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1章:十八禁BLゲームの中に迷い込みました!
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しおりを挟むニコロは何度か深呼吸を繰り返して、これまたたっぷりのジャムを乗せたスコーンを食べる。好物の甘いものを食べて心を落ち着かせているのだろう。……ニコロは足を怪我したから騎士団を辞めたんだよな。
「ニコロは、騎士団長さんのことをどう思っているの?」
おれの問いがあまりにも意外だったのか、ニコロの目が大きく見開いた。それから、こほんと咳払いをしてから話し出す。
「どうも思っていませんよ。俺にとっては終わった話ですから」
「嘘ですよ、絶対!」
「話がややこしくなるから、黙れ、リーフェッ!」
大人の世界は色々あるんだなぁ……。なんて。どういう始まり方をしたのかちょっと気になるけれど、聞かないでおこう。リーフェは話してくれたけど、ニコロがおれに話してくれるとは思わないし……。
「頼むから、リーフェ。これ以上余計なことはしないでくれよ……!」
「では、騎士団長からの伝言を。『あと一週間待っていてほしい』とのことですよ」
「…………よし、俺は旅に出よう」
そんなに会いたくないのか。リーフェが「家出はさせません」と笑顔で言い放つ。そもそもなんでそんなに騎士団長さんに会いたくないのか。
「貴族の考えることがわからねぇ……!」
とテーブルに突っ伏してしまったニコロに、リーフェがポンポンと慰めるように肩を叩く。それからニコロにこう声を掛けた。
「残りのスコーンは全て食べて良いですよ。片付けは任せました」
「……わかった」
残りのスコーンって言ってもあと五つくらいはあるけど……。それ全部食べられるのか、ニコロ……? 彼の表情を見てみたけれど、少し複雑そうに眉間に皺を刻んでいた。それでもしっかりとうなずいてスコーンを頬張る。
「さて、ヒビキさま。刺繍の練習に戻りましょう」
「あ、うん。そうだね。じゃあ、ニコロ、またね」
「ヒビキさま、リーフェの言葉全部を信じてはいけませんからね!」
「あら、酷い」
強い口調でおれに伝えるニコロと、あんまり酷いとは思っていなそうな軽い感じでリーフェが言う。……うーん、ニコロの話も気になるけれど……。そもそもおれ騎士団長さん知らないからなんとも言えないし。
庭でニコロと別れて、ルードの寝室へ戻り刺繍を再開する。習って二日目だからかあまり上手くはできないけれど、丁寧に、想いを込めて形を作っていく。
――想いを、込めて?
おれは一体どんな想いを込めて刺繍をしているんだろう。
ぴたりと動きを止めたおれに、リーフェが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ヒビキさま?」
「――だめだ、自分の気持ちがわからない」
ぽつりと零れたのはそんな言葉だった。ぐるぐると渦巻いているのはなんなのだろう。刺繍をしていた布を置いて、胸元に手を置く。
「ヒビキさま……」
心配そうなリーフェの声に、曖昧に微笑む。好きか嫌いかと言われたら多分、好きの部類に入ると思う。ただ、おれはこの世界の人じゃない。そんなおれがここで恋愛をしていいんだろうか。
――あれ、なんか思考がおかしいな。ここの世界の人なら、おれはルードに恋しても良いってことになってないか?
「……頭がショートしそう」
「休みましょう!」
リーフェが勢い良くそう言っておれの手を取ってベッドに押し込んだ。
「……ヒビキさまがこの屋敷で過ごされて約一週間。慣れない環境でお疲れなのだと思います。今日はもう、このまま休んでください」
「いや、大丈夫……」
「疲労は目には見えないのですよ、ヒビキさま。申し訳ございません、我々も気を付けるべきでした」
「ちょっと待って、謝らないでよ、リーフェたちが悪いわけじゃない。ただ、おれが……自分の気持ちが全然わからないだけで……」
ふっとリーフェは笑みを浮かべた。そして、おれの髪を優しく撫でる。
「答えが見つかりそうですか?」
「この屋敷はとても居心地が良いと思うよ」
聞かれたことを誤魔化すように答えると、リーフェはおれの髪を撫でるのをやめて、困ったように微笑む。
「ルードさまのことですよ」
それはもう迷宮入りしています。と言いたくなった。だって本当にわからない。初恋もまだなおれがわかる感情なのか?
そもそもこの感情がもし恋なのだとして、こんなにぐるぐるするものなんだろうか。
「……さあ……」
ここに居ないルードを思い浮かべる。紺色の長い髪をさらりと流して、優しく細めた双眸でおれを見つめる彼の姿を。なんでそんなにおれのことを気にかけているのかわからない。
いや、それよりもここの屋敷の人たち完璧にルードがおれのことを好きだって前提で話してるよな。それがとても嬉しいみたいだけど、おれとしてはやっぱり疑問が残るわけで。あーもー、本当に思考がループしてるな、おれ!
「とにかく、今はゆっくり休んでくださいませ。元気な姿をルードさまにお見せくださいね」
「……うん……」
それでは、私はこれで。とリーフェが会釈してテーブルに向かう。刺繍の練習は終わりとばかりに布と針と糸、全部を持って部屋から出ていくのが見えた。これで明日、リアとちゃんと本番の刺繍が出来るのかちょっと不安になったけれど、それよりも今はリーフェの言ったとおり、少し休もう。
この世界に来てから一週間は経過しているハズ。毎日色んなことがあって一日が長く感じるけれど、知らず知らずに気を張っていたのかもしれない。
――日本はどうなったんだろう。姉はおれが居なくなって心配していないかなぁ……。
ただ、場所が場所だから日本の時間の経過が同じかどうか怪しいところではあると思う。ゲームの一週間ってあっという間に過ぎるし。……そりゃ現実世界の一週間もあっという間だけどさ。それより短いゲーム中の一週間。
一日で一週間とかざらだしなー……。プレイヤーの遊ぶ時間にも寄るだろうけど。
って、なんだか思考が逸れたな。
「……ホームシックってこんな感じなのかなぁ……」
多分、ここの人たちはおれがどこかの街から迷い込んだって思っている。街か、町か、村かはわからないけど。この世界のどこかから迷い込んだ、ってさ。だけど実際はおれは異世界から迷い込んでいるわけで……。
異世界から迷い込んだおれが、どうしてこんなに早くこの世界に溶け込んでいるんだろう……。考えてみれば妙な話でもあるよな。字を覚えるスピードがあまりにも早すぎる。英語苦手なのに。どっちかっていうとこのゲームの文字はローマ字に近いのに、なんであんなにすらすら読めるようになったのか。
「……だめだ、わからないことだらけ……。寝よう、一旦リセットしよう……」
考えすぎて疲れた。慣れない刺繍をしていたことで、集中力も刺繍に注がれて今はもうどっかにいってしまった。ならもう考えていても仕方ない。答えの出ないことに悩んでいても仕方ないし、寝て起きたら頭の中がすっきりして答えが見つかるかもしれない。
おれは目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返した。……寝ようと思っていると中々寝付けないのはなぜなのか。
額の上に手の甲を当ててはぁ、と小さく息を吐いた。ちらりとベッドの横にあるサイドテーブルに視線を向けて、花瓶の中の花を眺める。多分、誰かが水を取り替えてくれていると思う。この花はルードの花って聞いたけれど、それはどういう意味なんだろう。今度リーフェが来たら聞いてみよう。
せっかく庭に出たのだから、もう一輪花を貰えば良かったのかも。今日はニコロだったけれど、今度の庭当番の人は誰だろう。まだ会っていない使用人さんたちとも仲良くなれた良いな……。
ぼんやりとした思考の中で、ゆっくりと目を閉じる。ぐるぐると渦巻くよくわからない感情に振り回されるのにも疲れたからか、気が付いたら眠りに落ちていた――……。
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