贋作が出回っている、で終わるならよかった。だが、本物が偽装されて流通している。しかも、生きた回路を持つ危険な遺物が、管理の目を潜り抜けている。

 放っておいていい話ではない。

 ギルドの公認鑑定士として、見て見ぬふりはできない。いや、できないのではない。したくない。この偽装を見抜いてしまった以上、黙っていることは鑑定士としての矜持が許さない。

 嘘が嫌いなのだ。遺物の嘘も、人の嘘も。

「……面倒だな」

 リタが小さく笑った。わかっている、という顔だ。

 面倒だと言いながら、おれはもう動くことを決めている。こいつにはそれが見えている。

 鋭い奴だ。本当に。

 おれは作業台の遺物をもう一度見渡した。

 六つの遺物が、偽りの顔の下に本物の正体を隠している。その正体が何なのか——何のために集められ、どこへ運ばれるのか。まだわからないことだらけだ。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 この偽装を施した人間は、おれと同じ世界に立っている。遺物の声を聴ける人間だ。

 それが味方でないことだけは、間違いなさそうだった。
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