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第一章

3.助けに来たよ、代理でね

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 例えば、青い小花が散った小皿を秒で鑑定し、

「清朝時代の本物。十万ユーロ(約一千五百万円)ってとこかな。猫の餌入れとしては妥当」

みたいに。


 高額鑑定品が出た翌日には、皆、屋根裏に探しに行ったものだ。そこからまた価値ある美術品が発見されたこともあったから、ロレンツォは、美術オークション不毛の地と言われているイタリアに一筋の光を与えたことになる。


「つまんねえ冗談」

「残念。そこまで美術品が嫌いなのか」

「嫌いだ。金持ちが好きそうなのは全部」


 その筆頭ともいえるロレンツォのことを何故、ここまで詳しく知っているのかと言うと、この男と顔を合わせるのは二度目だからだ。


 前回は十二歳のとき。調子に乗ってネットの中で暴れたら捕まった。


 容疑は、電子計算機損壊等業務妨害罪、不正アクセス、威力業務妨害。


 警察に拘束されたら、

「助けに来たよ、代理でね」

とニヤケながら現れたのがこの男だった。


 そして、即日解放。お陰様でこれまで犯罪歴は真っ白なまま。


 聞けば、唯一の身内である祖父の顧客らしいのだ。祖父はミラノの北五十キロ先にある寒村オレノ村で葡萄を栽培し美味しいワインを醸造していた。自分からすれば世界一の。だが、周りから見ればただの農夫だ。


 そんな男の孫のためにイタリア一の資産家が権力を使って犯罪をもみ消してやるメリットがあるとは思えない。
(こいつ、代理で助けにやってついでに、僕に黒い仕事をさせたいのか?それだけじゃない。今後は支配下に置いてやろうとか考えているのかも)


 選択肢の無さに拳を握りしめる。

 このまま黙っていれば、今年に入ってからイタリア全土で起こっている修道士首切り事件の犯人にされてしまう可能性は限りなく高い。

 未だに本人を伴って行われない事件現場検証。

 お座なりな取り調べ。

 争点は、自分が十七歳最後の夜に犯罪を犯したのか、それとも十八歳最初の夜だったのか。

 そう。その日は誕生日で自分は事件が起こった時、家を不在にしていた。

 なのに警察は、自分が事件の最重要人物だと決めつけてくる。


「……やる」

 唇を噛み締めながら言うと、

「何をだい?」

ロレンツォがとぼける。

「だからっ、それっ!」


 ロレンツォは膝の上に移動させた茶封筒を見つめる。

「ああ。これね」


 彼がそこから分厚い紙の束を取り出した。

『養子縁組解消の届出書』と書かれている。

 隅には、アンジェロ・ディ・メディチとサイン済み。


 しばし、目の前の男を見つめる。
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