連れの彼女は高級食材 ~養殖エルフの逆襲~

今井舞馬

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第二章 急変

脱出

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執行日の朝。

前日にふるまわれたタバコを噛みしめるようにふかしながら、俺は静かにその時を待っていた。
 煙を孕んだ息を吐く度に、何故だか落ち着きは薄れていく。
 あと何本、あと何本吸えば、その時は訪れるのだろうか。
 優しいことに看守は2ダースもタバコをくれたが、そんなに吸い切れる気がしない。
 生と死の境目のタバコは、何本目だ?
 カツカツと、階段を下る音が聞こえる。
 遂にやって来たか……。
 タバコの煙が不規則にゆらめく。狭い牢の中に逃げ場はない。
 俺、マジで死ぬの? イヤだ! イヤだよ! なんで俺なんだよ、他に殺す奴なんていっぱいいるだろ、リリアとか、リリアとか、あとリリアとかぁっ。
俺は人間だぞ!! 猿やエルフみたいな下等種とは違う!
「違うんだよぉ……。エルフとはッ! 格も! 価値も! そうだろ? なぁッ」
 俺はガンガンと、冷たい鉄格子を拳で叩いた。返事はない。鈍い痛みだけが悲しく俺の手の甲を伝う。
 やがて、足音は俺の檻の前で止まった。
「俺は……死ぬのか……」
 拳を床に叩きつけ、うつむきながら俺はボソリと呟く。
「何よ? 死にたくなったの? 自殺願望? なら手伝ってあげるけど?」
! その生意気な声、ロメリか?
 俺は吸い上げられるように頭をあげ、視界を広げる。
 金髪、紅眼、ツインテール、貧乳。リリアとはまるで真逆の少女。不遜な佇まいが様になっている、ロメリだ。
「ロメリィ、会いたかったぜ! けど、何でここに」
 嬉しさのあまり興奮を隠しきれないが、同時に疑問もわいてくる。
「しっ! 静かにしてよ、ほら早く出て」
 ロメリは施錠された鉄格子の扉を開け放つと、くいくいと俺を手招きした。
 やばい、天使だ。
「助けに来てくれたのか!? わざわざ俺の為に。お前は本当にいいやつだな」
 死の恐怖から解放された安堵で顔をもろもろにさせながら、俺はロメリに感謝の意を伝えようとする。
「は、はぁ? べ、別にあんたの為じゃない、私が助かるためにしてあげただけなんだから! 勘違いしないでよねっ!」
 ロメリは顔を赤らめて反論する。全く、素直じゃないなぁ。
「でもどうして助けにこれたんだ?」
 ロメリだって追われる立場のハズだ。何故ロメリは捕まらず、逆に俺を助け出すなんて芸当ができたのだろうか。
「はぁ……。ホント馬鹿ね、ちょっとは自分が置かれた状況を考えて見なさいよ」
 俺には全く理解できない。見かねたロメリが説明を始める。
「いい? そもそもアンタがエルフの密猟をしているのはどうして?」
「……養殖場を建てるためだ」
 俺は数秒考えたのち、答える。それが、ロメリの行動と何が関係あるのだろうか?
「そうじゃないわよ、もっと根本的な原因のことを訊いてるの!」
 言うロメリは実にもどかしそうだ。
「それは……肉が配給されなくなったから?」
「そうよ、それが原因でしょ、国が肉を渋って配給を止めた。村単位で肉を配給するのは義務のハズよ、国はそれを怠った。法律違反よ。だったらそれは裁判所に訴えれるようなネタにならない?」
 なるほど、確かに裁判所なら国を裁ける、だが……。
「そうしたら、俺たちもヤバくないか?国のせいでこうなったとはいえ、俺は密猟をしてるわけだし、そもそもお前はそんな事情もない、ただの犯罪者だ」
「そう、だから裁判所には行かない。国を直接おどせばいいわ。私のパパは畜産省の大臣だから、権力もあるし、簡単な仕事だったわよ」
「でも、証拠はあるのか?」
そうだ、証拠が無ければ、ロメリの父親がどんなに偉かろうが「ご冗談を」、と一蹴されるのがオチだ。
国だってそんな権力者に弱みを握られたくはない。当然だ。
「証拠なんて幾らでもあるじゃない。アンタの村にそこらじゅう転がっている死体よ。みんなもれなくビオロシンの不摂取で死んでいたわ。体に紫色の斑点が浮き上がっていたから一目瞭然ね」
 ……今、何て言ったコイツ。死体が転がっている?ビオロシンの不摂取?
 村にはまだ一か月分の備蓄肉があるはずではなかったのか?
「おい……ロメリ……村のみんなは、死んだのか?」
 俺は悲痛に満ちた表情でロメリを見つめる。
 それを見て、ロメリは少しばかり驚くと、申し訳なさそうな顔になった。
「そ、そう、知らなかったの……それは悪いことをしたわね。でも、そうよ、一人残らずみんな死んでいたわ。本当は備蓄肉なんて無かったのね、あんたを心配させないように村の人がついた優しいウソよ」

しばし沈黙が流れる。ロメリは気まずそうに口を開き、また話し始める。
「……だから、証拠には困らなかったの。それで、私たちの悪事を免罪にさせたってわけ。
それにね……村の人間が死んでいなかったらアンタは助からなかった。皮肉なものね」
 ロメリは物憂げにつぶやく。
「……国は、俺が裁判所に訴えるとは思わなかったのか? 俺が、密猟をせずに、国の不正を糾弾するとは考えなかったのか?」
 俺は声に憤りをあらわにする。正当な手段ではなく、密猟によって村を守ろうと考えてしまった自分に対しての怒りだ。
 エルフを狩り続ければ、あわよくば裕福な暮らしができると高望みしてしまった己の強欲に対しての怒りだ。
 初めからこうしていれば……村を守れたかもしれないのにっ……。
「パパから聞いた話なんだけどね、5年前、帝国がアンタの村を調査した時、村の戸籍は老人と、生まれたての赤子しかいないことになっていたのよ。でも実際にはアンタがいた、調査ミスね。だから国は配給打ち切りを決行したのよ。5歳児の子供が国の不正を暴けるわけないし、他はろくに動けない老人だけだったからね」
 情けない話だ、俺はもう20歳にもなるというのに。行動を起こせなければ所詮5歳児と変わらないではないか。
 俺は愚鈍な己の存在を呪わずにはいられなかった。
 しかし、疑問なのは、俺が生まれた時にはまだ、俺の家族が村にいたはずだということだ。母はその後すぐ死んでしまったが、それもカウントされなかったのだろうか?
 まぁ、ずさんな帝国の戸籍調査など、あてにならないのも当たり前か……。
俺はそう思い直すことにした。

斯くして、俺は牢獄を脱した。手枷を外され、解放されたというのに、途方もない閉塞感と、締め付けられるような感覚が、俺の体を支配していた。
俺はこの新たな枷と共に生涯歩んでいかなければならないのだろうか? 先を歩くロメリの背中に答えは書いていなかった。
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