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少女の恋
10年前
しおりを挟む——10年前
染みひとつの汚れも許されないその部屋は、天井も壁も枕もシーツも真っ白だった。
身にまとう服も血の気の無い肌ですら真っ白と呼べたのに、心の中だけは汚泥に突き落とされたかのよう。
皐月は引き出しの中からこっそり取り出した写真に、虚ろな視線を注いだ。
自分と2人の息子の姿をただ見つめるだけで、何時間も時は過ぎていた。
看護師が定期的に何度か部屋を出入りしたが、それすらも過ぎ去って行く風景の一部に思えた。
2人の内の1人を見つめれば愛しさに顔がほころんだが、もう1人を見つめれば激しい憎悪が肺の中に充満していくのを確かに感じた。
カーテンが徐々に茜色に染まっていくと、皐月は思い出したかのように引き出しから果物ナイフを取り出す。
「……死ぬ前に」
自分の意思で放った言葉とは思えないほどそれは悪意に満ちていて、真っ白なこの空間さえも飲み込んでしまいそうだった。
深呼吸をしようと、ほとんど機能を果たさない自らの肺に微量の酸素を取り入れたその時、部屋の外からガラガラと車輪を牽く音がした。
それを聞き、我に返った皐月の手から果物ナイフはすり抜け、真っ白のシーツの上に落ちた。
——ガラガラガラ……
1週間ほど前からほぼ毎日と言って良いほど、夕暮れの時刻になると定期的にこの音が部屋の外で鳴り響いた。
決まってそれはタイミング良く皐月の中の憎悪が膨張した時に鳴ったので、無意識にも煩わしさにドアの向こうを睨み続ける日が丁度1週間続いたのだ。
ついに痺れを切らした皐月は、その音の原因に向かって話しかけた。
「お嬢ちゃん、おいで。
お菓子あげる」
神経質に目の端をピクピクと痙攣させながら、ドアの向こうで微かに感じる少女の気配に耳をすませる。
「おいで、そこにいるんでしょう?」
かすれた声では届かなかったのだろうか。
深呼吸を無理矢理した肺は、ヒリヒリと燻っていた。
——ガラ……
真っ白なドアは車輪を転がすそれと同じような音を鳴らし、静かに開かれた。
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