失われた右腕と希望の先に

瑪瑙 鼎

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第13章 忘恩の徒

254:予言

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「え、ロザリア様が!?」

 アデーレの口から飛び出した予想外の出来事に、レティシアが思わず腰を浮かせる。美香はそのレティシアの姿に目を向けた後、アデーレへと転じて尋ねた。

「お母さん、ロザリア様は、これまでにもその様な呼び掛けをされた事はありましたか?」
「あるわけがないじゃないの、ミカさん。昨年あなた達がロザリア様から聖言を賜ったのも、にわかには信じられない事であって、あの破局の最中だったからこそ受け入れられたのよ?今大聖堂は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているわ」
「…シュウヤ殿絡みかしら?」
「…多分そうじゃないかな。ロザリア様は、先輩以外には反応しないはずだから」
「え?ミカさん、それってどういう事?」

 二人の会話を耳にしたアデーレが目を瞬かせ、美香が掻い摘んで説明する。

「実はロザリア様は、この世界に住む人々には一切反応しません。ロザリア様とコンタクトを取れるのは、先輩…柊也さんただ一人です」
「え?な、何故!?」
「先輩は、私達人族とは異なる、人類という種族になります。そして、ロザリア様とコンタクトを取る条件が、『人類である事』だからです」
「そういう点で言えば、彼こそが本当の『ロザリア様の御使い』って事になるわね」
「…」

 美香のレティシアの説明を聞いたアデーレと秘書官は、呆然とした表情を浮かべる。やがて秘書官がある事に気づき、恐る恐る尋ねた。

「…もし、シュウヤ殿が居なくなったら、ロザリア様はもう…」
「はい。二度と目覚めないでしょう」
「…いや、でも、シュウヤ殿にお子さんが居れば、その方が…」
「いいえ。人類と人族の間に生まれた子供は、人族になります。彼が最後の人類です」
「そんな…」

 美香の無情な答えを聞き、秘書官ががっくりと項垂れる。静まり返った空間を叩き起こすかのように、アデーレの手を叩く音が鳴り響いた。

「ハイハイ!そんな事でクヨクヨしない!元々シュウヤ殿はこの世界に居なかったわけだし、奇跡の瞬間に立ち会えて良かったと、割り切りましょう!」
「流石、お母さん。清々しいまでの竹の割り方ですね」
「こんな事でクヨクヨしていたら、あの人なんて捕まえられなかったわよ」
「どんだけ詰め寄ったんですか…」

 思わず呆れた表情を浮かべる美香の視線の先で、アデーレが茶目っ気たっぷりに片目を閉じ、微笑んだ。



 ***

 司教に連れられ、美香達が大聖堂の中へと進んで行くと、フリッツ達と話を交わしていた枢機卿の一人が美香の姿を認め、声を上げた。

「陛下!こちらです!」
「お待たせしました、猊下」
「いえ!こちらこそ、突然の事で申し訳ございません!」

 美香と枢機卿の二人は、恐縮した様子で互いに頭を下げる。一通り会釈合戦が済んだところで美香は頭を上げ、事の顛末を尋ねた。

「それで猊下、一体何がございましたか?」
「はい!実は昼のお清めの際、突然ロザリア様がお目覚めになり、陛下とお話をなさりたいと申し出になられまして…この様な事は開闢以来、初めての出来事でございます!」

 そう答えた枢機卿は未だ興奮が冷めやらず、一語々々言葉を発するたびに顎ががくがくと鳴っている。

「それで、陛下をお呼びする旨申し伝えましたところ、3時間後に再びお目覚めになるとの御言葉の後、お休みになられました!」
「畏まりました。お呼びいただき、感謝申し上げます」

 身振り手振りを加え、わたわたと説明する枢機卿に美香は頭を下げると、フリッツへと顔を向け、一言口にする。

「…お父さん、皆連れて来ちゃったんですか?」

 フリッツの後ろには総監・局長クラスの高官がずらりと並び、互いに興奮した表情で雑談を交わしている。枢機卿側へと目を転じると、後ろにはこれまた枢機卿・司教クラスがずらりと並び、一心不乱に祈りを唱え、繰り返し胸元で印を切っていた。一同を代表し、フリッツが答える。

「そりゃぁ、この世界が始まって以来の一大事だからな。皆、仕事を放り投げて来ているよ。これでも箝口令を引いて、最小限に抑えているんだぞ」
「まあ、外にバレようものなら、市民達が押し掛けて来かねませんからねぇ…」

 こうして美香達が思い思いに雑談を繰り広げる中、一人の司教が駆け寄り、美香の前で頭を下げる。

「陛下、お待たせいたしました。これよりロザリア様の御座所へと、ご案内させていただきます」



 ***

 フリッツ達は司教に連れられ、部屋に通された途端、皆一斉に呆けた様に口を開けたまま、周囲を見渡してしまった。

 そこは大きな円筒形の、奇怪な部屋だった。部屋はほぼ完全な円を描いており、床から垂直に切り立った壁が、外界からこの空間だけを筒状に切り出したかの様に、天空へと伸びている。壁も床も一面金属めいた物質で覆われており、この世界の建築物で使われる木や石や漆喰は、一切見当たらない。部屋の中には家具は一切置かれておらず、ただ、幾つか壁からせり出した金属質の台座と、入口から反対側の壁一面に広がるパネル、そして周囲の壁に縦横に走る溝だけが、変化を齎していた。

 上を見上げると何処までも垂直な円筒の壁が途中でぷっつりと途絶え、その向こう側に、ようやくこの世界で見慣れた教会のステンドグラスが、垣間見える。フリッツは口を開けたまま真上を眺めた後、隣に佇む美香へと尋ねた。

「…此処が、ロザリア様の御座所なのか?」
「はい、お父さん」

 美香の言葉を聞き、フリッツは再び顔を上げてきょろきょろと周囲を見回すが、ロザリア様のお姿を見つける事ができない。日頃騒々しいテオドールさえも押し黙って皆が同じような動作を繰り返し、やがて何も起きない事に次第に皆が不安を覚え始めた頃、突如、部屋の中に変化が訪れた。

「え!?な、何!?」
「「「何だぁ!?」」」

 アデーレが驚いてフリッツにしがみ付き、フリッツが思わず腰を据え、腰に下げた剣の柄に手を伸ばしてしまう。この異空間を作り出している円筒形の壁に、突然無数の光が浮かび上がる。赤、青、黄、緑、白。様々な色の光が瞬きを繰り返し、壁の溝に沿って縦横無尽に走り出した。

 フリッツ達が動揺を抑えきれず、忙しなく周囲を見渡す中、美香とレティシア、オズワルドとゲルダの四人だけが正面のパネルを注視し、来たるべき時に備える。やがて、壁を走り回る光の中から白色の点だけが中央のパネルへと集合すると、ひと際明るい輝きを放ち、人々の目はその輝きへと吸い込まれた。



『――― え?これ、もう中継繋がっているの?スタジオの古城さぁん、聞こえますかぁ?』



「ちょっと、先輩!いきなり私にしか通じないボケかまさないでよっ!」
「シュウヤ殿…」
「「「ロザリア様っ!」」」

 ロザリア教の関係者は勿論、高官達さえも一斉に跪いて祈りを始める中、美香がパネルに向かって怒鳴り声を上げ、レティシアがこめかみに指を当てて顔を顰める。跪いて聖言を賜るべきか、ロザリア様にツッコミを入れるべきか、人生最大の葛藤を覚えるフリッツの前で、パネル越しの漫才が続く。

『私は今、アメリカのモンタナ州、カエリアの地に来ております。気温はマイナス30℃、あまりの寒さに、この通りバナナで釘が打ててしまいます』
「先輩、余計な事言わないでよっ!先輩の余計な一言が、聖書に記されちゃうんだからぁ!あああっ!みんなタンマ、今のナシで!」
『あ、やっべ』

 正面のパネルがやっちまった感溢れる瞬きを繰り返し、美香が涙目で後ろを振り返って、手帳に一生懸命「バナナ」「釘」と書き込む司教達を抑える。この時遺された「男らしい声」という記録からロザリア男神論が生まれ、後世血みどろの宗教闘争へと発展する事になるが、そんな凄惨な未来を知る由もない美香は何とかその場を収めると、パネルに向かってジト目を向ける。

「…で?先輩、何ですか、この連絡手段は?こんな連絡の取り方があったら、もっと小まめに連絡下さいよ」
『いや、コレ、あくまで管理者権限の中のリモート機能の一つでさ。本来はスマホの様な、通話のために使うものじゃないんだわ』
「あ、そうなんですか?」
『ああ、そっちから呼び出しもできないしね』
「なるほど」

 ロザリアに向かってタメ口を放つ美香の偉大な姿に、枢機卿達が跪いて崇拝の祈りを繰り返す中、正面のパネルが再び輝く。

『…っと、話が脇に逸れちまった』
「初めから前に進んでいませんけどね」

 美香の皮肉に構わずパネルが瞬き、円筒形の部屋の中に男の声が響き渡った。



『――― 5年。5年で、この世界から全ての素質が消える。古城、それまでに中原を纏め、将来に備えろ』
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