アビゲイル・サーガ ~侍女から始まる英雄譚~

瑪瑙 鼎

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24:特訓の成果

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 帝都オストリアに到着してから3週間。私は毎日大聖堂へと赴き、フランシーヌ様の下で特訓を受けた。

 フランシーヌ様は魔法に関して全く無知の私に文字通り付きっ切りで、神聖魔法に関するあらゆる指導をして下さった。聖職者や治癒師ヒーラーなら常識とも言える浄化や回復に関する基礎的知識を素人の私にも理解できるように丁寧に教えて下さり、それどころか古今東西あらゆる文献を漁って私に合う祝詞を探して下さった。私もフランシーヌ様の期待に応えるべく苦手な座学にも泣き言を言いながら噛り付き、フランシーヌ様が見つけて下さった祝詞を一つひとつ試していき、日々の鍛錬の合間に聖気の練り上げを繰り返す。

 こうした二人の努力が実を結び、私の聖気の力は洗練され、目覚ましい成長を遂げた。

 …間違った方向に。



 ***

 修練場へと足を踏み入れた私は、短剣を引き抜くと中央に立つ案山子に刃先を向け、静かに構えた。呼吸を整え精神を統一させると、一拍の後、続けざまに刺突を繰り出す。

 じゅじゅじゅっ。

 すでに耳慣れた音が三度鳴り響き、案山子に括り付けられた胸甲から三筋の煙が立ち上がった。私は左手に持っていた鞘を短剣に被せると、短剣を左手に持ち、案山子へと歩み寄る。

 案山子に括り付けられた胸甲には、三つの穴が空いていた。穴は人差し指ほどの太さの円を描き、その縁は鉄が溶けて橙の輝きを放っている。胸甲の背面にも同じように三つの穴が空き、シュウシュウと音を立てて白煙が立ち昇っていた。

 案山子の背後には私の胸ほどの高さまで土嚢が積み上げられていたが、目を凝らすと三か所ほど小さな穴が空き、やはり白い煙を噴き上げている。土嚢から身を乗り出してその背後に目を向けると、修練場の石造りの壁に三つの窪みが穿たれ、石が溶けて灰と橙の雫が垂れていた。私は一つ頷き、背後へと振り返った。

「フランシーヌ様、こんなもので如何でしょう?」

 振り返った視線の先にはフランシーヌ様と坊ちゃんの二人の姿があったが、何故かフランシーヌ様は地面に両手をついて四つん這いになっている。私が首を傾げると、フランシーヌ様が四つん這いのまま地面に向かって唸り声を上げた。

「…リュシーさん…それ、浄化魔法よね…?」
「ええ、そのつもりですが…」

 私が質問に同意すると、フランシーヌ様が勢い良く身を起こした。彼女は私の許へと駆け寄ると私の両肩を掴み、前後に激しく揺さぶりながら問い詰めてくる。

「リュシーさんっ!教えてよっ!何で浄化魔法が物理攻撃しちゃってるのよっ!?しかも何よ、その貫通性能っ!?最も突破力の高い地属性より上じゃない!?」
「そ、そんな事言われましても、私にはどうにも…」

 青筋を立てて詰め寄ってくるフランシーヌ様の剣幕に負け、私はしどろもどろで答えた。他の人の浄化魔法がどうかは知らないけど、私の浄化魔法はそういう仕様だと、いい加減受け入れて欲しい。そう思う私だけど、流石に口には出せない。フランシーヌ様はこの3週間、私に対して本当に心を砕いて下さったのに、その私がフランシーヌ様の心を砕いちゃったからね、別の意味で。現実逃避するかのように、いんを含んだ表現に内心で自画自賛していると、フランシーヌ様が短剣を指差し、声を荒げた。

「だいたい、その短剣、何処から持ってきたのよっ!?いつもの『触媒』じゃないじゃないっ!?」
「あぁ、この修練場の備品をちょっと拝借しまして」
「何で触媒も祝詞もなしに発動してるのよっ!?わけわかんない!」

 今左手に持っている短剣は、お祖母ちゃんの形見の短剣ではなく、ごくありきたりの短剣だ。3週間の特訓の結果、私の浄化魔法は形見の短剣でなくとも、剣さえ手にしていれば発動するようになった。短剣である必要もなく、騎士が持つような長剣ブロードソードでも発動するが、長剣は重くて取り回しに苦労する。長剣でも短剣でも射程や威力に差異がないので、軽くて小回りの利く短剣一択だ。

 ちなみにあの貫通攻撃は、剣の振り下ろしや横なぎでは出ず、あくまで刺突でのみ発動する。また、どういう原理か不明だが鞘に納められた状態では発動しないけど、鞘に納めるために短剣を押し込むと殺人光線が出てしまう。なので、私が剣を納める時には、鞘の方を動かして剣に被せるしかなかった。フランシーヌ様が自身を落ち着けるべく一つ深呼吸し、縋るように質問してきた。

「…リュシーさん、本当に突きしかできないの!?他にも何か一つくらいできるでしょ!?」
「い、いえ、本当に何もできないんですよ。後は、せいぜいこんなのしか…」

 フランシーヌ様の泣きそうな顔を見た私は自信なさげに短剣を抜き、切っ先を前方に向けて剣をゆっくりと押し出す。先ほどの刺突を、非常にゆっくりと再現しているだけだ。

 しゅぅぅぅぅぅ…。

 短剣を突く動きに従って刃の先に白い光が浮かび、長剣と同じくらいの長さに伸びた。突き切ったところで短剣を止めると、光の刃は急速にしぼんで消え去り、後には短剣だけが残される。もう一度同じ動作をゆっくりと行い、光の刃が伸びたところで勢いよく短剣を振り下ろすと、今度は光の刃が根元からポキっと折れ、そのまま空中で霧散した。儚い輝きを眺めていたフランシーヌ様が、私に問い質した。

「…今の、何か役に立つの?」
「私が知りたいです」
「…お願い、もう勘弁して…」

 儚い光の刃のようにフランシーヌ様が膝から崩れ落ち、再び四つん這いになった。



 ***

「…で、結局、フランシーヌ様まで駆り出して3週間も特訓しておきながら、成果はそれだけなのかね?」
「遺憾ではありますが」

 フランシーヌ様や坊ちゃん達と昼食を取りに食堂へと赴いた私は、其処でモーリス様と鉢合わせした。向かいの席に座り額に青筋を立てるモーリス様の質問に、私は神妙に頭を下げる。これはもう、不可抗力ですよ。モーリス様の隣の席に腰を下ろしたフランシーヌ様がテーブルに両肘をつき、左右のこめかみに手を当てて顔を顰めた。

「回復魔法は一切使えず、浄化魔法も物理貫通性能が良すぎて、このままでは被験者を殺しかねません。…モーリス様、この先、私はどうしたら彼女を更生できるのでしょうか?」

 フランシーヌ様、更生とか言わないで下さいよ。人聞きの悪い。フランシーヌ様の理不尽な評価に私が内心で異議を申し立てていると、モーリス様が仏頂面のままフランシーヌ様に問い掛けた。

「…私が言うのも何ですが、そろそろ諦めたらどうです?」
「そういうわけには、参りません!」

 モーリス様の言葉を耳にした途端、フランシーヌ様は姿勢を正し、勢いよく反論した。彼女は席を立ち、右手を体の前に上げて拳を握り締めながら、私に向かって力説する。

「如何なる問題があろうとも、リュシーさんの浄化魔法は余人に代えがたいものです!本来生物に害を与えないはずの浄化魔法がこれほどの破壊力を持つ事から見ても、彼女の殲滅力は群を抜いています。その特色に目を向けず、これまでの杓子しゃくしをもって彼女を推し量っては、私達人族は後できっと後悔する事でしょう」

 本来、浄化魔法はアンデッドや瘴気などの世界のことわりに反する存在に効力を発揮するもので、生物に対してはほとんど無害、影響があるとしてもせいぜい目くらましか、酷くても日焼けに似た症状を引き起こす程度に留まる。にも拘らず私が常識外の破壊力を有してしまったのは、特訓によって聖気の収斂しゅうれん度が極まり、密度がとんでもない事になってしまったからなのだそうだ。初めて大聖堂で浄化魔法を発動させた時には手首くらいの太さだったのに、今では人差し指まで細くなっちゃったもん。

 でもフランシーヌ様の演説に感化されたわけじゃないけど、私も此処まで来たら、意地でも聖女になりたいと思う。フランシーヌ様にアレほど迷惑掛けているのにも関わらず、それでもこのように庇って下さるし、これで期待を裏切ったら流石に私もいたたまれない。何より、お義父様の娘になれないじゃない!

「モーリス様、フランシーヌ様、食事をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」

 私がフランシーヌ様の宣言に共感し決意を新たにしていると、給仕が私達のテーブルに近づき、昼食を並べ始める。モーリス様が目の前に並べられた料理に視線を落とし、給仕に尋ねた。

「…君、どうしたんだね?この立派な肉料理は」
「以前フランシーヌ様に助けられたと言う商家から寄進がありまして。皆さんでお召し上がり下さいとの事です」
「そうか、それは有難い。せっかくだから、温かいうちに皆でいただこう」
「美味しそうですね。有難くいただきます」

 目の前に並べられた皿には、分厚いステーキが一枚、横たわっていた。牛肉にはしっかりと火が通って香ばしい匂いを立てており、午前中の訓練でエネルギーの欠乏した体を否応にも惹き付ける。モーリス様、フランシーヌ様、坊ちゃんの三人が食事に取り掛かったのを見届けると、私もナイフとフォークを手に取り、ステーキに手を付けた。

 …む?コレ、思ったより筋が堅いな。私は左手に持つフォークでステーキを押さえつけ、ナイフを持つ右手に力を入れる。

 キコキコキコ、じゅぅぅぅぅぅ。

「「「…」」」

 気付けば私のナイフの先に、細長い帯が斜めに走っていた。帯はステーキを炭化させ皿を溶かし、木製のテーブルに黒いわだちを残して突き抜け、床へと消えている。細い帯に沿って至るところで白煙が噴き上がるのを、誰もが手を止め、見つめている。

「…お前なぁっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!」

 突然立ち上がった坊ちゃんの剣幕に、私はナイフとフォークを放り出し、頭を抱えた。テーブルの隅にうずくまるように伏せる私に、坊ちゃんの怒声が降り注ぐ。

「得物を手にした途端、見境なくじゅっじゅじゅっじゅ漏らしやがって!お前、刃物だったら何でも好いのかよっ!?」
「坊ちゃん、すみませんっ!すみませんっ!」

 流石に何も言い返せず、ひたすら蹲ったまま平謝りする私の耳に、モーリス様の雷鳴の如きとどろきが鳴り響いた。

「リュシー・オランド!貴様は、聖女失格だっ!」
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