アビゲイル・サーガ ~侍女から始まる英雄譚~

瑪瑙 鼎

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31:御伽噺

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 コルネイユ家の歓待を受けた翌々日、私は坊ちゃんやフランシーヌ様達と共に帝都オストリアを出立し、北部要衝の砦リアンジュを目指して北上を開始した。

 私は坊ちゃんと共にフランシーヌ様の馬車にお邪魔し、総勢80名の護衛に守られながら、車中でフランシーヌ様から様々な手ほどきを受けた。フランシーヌ様の講義は神聖魔法や聖女に関する事に留まらず、この国の歴史や文化等、幅広い分野に及んだ。



 ***

「…今日は、『あな』の生い立ちと、アンデッドとの戦いの歴史について話しましょう。リュシーさんは、世界の始まりの御伽噺おとぎばなしを、聞いた事はある?」
「ええ。子供の寝物語の定番ですからね、父母から何度も聞かされています」

 私の答えにフランシーヌ様はにっこりと頷くと、目を閉じて指を立て、子守唄を歌うようにそらんじ始めた。



 ――― 昔々、何もなかった世界に、二人の神様が降り立ちました。

 一人は万物を照らすほどの眩い光を放つ白き女神。もう一人は万物を呑み込むほどの深い闇を持つ黒き男神おがみ

 二人の神様は何もない世界を満たそうと、己の力を使って世界を塗り潰していきました。

 女神はその眩い光を使って、そらを作りました。

 男神はその深い闇を使って、大地を作りました。

 こうして何もない世界は、女神が支配する空と、男神が支配する大地の二つに分かれました。

 さて、その狭間に当たる地上は、誰のものでしょう?

 女神は言いました。私が放つ光を燦々と浴びているから、私のものよ、と。

 男神は言いました。俺が敷き詰めた大地の上に乗っているから、俺のものだ、と。

 二人の言い争いは延々と続き、ついに女神は白き龍を、男神は黒き龍を遣わし、争う事になったのです。

 二匹の龍の戦いは七日七晩続き、ついに白き龍が黒き龍を打ち負かしました。

 こうして地上は女神のものとなり、光を浴びて草木が満ち溢れ、人々が暮らす楽園となりました。めでたしめでたし ―――



「…と言うはなしだけど、実はこれには続きがあるの」

 御伽噺を終えたフランシーヌ様は目を開き、立てた人差し指を前後に揺らしながら、説教するように続ける。

「白き龍に打ち負かされた黒き龍は、深手を負いながらも地面に穴を掘り、大地に逃げ込んだの。黒き龍が掘った穴は瘴気に犯され、闇の世界となった。…それが『孔』の由来よ。
 一方、白き龍も深手を負い、女神の許へ戻る事はできなかった。空へと飛び立つ事ができなくなった白き龍は地上で息絶え、やがてその体から私達人族や、動物、植物が生まれ、世界が形作られたの。自らの命と引き換えに世界を作った白き龍は『聖龍』と呼ばれ、『孔』を作った黒き龍は『邪龍』と呼ばれるようになった。争いに負けた男神はくらいが下がって『冥王』となり、大地に閉じ籠るようになったわ。
 こうして世界に生き物が溢れるようになったのだけど、本来生き物が死ぬと天に召されるはずなのに、たまに『孔』に吸い込まれてしまう魂があるの。『孔』に吸い込まれた魂は黒き龍が放つ瘴気を浴びてアンデッドと化し、『孔』から這い出てくる。生を終えた聖龍とは異なり、邪龍は傷つきながらも未だ健在で、止まらない血のように瘴気を放ちながらアンデッドを使役し、『孔』の中から虎視眈々と地上を狙っていると言われているわ」
「御伽噺の裏に、そんな真相があったんですね…」

 私は、民間にも広く親しまれる伝承に隠された意外な事実を知り、思わず感嘆の声を上げる。私と並んで話を聞いていた坊ちゃんが、口を挟んだ。

「フランシーヌ様、不死王ノーライフキング魂喰らいソウル・イーターは何者ですか?何故、聖女だけが対抗できるのでしょうか」

 坊ちゃんの質問に、フランシーヌ様は厳しい表情で答える。

「魂が持つ力には強弱があって、弱い魂は瘴気を浴びるとレイス等の低位のアンデッドになるのだけれど、強い魂はその分高位のアンデッドとして蘇るわ。その最強の一角が、魂喰らいソウル・イーターなの。一方、不死王ノーライフキング魂喰らいソウル・イーター以下のアンデッドとは全く異なる存在で、『孔』に潜った邪龍が自らの魂を飛ばし、強い魂の持ち主に憑依して分身として操っていると言われているわ。元々が強者なのに邪龍の力で底上げされているから、魂喰らいソウル・イーターとは比較にならないほどの強敵よ。
 それに対し聖龍を失った私達は明らかに力不足だけど、人が一生を終えて天に召された魂が再び地上に戻って生まれ変わる際、世界に散らばった聖龍の魂の欠片を取り込んで生まれる事があるの。私達は、この聖龍の魂の欠片を頼りに、女神様から聖気と呼ばれる力を借りて、アンデッドに対抗しているの。その中でも、聖女は際立って多くの聖龍の魂を取り込んで生まれた者。その分聖龍に近い力を発揮できるから、カサンドラ姉様は帝国で唯一、魂喰らいソウル・イーターに対抗できているの」
「…つまり、カサンドラ様でも、不死王ノーライフキングには太刀打ちできないと?」
「…ええ、おそらくは…」

 坊ちゃんの指摘にフランシーヌ様は表情を曇らせ、唇を噛む。

「未だカサンドラ姉様は不死王ノーライフキングにまみえた事はないけれど、魂喰らいソウル・イーターを辛うじて上回る程度の力では、とてもじゃないけど相手にならない。姉様には申し訳ないけど、不死王ノーライフキングに敗れてアンデッド化しないよう、逃げ回って欲しいと思っているわ。
 幸い、不死王ノーライフキングが『孔』から遠く離れて侵攻して来る事は稀で、最後に帝国への侵攻が確認されたのは30年以上前。その時は帝国中の兵力を搔き集め、当時の聖女や帝国唯一のS級ハンターチームをはじめする多大な犠牲を払って、やっとの事で追い返したと聞いているわ」
「…まさか、それが…私のお祖母ちゃん…ですか?」
「…ええ、その通りよ…」

 絶句する私を、フランシーヌ様が痛ましい表情で見つめる。

「あなたのお祖母様達は『暁の光ライジング・サン』を名乗り、人々は『あかつきの五人』と呼んでいたそうよ。彼らは不死王ノーライフキング侵攻を聞いて皇帝の許へ馳せ参じ、選りすぐった2,000名の強者と共に不死王ノーライフキングを迎え撃ったの。…だけど、その結果は、相討ちとは到底言えないほどの、凄惨なものだったわ。
 迎撃に向かった者達からの連絡が途絶えて1週間が経ち、救援に向かった騎士達が目にしたものは、夕日を浴びて橙色に照らされた大地に横たわるおびただしい数の遺体と、アンデッド化して徘徊するかつての仲間達だった。騎士達は涙を呑んでかつての仲間を斃しながら生存者を探し回ったけど、ただの一人も見つけ出す事ができなかった。救援軍はアンデッドを討伐し終えると遺体を丁重に埋葬し、彼らの遺品を持ち帰ると、遺族に引き渡した。多分、そうやってリュシーさんの短剣も、あなたのお父様の手に渡ったのだと思う。人々は迎撃した人達の死を悼み、あなたのお祖母様達はその象徴として『黄昏の五人』と呼ばれるようになったの」
「黄昏の五人…」

 私は、フランシーヌ様が発した言葉を、うわ言のように呟く。

 なんと寂しい言葉だろう。同じ太陽を背にした言葉なのに、希望と飛躍と喜びを願ってつけた言葉が、終焉と悲しみと諦めへと変じている。私の瞼の裏に、眩い朝日を背にして私達に笑顔を浮かべている五人と、沈みゆく夕日と共に私達に背を向けて遠ざかる五人の、対照的な姿が浮かび上がった。私は、お祖母ちゃんや2,000もの人々が抱いたであろうあまりの無念さに、胸が締め付けられる。フランシーヌ様が私の手を取り、訴えるように言葉を続けた。

「2,000名ものとうとい犠牲を払った不死王ノーライフキングとの戦いが如何なる結末を迎えたかはわかっていないけど、侵攻の意図を挫く事には成功したようで、不死王ノーライフキングは『孔』へと引き返し、以後30年以上沈黙を守っているわ。けれど、あの時の戦いで亡くなった魂から新たに三体の魂喰らいソウル・イーターが生まれ、大陸北部を荒らしまわっている。魂喰らいソウル・イーターの討伐は新たな犠牲を防ぐだけでなく、あの時の戦いで命を落としたばかりか、魂喰らいソウル・イーターに堕ちてしまった魂の供養でもあるの。リュシーさん、どうかあと一人、『女帝エンプレス』になってしまった魂を、あなたのその力で救ってあげて下さい」
「はい、フランシーヌ様。及ばずながら、お手伝いさせていただきます」

 私は、縋るような目を向けるフランシーヌ様の手を握り、力強く頷きを返す。

 ラシュレー領の外に出た事がなく、無縁と思っていたアンデッドとの戦いが、突然お祖母ちゃんや数多くの人々への弔いへと繋がった。扱いの難しい、ピーキーな私の力だけど、そんな私にしか出来ない事がこれから向かう場所には存在している。私は決意を新たにし、馬車に揺られながらリアンジュの砦へと向かった。
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