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第三章

63.だから、オレと行こうぜ。アンジェロ

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「いいねえ、その顔。眼球が左右に動きまくり。口の端は震えまくり。迷ってんなあ、ああ、迷ってなあ。よく考えろ。新しい贋作を描いておくれと言われて、嫌だよ、父さんとお前が断ったとする。卵を産まないガチョウをホラ吹き王はそのまま飼い続けると思うのか?」


 メリージが残念そうに首を振る。


「捨てられる。絶対に。そんなことをされて砂の城より心が脆いお前は平気なのかって、オレは気にかけてやってんだよ?父親を捨てる決心はできても、捨てられる覚悟なんてできねえだろ?」


 メリージが天井に手を翳す。ふっと部屋の電気が消え、閉まっていた窓が生き物みたい震え始めた。

 そして、バアンと開く。

 カーテンが夜風で揺れた。


「だから、オレと行こうぜ。アンジェロ」


 メリージが再度、手を差し出してきた。


「ぶっ潰してやるんだ。お前を利用しようとするホラ吹き王の計画を。そして、新しい世界を作ろう。お前を脅かす者が誰一人いない理想郷をな」


 その手を取っては行けない。

 進む道が地獄だとわかっているからだ。

 だが、ここに留まったとしても地獄が口を開けているだけに思えた。





 ホテルの扉が開く音がした。

 アンジェロの隣では、青いドレスの女が人形のように座っている。

 胸が上下しているので、息はしているようなのだが。

 ……胸。


(ああ。自分が嫌だ)


 父親は息子の描いた贋作を競り落とそうとし、息子はそれを公衆の面前で強奪するという事件を起こしたばかりだというのに。


(遠くにいようと近くにいようと、この女性のことを考えるのをやめられない)


 麻薬に手を出してしまったかのような完全中毒状態。

 メリ―ジがいなければ押し倒そうとしていたかもしれない。

 逆に、思いっきり剣で内蔵を貫かれていたと思うが。

 扉付近で声がした。


「ただいまあ。ああ、疲れた。メリ―ジ。絵の方は上手く行った?」


 入ってきたのは、ハイブランドの紙袋を両肩から幾つも下げた若い女だった。太ももが丸見えな短いパンツに、上半身は胸の丸みがはっきりわかるタイトなジャケット。

 顔立ちは、コケティッシュ。精神、肉体共に快活そうだ。

 アンジェロはスナック菓子の殻や腐りかけの食べ物と混じって女性物のブランド品や下着が多数床やテーブル、ベットに至るまで投げ散らかされているのを見ながらメリージに聞いた。


「もしかして、一緒に住んでるの?」


「ああ。こいつ、ユディト」


とメリージが紹介すると、なぜか。アンジェロの隣に座っていた青いドレスの女が自分のことかのように顔を上げて反応した。
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