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恋の後始末
朦朧
しおりを挟む「煙草、吸いたいわ」
「いけませんよ、僕の目が黒い内は絶対にそんな物は吸わせません」
千鶴は私を部屋まで持ち運び、私を抱き上げていた片手を空け、ふわりと掛け布団をめくった。
ベッドは入院以前のままの状態だ。
久しぶりに鼻腔を満たすこの匂いが自分のものかと感心していると、千鶴は私の頭を枕の位置に宛てがい、そしてベッドにそっと体を下ろした。
私の熱を帯びた首筋に千鶴の冷たい顔が埋まって、小さく体が跳ねてしまった。
女という生き物は残酷なくらいに強かで、現実的で、利己的で、そして欲深い。
そう思う。
千鶴の首筋の匂いで頭が朦朧としてきた。
香水などの人工的な香りではない、千鶴という人間の皮膚の下からむせ返る香りが、私をおかしくさせる。
私の手入れのしていない太ももと、二の腕と、首の裏、千鶴の手が接触している部分が、全身の細胞が脈を打つ。
凪の事なんて、産まれてからほぼずっと一緒なのに、声すら忘れていた。
こんな背徳な姉を許してもらえるか、そう神様に聞いてみたけれど、答えは一切耳に入ってこない。
千鶴の低い、背骨に響くような声だけが私を支配している。
カツヤって誰だっけ。
カスミって誰だっけ。
シノブって誰だっけ。
ゼミでの疎ましい人間関係だとか、学校の出席率だとか、成績だとか、将来だとか。
そんな物事が全て絵空事のように思えて、私は自分自身が今まで生きてきたかどうかさえ怪しんでいる。
「どうしても吸いたい時は」
喉の奥の方から、微弱な電流を流されたような痺れがやってきた。
やがてそれは全身に巡り、頭も真っ白になっていく。
「……これで我慢してください」
ここがどこで今が何時か、私が誰か、分からなくなった。
今までの人生の記憶が全て彼方へと消えていく。
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