上 下
24 / 196
第一章

24.息子の名前は天使だから、神様が迎えにきたとかじゃねえだろうな

しおりを挟む
 方法はオークション。

 行われる場所はイギリス。

 サライは忙しくキーボードを叩く。


「あと、もうひとつ、おかしなことがある。この館はどこのセキュリティ会社にも登録していない」

「何、簡単な理由さ。私はセキュリティ会社と契約していない」

「正気か?コレクションがたんまりあるんだろ?泥棒にどうぞ盗みに来てくださいって?」

「盗みにはくるよ。だが、驚いて逃げていく。たまに失禁するのもいて迷惑だ」


 ロレンツォの口ぶりは自信満々。

 どうやら、自宅には特殊な仕掛けがされているようだ。


「話題を変えようか?君、さっき、絵は嫌いだと吐き捨てるように言ったね。それって、オレノ村の自宅から持ち去られた絵が関係しているのかな?君の母親が置いていった絵だろ?」

 サライの口元が、勝手にヒクリと動く。

 あの絵の事情を知っているものは、サライともう一人だけだ。


「それ、じいちゃんから聞いたのか?」

「ピエトロとは深い縁があるからね」


 認めたくないがロレンツォの言うとおりだった。

 母親は絵を残して消えた。以来、音信不通。

 死んでいないのだとしたら、この手で殺してやりたい。


 サライの記憶に焼き付いている母親は、鏡を見ながら赤い口紅を塗っている。リップラインからはみ出さないようにとても丁寧に。

 顎のラインまである染めたブルネットの髪をふわっと外巻きにし、黒いタートルネックにスカーフを首に結んでまるで女優のよう。

 鏡越しに目が合うと、

「買い忘れたものがあるから町に行ってくるわ。いい子にしているのよ」


 それが最後の姿だ。


「土曜の朝以降、来客は?」

「質問に答えてくれないのかい?でも、私は大人だから答えるとしよう。玄関からは無かったんじゃないかな」
 だったら、空から謎の人物がやってきたとでも?

「息子の名前は天使だから、神様が迎えにきたとかじゃねえだろうな」


 何が面白いのか、フフッとロレンツォが笑う。


「食べ終えたかい?じゃあ、そろそろ行こうか」

「どこへ?」


 外出の約束などしていないはずだ。


 ロレンツォが着ていたジャケットの胸ポケットに手を入れた。

 底から出てきたのは、赤ワインの色をした小さな手帳だ。

 そして中身を見せてきた。


「何だよ、これ」
しおりを挟む

処理中です...