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恋の後始末
愛の力
しおりを挟む「おやおや、どうしたのですか?荷作りと移動で体に負担をかけてしまったのでは?」
「負担はたった今かかったんだよ……。
さっきまでは順調だったのにさ」
「そうですか、順調だったのですね。それはお気の毒です。
それと、そんな冷たいフローリングの上に寝転がっていては、また肺炎をぶり返してしまいますよ。
早く布団に入りなさい」
「そうね、そうするわ……あーあ。
あ、車輪拭いておいてくれる?」
「そのつもりですよ。澪ったら病み上がりの癖に、僕の入ったキャリーバッグを軽々と転がして階段で持ち上げて部屋まで運んできて。相変わらずの素晴らしい腕力には目を見張るものがありますね」
「……」
あの時、キャリーバッグを転がした足取りは、確かに軽やかだった。
こんな成人男性1人が詰まったバッグを、どうして私は重さを少しも感じずに運べたのだろうか。
きっと、何もかも上手くいってる時って、そうなんだろう。気持ちの持ちようってそういう事だ。
重たいものですら軽く感じるし、寒い部屋の中にいたって、窓を開けて更に冷たい空気を浴びたくなるほど気温にも鈍感になる。
「それにしたって、異常だわ。
普通、重たすぎるもの」
「そうですね、愛の力なんですかね」
虚ろな目で天井を見上げていると、千鶴の暖かい手が私の前髪を掻き分けてきて、おでこを撫でた。
「そうかもね。それを感じていたら、何でも出来るもんなのね。今は違うけど。
たぶん、今はもうアンタが入っていたキャリーバッグなんて運べやしないわ」
「そうでしょうか。きっと運べますよ。
試してみますか?もう一度」
「いや、御免被る」
「さあ、寝ましょう。ベッドまで運びますから」
「愛の力で?」
鼻で笑って一蹴したつもりが、覗きこまれた漆黒の瞳はうるうると湿りを帯びており、その大きな暖かい手は私の体を軽々と持ち上げていた。
思い切り閉められたドアの音を聞いた途端に失っていたその力とやらは、たった今、充足された。
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