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第一章 旅路
養殖場
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「やあ、待たせちゃったかな、って、あれ……」
愛想のいい顔を作りながら部屋のドアを開けると、そこにリリアの姿はなかった。
薄暗い部屋の中に、備え付けのランプだけが煌々と光を放っている。
「おい、リリア?どこに……」
俺はにわかに焦りだした。様々な思案が頭の中を巡ってゆく。
まさか売られることに気付いて逃げ出したのか?宿の主人が通報した?……くそっ、わからない。どうすればいいんだ。
こんな大物逃がしてたまるかよ!
俺はともかくリリアを探しに行こうと、乱暴に部屋のドア開け放った。
すると、ドアの外ににはびっくりした顔のリリアが立っていた。
「あっ!おい、何だよ……一体どこに行ってたんだ……」
張り詰めた緊張が解き放たれ、どっと安堵の波が押し寄せてくる。顔の筋肉がほぐれていくのを感じる。
「ごめんなさい、お兄ちゃんなかなか帰ってこないから心配だったの。何かあったんじゃないかな~って思って」
余程気がかりだったのだろう。涙でウルウルしている。
「バカ!奴らに気付かれたらどうするつもりだったんだ!人間はお前をエルフだと知って見逃してくれるほど甘くないんだぞ!」
直訳するならば 「他の奴らにとられたらどーすんだ!利益も今までの苦労も全部台無しじゃねーか!」 といったところだろう。
だが、心配していたのは確かだし、それはリリアにも伝わっていると思う。
「う、お兄ちゃんだって! なんでリリアのことそんなに心配してくれるの? リリアはエルフでお兄ちゃんは人間なんだよ? リリアと一緒にいたらお兄ちゃんまで危険な目にあっちゃうかもしれないんだよ!?」
つい声を荒げた俺に呼応してしまったのか、リリアも負けじと感情に声を乗せる。
「それは、俺がリリアちゃんを守ってあげたいと思うから……(商品価値的に)」
くそ、恥ずかしいこと言わせやがって。しかもなんだよその沈黙は! 顔赤らめてうつむいてんじゃねーよ。
「……そ、それでだな、偵察の報告をしよう。
収容所は見立て通り、明け方には警戒が弱まるようだ。そこをついて連れ出そう」
とりあえず俺は、この変な気まずさを紛らわすとともに、明日への口実を作ることにした。
「うん……」
そう言ってリリアは小さく首を縦に振った。
「……今日はもう寝よう。明日も早いし」
俺は上着を棚のハンガーに掛け、勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「おやすみ」
その言葉と共にランプを消し、ベッドの中にもぐり込む。
長い一日が終わった。俺はたったの一日でエルフの一家を壊滅させ、大金を得たのだ。言いようのない達成感が俺を包む。
俺はそんな感慨にふけりながら、ごろりと寝返りを打った。
するとふいに、背中に温かいものが触れた。
リリアが俺のベッドに入りこんできているようだ。
「な、おい、どうしたんだよ」
俺は動揺を抑えきれずに言う。
わざわざ気を利かせてツインベッドにしてあげたというのに何で?
「あのね……リリアこわいの。一人はいやなの……だから、おねがい……」
背中に柔らかい胸が当たる。リリアの吐く息が首筋を撫でる。
というか、なんていい匂いがするんだ……。
「な、なぁ、俺は人間だぞ?怖くないのか?」
これはキャラ作りとしてではなく本当に疑問だった。
「ん~ん、こわくないよ。だってね……お兄ちゃんの背中……あったかい」
なんだよそれ……。俺はお前の親の仇だぞ? お前をこれから売るんだぞ? わかってんのかよ? …………。
こういう無邪気な言葉こそ、俺の良心を痛めつける。俺はリリアに悟られないよう、小さく溜め息をついた。
やがて寝付いたのか、後ろからすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その可愛らしい寝息からは、人間味さえ感じさせられる。
いやむしろ、ここまで人間味のある動物などいないだろう。
姿形はもちろんそっくりだ。言語を有し、二本足で歩き、文明を持つ。特徴的な個所を何個か外せば、人間と呼べなくもないかもしれない。
だが獣だ。いかに人間に似せようと、所詮はまがい物に過ぎない。猿やチンパンジーと同じで、人間とは似て非なるものだ。
だから人間はエルフに欲情しないし(まれにそういう変態的趣向の持ち主がいることはいなめないが)、つがいになることもない。
もし、猿やエルフと結婚したなんて輩がいたら、一生笑いものにされ、後ろ指を指されながらみじめに生活することになるだろう。
エルフなど、所詮単なる食材に過ぎないのだ。
だが、そう思ってはいても可愛いものは可愛い。
リリアを見ていると、なんだろう、こう、保護欲? のようなものがにじみ出てくるのだ。
俺は動物に弱いな、と改めて痛感した。
翌朝、俺が目を覚ますと、リリアはすでに起きて身支度を整えていた。
「早いね~まだ4時前だよ」
俺は眠い目をこすりながら、もそもそと着替えを始める。
「ん~っ、早く早くぅ! パパとママ助けてあげなくちゃ」
ピョンピョンとその場でジャンプしながら、俺の着替えを急かすリリア。
あわてて支度を済ませ、寝室の窓を開け放つと、空はまだ濃い青色に包まれていた。
宿のカウンターで朝食のパンとチーズ、干し肉を受け取ると、リリアを連れて宿の外へと向かう。
外に出ると、朝の冷涼な空気が俺たちを包んだ。
横を歩くリリアは意気込んでいるのか、真剣な眼差しだ。いや、単に緊張しているだけかもしれない。
「ねえリリアちゃん、手、つなごっか」
リリアの返事を待たずに俺はリリアの手を取った。柔らかくて、すべすべしている。いい肌だ。
リリアは少し驚いたような顔をして俺を見上げた。その眼には戸惑いが現れている。
俺はそれに微笑んで返答し、再び目的地を目指して歩き始めた。
しばらく、養殖場を目指して石畳の道を歩いていると、リリアがようやく違和感に気付き始めた。
「ね、ねぇ、お兄ちゃん。収容所ってあっちにあるはずじゃ……」
「そうかな~? 俺はこっちだと思うけど」
リリアの手は俺に固く繋がれている。
「おっ、いい匂いだね~、さすがパン屋、朝が早い早い」
リリアは立ち止まろうとするが、俺が強引に歩き続けるので、リリアも半ば無理やり歩かされる形になる。
「ねぇ、ねぇってば!お兄ちゃんどうしたの?リリアをどこに連れてくの?」
俺は今までリリアに見せた中で一番の笑顔を作ると、奥に見える養殖場を指さした。
「え……、イヤ……どうしてっ!?」
どうして、って……なんでそんなことを言わなければならないのだろう。
自分の糧となる動物を殺すたびに、いちいち殺さなければいけない理由を説明しろとでもいうのだろうか。
「あのね、リリアちゃん。俺の村は老人しかいなくてさ」
俺は無知で単純なこの少女に、気まぐれで説明をしてあげることにした。
依然、歩みは止めない。
「何の特産物もない、閉鎖的なさびれた村だったんだ」
リリアは不安と焦りで息を乱しながら俺の話を聞いている。
「国はついに村を見捨てた。まぁ、国益にはつながらないし、当然かもしれない。そして肉の配給が止まった。そうだ、エルフ肉の配給がな!!」
俺はついに声を荒げる。
「これがどういうことかわかるか? そうだよ、死ぬんだよ! だってそうだろ?俺たち人間は毎日エルフの肉を107グラム以上摂取し続けないと死んでしまうんだからなぁ!」
リリアは目を見開いて唖然としている。本当に何も知らないんだな。幸せな奴め。
「だからね、俺には金が要るんだよ、小規模でもいい、村にエルフの養殖場を作り、永続的にエルフの肉を供給できるようにするためになァ!」
リリアはただ怯えていた。口を開き、何かを言おうとしているが、恐怖で出てこないのだろう、「ァ、ァ」と、かすれた音だけをかろうじて発している。
「それには金貨250枚は要る。そしてお前を売れば300枚だ」
そして俺はリリアを半ば引きずりながら、牧場に隣接した養殖場に辿り着いた。
「遅い! 1時間遅刻!」
ロメリはすでに、レンガ造りのこの養殖場の、分厚い鉄扉を開けて俺のことを待っていた。
入口にもたれ、腕組みをしながら怒気のこもった表情で俺のことを睨む。
「待て待て、時刻を詳しく指定した覚えはないぞ!?」
俺はあわてて弁明する。
「うるさいわね、私が来た時間が待ち合わせ時間なの!当然でしょ?」
ここまで堂々と言われると、こっちが間違っているような気がしてくるから不思議だ。
「まあ、その謎理論はともかく、お前がこんなに朝早いとは思ってなかったぜ。お前、意外と凄いんだな」
「フフン、そうよ、早寝早起きが美容健康の秘訣だもの」
そう言ってロメリは鼻高々に笑う。どうやら怒りはどこかに吹き飛んだようだ。
ちょろいな、と俺は内心鼻で笑った。
ドシンという音と共にきゃあ、という短い悲鳴が聞こえた。
俺がリリアを投げ込んだからだ。
養殖場の中には、木組みで等間隔に区切られたスペースがいくつもあり、その中にはブクブクに肥えたエルフたちが所狭しと並んでいた。
その壮絶な風景と、パンチの効いた悪臭で、思わず消化物をぶちまけそうになる。
養殖場で生まれ、養殖場で育った彼らは言葉を知らず、嘆きのように奏でるブモォブモォという鳴き声が、俺にはとても哀れに思えた。
「でさぁ、ロメリ。この子、何に使うわけ?ここのブタエルフと一緒に肉にしちまうの?」
どうせ売るにしても、使い方くらいは興味がある。
「そんなもったいない使い方しないわ。養殖物と天然物は価値も味も段違いよ。たんに肉として太らせるなんて、そんなバカなこと出来ないわよ」
「肉にしないなら、それこそ何に使うんだ?」
一狩人の脳みそでは、捕まえた獲物なんて肉にして食うくらいの考え方しか出来ない。
「この子は交配に使うわ。子供を産ませるのよ。養殖エルフ同士で交配させてもいいんだけど、だんだん味も落ちてくし、ビオロシンの含有量も減っていくの。だから定期的に天然の血を混ぜなきゃいけないのよ」
ビオロシン、というのはエルフ肉に含まれる「人間が摂取し続けなければいけない成分」
のことだ。
含有値は、養殖場の規模や仕入れ状況で多少は変動するものの、国が規定する最低含有量、23ミリグラムに達していれば、それは生存用エルフ肉として流通させることが可能だ。
ちなみに、23ミリグラムのビオロシンが含まれる肉の下限値が107グラム、であり、それ以下の肉片は販売、配給を行うことができない。
つまり、107グラム以上の肉であれば、どんなに含有量の減ったエルフ肉でも、生存に必要な1日の下限値、23ミリグラムを摂取することができるという訳だ。
「成程、要は空気の入れ替えみたいなもんだな!」
「うん、まあ間違ってはないわね。こうやって天然物との交配を多くすればするほど、良質なお肉ができるってわけ。もっとも、天然物のエルフはすでに国有化されているから容易には手が出せないんだけどね」
「だから俺みたいな密猟者から安く買う必要があるってことだな!」
俺はわざと、「安く」の部分を強調させてみたが、ロメリが意に介する様子はなかった。
「そうね、国から公式に販売されてるエルフなんて、高すぎてたまったもんじゃないわ。畜産省の人間も、天然エルフたちももう少し私の懐事情を考慮して生活してほしいものね」
ロメリは呆れた様子で、やれやれと肩をすくめた。
「だ、そうだよリリアちゃん」
俺はそう言って、先ほどから沈黙しているリリアの方を見る。
いや、沈黙しているのも当然で、この幼気な天然エルフの少女は口元に猿ぐつわをはめられ、柱に縛り付けられている。
俺が先程リリアを投げ込んだ場所は、天然エルフ用の特別スペースである。
養殖物のエルフと違って知性持つ天然エルフは、養殖物と同じところに入れておくわけにはいかない。逃げられてしまうし、襲われる心配だってある。
リリアを入れるスペースは、天井までを木組みの柵で囲い切り、決して抜け出せないようになっている。まるで牢獄だ。
つい先日までは別の天然物がここに入っていたのだという。
リリアは目頭に涙を溜め、ん~っ、ん~っ、と何かを訴えようとしている。俺は中腰になって檻の中のリリアに視線を合わせると、目を綻ばせ、愛想よく手を振った。
「女の子はね、子供を産むのが仕事なんだ。だからその責務は果たさなきゃいけないよね」
俺は柵の間から手を伸ばすと、リリアの顔を、真横にある種用の未去勢雄エルフのブースに向けさせた。
「ほぅら、男の子がいっぱい。この子らだって自分の子供が欲しいよねぇ、リリアちゃん。……クク、そうだよ、お前がママになるんだよォ!!フヒャハハァ!」
種雄ブースでは発情期真っ盛りの雄が鼻息を荒げている。
「ほら、こいつなんてどうだ?」
そう言って俺は柵越しに、「01」と肩に焼印を押されたエルフの首を持つと、ほれほれ、とリリアのいるブースの檻に顔を押し付ける。
リリアは嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
「おいロメリ、この01番、名前何て言うんだ?」
「え、名前?そんなものないわ。別につける必要もないじゃない、識別できれば問題ないし」
「んだよぉー、思いやりがねぇーなぁー、もー。じゃあ俺が名付け親になってやるよ。どうだお前たち、喜べ!」
俺は両手を広げ、エルフの塊に向けてアピールする。
「……そんでもってこいつはツヴァイ、こいつはドライ、あの子はフィーア。フフフ、いい名前だろ」
「呆れた、番号順に言い換えてるだけじゃない」
ロメリは俺の行動を冷ややかな眼差しで見つめている。
「……全く、可哀そうだからあんまりいじめてあげないでよ。この子たちだって生きてるんだから」
ロメリは俺にそう釘をさすと、用事があるからといって先に外に出て行ってしまった。
確かに今の俺はちょっと浮かれているかもしれない。だが俺は、そんなロメリの忠告にも耳を貸さず、今まで言えずにもどかしかったものをぶちまけ始めた。
「リリアちゃんさぁ、馬鹿すぎなんだよね、本当に。そんな都合よく親探ししてくれる人間なんている訳ねーだろが。しかもエルフなんかのさぁ」
リリアはうつむきながら、口を固く結んで泣いている。よほど悔しいのだろう、憎いのだろう。俺は最低だ。虫をいたぶる子供と同じだ。でも言わずにはいられない。今まで我慢してきたんだ、ちょっとくらい、罰は当たらんよ。
「って、何?俺はエルフに命を救われたことがあるのでは?うんうんあるよ、ありまくるよ、そう毎日な!テメェらエルフの肉を食うことで生き続けることができてんだからなぁ!エルフは命の恩人だよ。って、人ではないから恩獣か!ハハァ」
01番の頭をいじくり回しながら俺は、リリアに歪んだ笑みを浮かべる。
「まぁがんばりな、ココの子達も悪いやつらじゃないと思うぜ?異性との素敵な出会いを提供した俺に感謝止まらない?いい恩返しだろ、いっぱいエッチもできるんだからさぁ!」
俺はここでふと、あることに気付く。
そして、俺はずずっと鼻水を啜った。ぽたぽたと流れ落ちた水滴が、床に敷かれたワラを濡らす。
俺は、泣いていた。
違う、情など微塵も残ってない。未練が湧いたわけでもない。ただ……。
「……なあ、そんな目でこっちを見るなよ、俺が悪いやつみたいじゃんか。俺だってなあ、生活のために仕方なくやってるんだ。好きでやってるわけじゃないんだ!だからさぁ……しかたないんだよっっっ!」
俺は吐き出すように言う。俺の叫び声はエルフの鳴き声と共に、養殖場の壁に反響し、俺の元へと帰って来た。
さて、こんなもんか。
俺はリリアを悲哀に満ちた顔で一瞥すると、養殖場を後にした。
愛想のいい顔を作りながら部屋のドアを開けると、そこにリリアの姿はなかった。
薄暗い部屋の中に、備え付けのランプだけが煌々と光を放っている。
「おい、リリア?どこに……」
俺はにわかに焦りだした。様々な思案が頭の中を巡ってゆく。
まさか売られることに気付いて逃げ出したのか?宿の主人が通報した?……くそっ、わからない。どうすればいいんだ。
こんな大物逃がしてたまるかよ!
俺はともかくリリアを探しに行こうと、乱暴に部屋のドア開け放った。
すると、ドアの外ににはびっくりした顔のリリアが立っていた。
「あっ!おい、何だよ……一体どこに行ってたんだ……」
張り詰めた緊張が解き放たれ、どっと安堵の波が押し寄せてくる。顔の筋肉がほぐれていくのを感じる。
「ごめんなさい、お兄ちゃんなかなか帰ってこないから心配だったの。何かあったんじゃないかな~って思って」
余程気がかりだったのだろう。涙でウルウルしている。
「バカ!奴らに気付かれたらどうするつもりだったんだ!人間はお前をエルフだと知って見逃してくれるほど甘くないんだぞ!」
直訳するならば 「他の奴らにとられたらどーすんだ!利益も今までの苦労も全部台無しじゃねーか!」 といったところだろう。
だが、心配していたのは確かだし、それはリリアにも伝わっていると思う。
「う、お兄ちゃんだって! なんでリリアのことそんなに心配してくれるの? リリアはエルフでお兄ちゃんは人間なんだよ? リリアと一緒にいたらお兄ちゃんまで危険な目にあっちゃうかもしれないんだよ!?」
つい声を荒げた俺に呼応してしまったのか、リリアも負けじと感情に声を乗せる。
「それは、俺がリリアちゃんを守ってあげたいと思うから……(商品価値的に)」
くそ、恥ずかしいこと言わせやがって。しかもなんだよその沈黙は! 顔赤らめてうつむいてんじゃねーよ。
「……そ、それでだな、偵察の報告をしよう。
収容所は見立て通り、明け方には警戒が弱まるようだ。そこをついて連れ出そう」
とりあえず俺は、この変な気まずさを紛らわすとともに、明日への口実を作ることにした。
「うん……」
そう言ってリリアは小さく首を縦に振った。
「……今日はもう寝よう。明日も早いし」
俺は上着を棚のハンガーに掛け、勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「おやすみ」
その言葉と共にランプを消し、ベッドの中にもぐり込む。
長い一日が終わった。俺はたったの一日でエルフの一家を壊滅させ、大金を得たのだ。言いようのない達成感が俺を包む。
俺はそんな感慨にふけりながら、ごろりと寝返りを打った。
するとふいに、背中に温かいものが触れた。
リリアが俺のベッドに入りこんできているようだ。
「な、おい、どうしたんだよ」
俺は動揺を抑えきれずに言う。
わざわざ気を利かせてツインベッドにしてあげたというのに何で?
「あのね……リリアこわいの。一人はいやなの……だから、おねがい……」
背中に柔らかい胸が当たる。リリアの吐く息が首筋を撫でる。
というか、なんていい匂いがするんだ……。
「な、なぁ、俺は人間だぞ?怖くないのか?」
これはキャラ作りとしてではなく本当に疑問だった。
「ん~ん、こわくないよ。だってね……お兄ちゃんの背中……あったかい」
なんだよそれ……。俺はお前の親の仇だぞ? お前をこれから売るんだぞ? わかってんのかよ? …………。
こういう無邪気な言葉こそ、俺の良心を痛めつける。俺はリリアに悟られないよう、小さく溜め息をついた。
やがて寝付いたのか、後ろからすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その可愛らしい寝息からは、人間味さえ感じさせられる。
いやむしろ、ここまで人間味のある動物などいないだろう。
姿形はもちろんそっくりだ。言語を有し、二本足で歩き、文明を持つ。特徴的な個所を何個か外せば、人間と呼べなくもないかもしれない。
だが獣だ。いかに人間に似せようと、所詮はまがい物に過ぎない。猿やチンパンジーと同じで、人間とは似て非なるものだ。
だから人間はエルフに欲情しないし(まれにそういう変態的趣向の持ち主がいることはいなめないが)、つがいになることもない。
もし、猿やエルフと結婚したなんて輩がいたら、一生笑いものにされ、後ろ指を指されながらみじめに生活することになるだろう。
エルフなど、所詮単なる食材に過ぎないのだ。
だが、そう思ってはいても可愛いものは可愛い。
リリアを見ていると、なんだろう、こう、保護欲? のようなものがにじみ出てくるのだ。
俺は動物に弱いな、と改めて痛感した。
翌朝、俺が目を覚ますと、リリアはすでに起きて身支度を整えていた。
「早いね~まだ4時前だよ」
俺は眠い目をこすりながら、もそもそと着替えを始める。
「ん~っ、早く早くぅ! パパとママ助けてあげなくちゃ」
ピョンピョンとその場でジャンプしながら、俺の着替えを急かすリリア。
あわてて支度を済ませ、寝室の窓を開け放つと、空はまだ濃い青色に包まれていた。
宿のカウンターで朝食のパンとチーズ、干し肉を受け取ると、リリアを連れて宿の外へと向かう。
外に出ると、朝の冷涼な空気が俺たちを包んだ。
横を歩くリリアは意気込んでいるのか、真剣な眼差しだ。いや、単に緊張しているだけかもしれない。
「ねえリリアちゃん、手、つなごっか」
リリアの返事を待たずに俺はリリアの手を取った。柔らかくて、すべすべしている。いい肌だ。
リリアは少し驚いたような顔をして俺を見上げた。その眼には戸惑いが現れている。
俺はそれに微笑んで返答し、再び目的地を目指して歩き始めた。
しばらく、養殖場を目指して石畳の道を歩いていると、リリアがようやく違和感に気付き始めた。
「ね、ねぇ、お兄ちゃん。収容所ってあっちにあるはずじゃ……」
「そうかな~? 俺はこっちだと思うけど」
リリアの手は俺に固く繋がれている。
「おっ、いい匂いだね~、さすがパン屋、朝が早い早い」
リリアは立ち止まろうとするが、俺が強引に歩き続けるので、リリアも半ば無理やり歩かされる形になる。
「ねぇ、ねぇってば!お兄ちゃんどうしたの?リリアをどこに連れてくの?」
俺は今までリリアに見せた中で一番の笑顔を作ると、奥に見える養殖場を指さした。
「え……、イヤ……どうしてっ!?」
どうして、って……なんでそんなことを言わなければならないのだろう。
自分の糧となる動物を殺すたびに、いちいち殺さなければいけない理由を説明しろとでもいうのだろうか。
「あのね、リリアちゃん。俺の村は老人しかいなくてさ」
俺は無知で単純なこの少女に、気まぐれで説明をしてあげることにした。
依然、歩みは止めない。
「何の特産物もない、閉鎖的なさびれた村だったんだ」
リリアは不安と焦りで息を乱しながら俺の話を聞いている。
「国はついに村を見捨てた。まぁ、国益にはつながらないし、当然かもしれない。そして肉の配給が止まった。そうだ、エルフ肉の配給がな!!」
俺はついに声を荒げる。
「これがどういうことかわかるか? そうだよ、死ぬんだよ! だってそうだろ?俺たち人間は毎日エルフの肉を107グラム以上摂取し続けないと死んでしまうんだからなぁ!」
リリアは目を見開いて唖然としている。本当に何も知らないんだな。幸せな奴め。
「だからね、俺には金が要るんだよ、小規模でもいい、村にエルフの養殖場を作り、永続的にエルフの肉を供給できるようにするためになァ!」
リリアはただ怯えていた。口を開き、何かを言おうとしているが、恐怖で出てこないのだろう、「ァ、ァ」と、かすれた音だけをかろうじて発している。
「それには金貨250枚は要る。そしてお前を売れば300枚だ」
そして俺はリリアを半ば引きずりながら、牧場に隣接した養殖場に辿り着いた。
「遅い! 1時間遅刻!」
ロメリはすでに、レンガ造りのこの養殖場の、分厚い鉄扉を開けて俺のことを待っていた。
入口にもたれ、腕組みをしながら怒気のこもった表情で俺のことを睨む。
「待て待て、時刻を詳しく指定した覚えはないぞ!?」
俺はあわてて弁明する。
「うるさいわね、私が来た時間が待ち合わせ時間なの!当然でしょ?」
ここまで堂々と言われると、こっちが間違っているような気がしてくるから不思議だ。
「まあ、その謎理論はともかく、お前がこんなに朝早いとは思ってなかったぜ。お前、意外と凄いんだな」
「フフン、そうよ、早寝早起きが美容健康の秘訣だもの」
そう言ってロメリは鼻高々に笑う。どうやら怒りはどこかに吹き飛んだようだ。
ちょろいな、と俺は内心鼻で笑った。
ドシンという音と共にきゃあ、という短い悲鳴が聞こえた。
俺がリリアを投げ込んだからだ。
養殖場の中には、木組みで等間隔に区切られたスペースがいくつもあり、その中にはブクブクに肥えたエルフたちが所狭しと並んでいた。
その壮絶な風景と、パンチの効いた悪臭で、思わず消化物をぶちまけそうになる。
養殖場で生まれ、養殖場で育った彼らは言葉を知らず、嘆きのように奏でるブモォブモォという鳴き声が、俺にはとても哀れに思えた。
「でさぁ、ロメリ。この子、何に使うわけ?ここのブタエルフと一緒に肉にしちまうの?」
どうせ売るにしても、使い方くらいは興味がある。
「そんなもったいない使い方しないわ。養殖物と天然物は価値も味も段違いよ。たんに肉として太らせるなんて、そんなバカなこと出来ないわよ」
「肉にしないなら、それこそ何に使うんだ?」
一狩人の脳みそでは、捕まえた獲物なんて肉にして食うくらいの考え方しか出来ない。
「この子は交配に使うわ。子供を産ませるのよ。養殖エルフ同士で交配させてもいいんだけど、だんだん味も落ちてくし、ビオロシンの含有量も減っていくの。だから定期的に天然の血を混ぜなきゃいけないのよ」
ビオロシン、というのはエルフ肉に含まれる「人間が摂取し続けなければいけない成分」
のことだ。
含有値は、養殖場の規模や仕入れ状況で多少は変動するものの、国が規定する最低含有量、23ミリグラムに達していれば、それは生存用エルフ肉として流通させることが可能だ。
ちなみに、23ミリグラムのビオロシンが含まれる肉の下限値が107グラム、であり、それ以下の肉片は販売、配給を行うことができない。
つまり、107グラム以上の肉であれば、どんなに含有量の減ったエルフ肉でも、生存に必要な1日の下限値、23ミリグラムを摂取することができるという訳だ。
「成程、要は空気の入れ替えみたいなもんだな!」
「うん、まあ間違ってはないわね。こうやって天然物との交配を多くすればするほど、良質なお肉ができるってわけ。もっとも、天然物のエルフはすでに国有化されているから容易には手が出せないんだけどね」
「だから俺みたいな密猟者から安く買う必要があるってことだな!」
俺はわざと、「安く」の部分を強調させてみたが、ロメリが意に介する様子はなかった。
「そうね、国から公式に販売されてるエルフなんて、高すぎてたまったもんじゃないわ。畜産省の人間も、天然エルフたちももう少し私の懐事情を考慮して生活してほしいものね」
ロメリは呆れた様子で、やれやれと肩をすくめた。
「だ、そうだよリリアちゃん」
俺はそう言って、先ほどから沈黙しているリリアの方を見る。
いや、沈黙しているのも当然で、この幼気な天然エルフの少女は口元に猿ぐつわをはめられ、柱に縛り付けられている。
俺が先程リリアを投げ込んだ場所は、天然エルフ用の特別スペースである。
養殖物のエルフと違って知性持つ天然エルフは、養殖物と同じところに入れておくわけにはいかない。逃げられてしまうし、襲われる心配だってある。
リリアを入れるスペースは、天井までを木組みの柵で囲い切り、決して抜け出せないようになっている。まるで牢獄だ。
つい先日までは別の天然物がここに入っていたのだという。
リリアは目頭に涙を溜め、ん~っ、ん~っ、と何かを訴えようとしている。俺は中腰になって檻の中のリリアに視線を合わせると、目を綻ばせ、愛想よく手を振った。
「女の子はね、子供を産むのが仕事なんだ。だからその責務は果たさなきゃいけないよね」
俺は柵の間から手を伸ばすと、リリアの顔を、真横にある種用の未去勢雄エルフのブースに向けさせた。
「ほぅら、男の子がいっぱい。この子らだって自分の子供が欲しいよねぇ、リリアちゃん。……クク、そうだよ、お前がママになるんだよォ!!フヒャハハァ!」
種雄ブースでは発情期真っ盛りの雄が鼻息を荒げている。
「ほら、こいつなんてどうだ?」
そう言って俺は柵越しに、「01」と肩に焼印を押されたエルフの首を持つと、ほれほれ、とリリアのいるブースの檻に顔を押し付ける。
リリアは嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
「おいロメリ、この01番、名前何て言うんだ?」
「え、名前?そんなものないわ。別につける必要もないじゃない、識別できれば問題ないし」
「んだよぉー、思いやりがねぇーなぁー、もー。じゃあ俺が名付け親になってやるよ。どうだお前たち、喜べ!」
俺は両手を広げ、エルフの塊に向けてアピールする。
「……そんでもってこいつはツヴァイ、こいつはドライ、あの子はフィーア。フフフ、いい名前だろ」
「呆れた、番号順に言い換えてるだけじゃない」
ロメリは俺の行動を冷ややかな眼差しで見つめている。
「……全く、可哀そうだからあんまりいじめてあげないでよ。この子たちだって生きてるんだから」
ロメリは俺にそう釘をさすと、用事があるからといって先に外に出て行ってしまった。
確かに今の俺はちょっと浮かれているかもしれない。だが俺は、そんなロメリの忠告にも耳を貸さず、今まで言えずにもどかしかったものをぶちまけ始めた。
「リリアちゃんさぁ、馬鹿すぎなんだよね、本当に。そんな都合よく親探ししてくれる人間なんている訳ねーだろが。しかもエルフなんかのさぁ」
リリアはうつむきながら、口を固く結んで泣いている。よほど悔しいのだろう、憎いのだろう。俺は最低だ。虫をいたぶる子供と同じだ。でも言わずにはいられない。今まで我慢してきたんだ、ちょっとくらい、罰は当たらんよ。
「って、何?俺はエルフに命を救われたことがあるのでは?うんうんあるよ、ありまくるよ、そう毎日な!テメェらエルフの肉を食うことで生き続けることができてんだからなぁ!エルフは命の恩人だよ。って、人ではないから恩獣か!ハハァ」
01番の頭をいじくり回しながら俺は、リリアに歪んだ笑みを浮かべる。
「まぁがんばりな、ココの子達も悪いやつらじゃないと思うぜ?異性との素敵な出会いを提供した俺に感謝止まらない?いい恩返しだろ、いっぱいエッチもできるんだからさぁ!」
俺はここでふと、あることに気付く。
そして、俺はずずっと鼻水を啜った。ぽたぽたと流れ落ちた水滴が、床に敷かれたワラを濡らす。
俺は、泣いていた。
違う、情など微塵も残ってない。未練が湧いたわけでもない。ただ……。
「……なあ、そんな目でこっちを見るなよ、俺が悪いやつみたいじゃんか。俺だってなあ、生活のために仕方なくやってるんだ。好きでやってるわけじゃないんだ!だからさぁ……しかたないんだよっっっ!」
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