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第三章
55.分かっていたことじゃないか。いずれ、こうなるって
しおりを挟む自分の荒い息が、他人のものみたいに感覚がない。
「逃げなきゃ」
窓辺の勉強机に行き、袖机を開けようとした。
それは三段になっていて、一番下の一番奥に秘密の物が入っている。
茶色のA4サイズの封筒。そこそこ分厚い。
「ああ、あれね。無くした」とロレンツォに言われた後、覚悟を決めて取り寄せた書類だ。
開けかけた袖机の引き出しを元に戻す。
「落ち着け。逃げるってどこに?行く場所なんてないじゃないか。コンクールで優勝をもぎ取るのが、一番確実な逃げ道だ」
アンジェロは部屋の内部で壁で仕切られた隣のピアノ室に向かった。
天井まで絵で飾られたそこは、中央にグランドピアノが鎮座。
アンジェロは面識は無いが、ロレンツォの別れた妻が嫁入り道具として持ち込んでそのまま置いていったものだ。
壁は本棚。ズラッと楽譜が並んでいて、空いた壁のスペースにはまた絵。三人掛けの金銀の糸を使った美しいソファーは大昔の手縫い。数千ユーロどころか数万ユーロクラス。この館はそんなので溢れている。
自分もロレンツォにとってはコレクションの一つなのかもしれない。
とあるスキルに秀でた人間コレクション。
「分かっていたことじゃないか。いずれ、こうなるって」
予備の楽譜を譜面台に並べてから、感情のままに指を鍵盤を叩きつけると、急激に粗い空気。
「何だ?」
急に天気が崩れ、生ぬるい雨とともに稲光が走る真夏の夕暮れみたいな。
だが、季節は春。暦はまだ四月だ。
アンジェロは鍵盤から手を放し首筋を撫でた。
振り向くと、大きな窓から垂れたカーテンが風でめくれ上がって揺れていた。
「俺、いつ、窓開けたっけ?まさか、昨日から開けっ放し?」
少しひんやりする風を感じたくて、窓をそのままに頭をプルプルと振って再び鍵盤に向かう。
「今度こそ、集中」
言いかけたその直後だった。
人の気配?
そんな気がしたが、また風がカーテンがめくりあげただけだ。
今度は大きく自分の背中をこするほどに。
そう思っていると、
ざわり。
部屋の空気が急に荒くなった。
背中に、ものすごい勢いで鳥肌が走る。
これ、知っている。
まるで、カミソリでも投げつけられているような空気感。
楽譜が風に飛び、床に数枚散らばる。
拾わなきゃと思って鍵盤から手を離す。
背後の窓辺から、
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