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第三章
46.防音扉が内側にひしゃげている?!
しおりを挟む「ずっと一人で」
衝動的にピアノの椅子から腰を上げ、紙の中の女へと顔を近づける。
そこまでするのは絵を貰って以来、初めての試みだった。
いよいよ女の唇が近づいて、胸も高鳴る。
どうしよう。
(幾ら絵の相手とはいえ、こんなこと……。いいや。口づけなんかしたら、描き手に屈服したことになる)
一秒よりも短い時の中で、行動と精神が激しくせめぎ合っていると、廊下ではドガンッッッと激しい音。
驚き、ビクッッッと身体を痙攣させる。
音の下方向に顔を向けると、ありえないことが起こっていた。
「防音扉が内側にひしゃげている?!」
口さがないギャラリーたちが顔を覗かせていたあたりに、革のサンダルを履いた華奢な白い足が見えた。それが、とどめとばかりに扉をへし折っている。
部屋に入ってきたのは、気だるげな顔をした美女だ。
アンジェロは、「……う……あ」と喘いだ。
スケッチの中の女と瓜二つだったからだ。
身につけているのは、大昔の貴族が着るようなロングドレス。青く染め上げた薄い絹を幾重にも重ねたそれは胸下、腹の上部と下部の三か所が紐で縛られ、身体のラインを際立たせている。
金の髪には王族のようなティアラ。
肌の露出が極端に少ないせいで、皮のサンダルを履いた足の白さが際立って艶めかしい。
年齢は二十代半ばぐらい。陶器のように肌はつるりとしていて、赤い唇から漏れる吐息はバラの香りがしそう。
「実在してたなんて」
衝撃は、下腹に甘く痺れる痛みを連れてくる。
慌ててその部分を抑えた。
女は焦点の合わない目でアンジェロを見つめている。
ピアノ越しだから向こうからは分からないだろうが、
「ち、違うっ」
アンジェロは身体を屈めながら、急いで楽譜でスケッチを隠した。
女は挙動不審なアンジェロに構うこと無くちらりと廊下を見た後、相変わらずの気だるさで近寄ってきた。
その瞳に吸い込まれそうになる。
「な、何?何ですか?」
女が一歩近づいてくるごとに、恐れと、憧れと、抱きしめてみたいという赤裸々な欲と跪いてかしずきたい気持ちが一変に溢れ出す。
まるで、感情の濁流だ。
女は、容姿にそぐわないものを持っていた。
いや、そぐわないからこそ美しさが際立つのか。
手に握られていたのは、中東の兵士が持つような刃先がピンと反り返った剣だ。
模造刀にしては出来が良すぎ。血に見せかけた赤い塗料までこびりついている。
なんて、綺麗。
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