連れの彼女は高級食材 ~養殖エルフの逆襲~

今井舞馬

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第二章 急変

リリア

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「動くな!」
 鉄扉の外には3人の警官がいた。真ん中の偉そうな奴が書状を突き出し、両側の二人が俺に向けて銃を構えている。
真ん中の奴、どこかで……。
「警察が俺に何か用でも?」
 俺は冷や汗をかきながら、何とか笑顔を向ける。
「監視官から報告があった。エルフの密猟、及び密売の罪でお前を法的に拘束する」
 ベレー帽と灰色のコートがよく似合う真ん中は、これまた偉そうに、サイドの二人に向けてあごで示す。
 サイドの二人は手際よく俺の腕を後ろに回すと、縄できつく縛った。
「ちょっと待って、どこにそんな証拠が!」
 俺は焦っていた。もし本当にバレたのだとすれば死刑は免れない。村に養殖場を作ることなんて不可能になる。
 村に残されているのは、コツコツ節約し、保存していたエルフの干し肉、約一か月分。それが尽きれば全員死亡た。
「証拠か?ほれ」
 真ん中のお偉いさんが指パッチンをすると、養殖場の裏から2人の憲兵が現れた。俺のリュックを持っている。くそ! 宿に置いてきたのがいけなかったか。
「リュックの中にはエルフの血痕があった。そしてお前がこのリュックを背負っているのを街人たちは目撃している」
 何故そんなに捜査が早いんだ?俺はこの街に昨日の夜着いたばかりだぞ!
「やめろ! 来るな! ドントタッチミー!」
 俺の叫びもむなしく、俺は引きずられるようにして監獄へと連れていかれる。
 !! そして俺は気付いた。気付いてしまった。あの、やけに見覚えのある偉そうなおっさんの正体に。
「……父さん? 父さん! 父さんだろ!? ねぇ! こっち向いてよ! なんでこんな所にいるんだ?」
 そう、あれは俺の父親だ。あの深淵を見据えるような眼、ごつごつした拳、独特なリズムの息遣い。全部、思い出した。いくつもの感情が同時に込み上がってくるのを感じる。飽和した胸中を抑え、俺は叫ぶ。
「なんで俺を捕まえるんだ!? 俺はあんたの息子じゃないかッ、なぁ、聞きたいことが山ほどあるんだ! 言いたいことが山ほどあるんだ、こたえてくれよぉっ! なんで、なんで、なんで、なんでッ! 村を捨てて出て行っちゃっただよぉぉっ!」
父親と呼ばれたその男は、部下に任せ、去ろうとしていた足を止める。
 ゆっくりと振り返り、哀愁漂う目でこちらを眺めるとポツリと一言だけ、呟く。

「お前を作ったのは……間違いだった……」

「え? ……あ、がぁ……」
それはたった一言。たった一言で父に存在を否定された無残な息子の言葉だった。ただ、それだけしか感情を音声に変換できなかったのだ。そして俺は、抵抗をあきらめた。

ガチャン、という無機質な音が、薄暗い監獄に響き渡った。
牢の中には、小汚い便器と固い寝台が備え付けられているだけだ。地下牢だからなのか、ピチョンピチョンと上から水滴が垂れている。
俺はその水滴の落下を無気力に眺めながら、小さくため息をついた。
看守は俺に、辞世の句でも考えな、とか言ってどっかに言ってしまった。
口うるさい看守が消えたので今は静かだ。
地下牢を控えめに照らすローソクの灯はよわよわしくゆらめいている。とろとろと蝋が溶け、短くなっていく様は、俺の余生の短さを暗示しているかのようだった。

しかし、何故俺はあんなにも簡単に密猟がばれてしまったのだろうか。
俺が密猟を行っていたのは警察の組織とはかけ離れた森の中だ。密漁監視官には十分に警戒を払っていた。
しかし警察は俺の密猟を暴き、俺が通ったルートも、行く先の街がどこなのかも、更には泊まった宿がどこなのかすらも特定してみせた。こんなの警察のなせる業ではない。
そう、こんなことは不可能なのだ。常に、俺の行動、一挙一動を逐一把握していない限り。ハハ、馬鹿な話だ。
……ん? 監視……。
!いや待てよ、俺がもし常に監視されていたとすれば?
密猟の現場から、エルフの密売を行うに至るまで、常に監視を行っていた存在がいたとしたら?そんなことが出来るのは……。いや、まさかそんな筈は……。
「看守さん、お疲れさま~」
ふいに、上で聞き覚えのある声が聞こえた。カツカツと地下に向けて階段を下る足音
が鳴る。
その人物は機嫌よさげに鼻歌を歌いながら近づいてくる。
そして俺の牢の前で立ち止まるとにっこりと笑った。
豊かな銀髪を腰まで垂らし、白のローブで身を包んだその女の名は―――。
「リリア……ウソ……だろ?」
 俺は反射的にその名を口に出した。どくどくと鼓動が早くなるのを感じる。
「ちょっとぶりだねレイくん」
リリアは中腰になって、垂れた髪の毛を耳にかけ、鉄格子越しに俺に視線を合わせて来た。口調が今までと全然違う。
「お前……さっきまでロメリの養殖場にいただろ、どうしてこんな所にいるんだ?」
 まだ頭の整理がつかない。だが目の前にいるのはまごうことなきリリアだ。やはり俺の仮説は正しかったのだろうか。
「えへへへ、なんでだと思う?」
 リリアはいたずらな笑みを浮かべる。その笑みは今まで俺に見せたものと何ら変わらず、俺は逆にそれが怖かった。
「俺のピンチを悟って駆け付けてくれたんだよな?」
 我ながら何て白々しいのだろう。先ほどまであれだけリリアを罵倒しておいて。
「あはは。面白いねレイ君は。そんな訳ないよ。君の醜態を笑いに来たんだからさ」
 わかってはいても、リリアにそんな訳ないとか言われるとは。結構ショックだ。だってあのリリアだぜ?
「じゃあやっぱりお前が……」
「そうだよ、私が密猟監視官。まあ、まさかエルフがそうだとは思わないよね」
 説明するリリアは実に楽しそうだ。
「まじかよ……、今までの会話も態度も全部嘘だったってことだろ?」
「ん~?そんなことないよ、だって揚げパンは本当に食べたかったんだもん」
 自分の言ったことにツボったのか、ケタケタと腹を抱えて笑っている。
俺は平静を装ってはいるが、実際は、もうどうにかなってしまいそうだ。
 父が警察で、リリアが密猟監視官で、もう何がどうなのか理解できない。
「まいったな……、じゃあ、あのエルフ2匹は君の親じゃないってことか?」
「そうだよ~、あれはね、餌なんだよ、密猟者を釣るためのね。あの2匹はね、罪付きのエルフだったんだ。人間に反逆し、罪を犯したエルフ。罪付きのエルフは食用にはできない決まりだから、ああゆう風に有効活用するんだよ」
 リリアの表情が少し曇った。同じエルフとしてあまり気分がいいものではないのだろう。
「なるほど、でもわざわざ演技してまで無知なエルフの少女をふるまい続けたのはなんでだ? 普通にその場で俺を殺すなり、捕まえるなりすればよかったんじゃ?」
「あのね?あんな深い森の奥から人間一人持ち帰るのはすごい大変なんだよ。それにレイ君がどこに肉を密売するのか知りたかったから、レイ君自身に歩いてもらったって訳」
 驚いた、自分の足で自らを持ち運ばされていたのはリリアではなく俺だったとは。
「じゃあ昨日の夜、俺が偵察から帰ってきた時、宿にいなかったのは?」
「当然尾行していたからよ」
 リリアは何の躊躇いもなく答える。
「エルフのくせに異様に足が速かったのは?」
「監視官だから」
「俺のベッドに潜り込んできたのは!」
半ばヤケクソだった。
「あはは、キャラ作りに決まってるじゃない、ドキドキした?」
「お前は最低だな」
「レイ君にだけは言われたくないです」
 ぐぅ正論。
「あっ、お前、俺の涙返せよ。これでも俺は心苦しかったんだぞ!」
 どうだ、少しは心にくるものがあるんじゃないのか?俺は、良心と常に戦っていたんだよ。
 俺は悲しそうな顔を装いつつリリアのッ上に訴える。
「冗談よしてよ~。だってあれは、外でこっそりレイ君と私のやりとりを聞いていたロメリちゃんにアピールしてただけなんでしょ?」
 ……正解だ。何故なら俺はロメリのことが、その、……好きだからだ。
こんな腐れエルフなんかより100倍可愛い。動物的な可愛さで言ったらリリアも悪くはないと思うが、やはり人間が一番だ。

ちなみに、リリアが幼く振舞っていたのは、俺が騙しやすいように配慮してくれていたのだという。今世紀最大のありがた迷惑だ。
 確かに幼気な口調に俺は完全に油断していた。全く何て老獪な女だ。
「じゃあね、レイ君。密猟なんてしようと思うからこうなるんだよ。今度から気をつけようね。って、今度なんてないのか、あははは」
 リリアはひとしきり逆転した立場を楽しんでから去っていった。

 それから程なくして、俺は死刑の宣告を下された。
 執行まであと3日か……。
結局、俺のしてきたことはすべて徒労に終わったということだ。
俺はやるせない気持ちで一杯になる。村のみんなに土下座して謝りたい。まあ謝ったところで村の運命は変わらないが。
ポタポタと、薄汚れた床に涙がこぼれ落ちる。
誰にアピールしているわけでもない、本音の涙だった。
村での思い出が脳裏に浮かんでは消えてゆく。
「ごめんよ……俺はもう無理だ……無理なんだよ……」
 俺はこびるように呟く。しかし、村のだれにもその嘆きは届くことはない。俺はただひたすらみじめだった。
 たった一匹のエルフの為にすべてを失った。
 もう、何も考える気力は残っていなかった。
 力なくズルズルと、壁に沿ってへたり込む。後は死刑執行を待つだけだ。無気力に、時だけが過ぎていく。
 一日に一度、最低ランクのエルフ肉が与えられる。見たくもない忌々しい品だったが、いざ口にするとおいしく感じてしまう自分が実に情けなかった。

 
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