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第四章

72.焦っちゃってまあ。ボクには絶対、そんな態度見せないくせに

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 そして、別室からは、


「ヨハネ。何、騒いでいる?」


と腹に響くような低音。



 この声。聞き覚えがある。



 サライは少年に話しかけた。


「お前、ヨハネっていうのか?エヴァレットがさっき」

 問いかけると、サライそっくりの少年が「ああ、なるほど。全然、状況が分かってないとみた」とクスクス笑い、サライに背を向けた。肉の少ない子供尻が丸見えだ。

 そして、


「パパ―!お兄ちゃん来たよ」


とわざとらしい幼声。


 サライは瞬きを忘れた。



 パパ?



 自分そっくりの顔した奴が、父親を呼んでいる。

 じゃあ、それって、自分の父親であるという可能性が高いわけで……。


「気絶しそうだ」


 それは、首を切られたショックや、失血のせいだけじゃなく。


「ヨハネ?何、騒いでいる?オレはこれからオフィスに戻るからな」


 別方向の扉を開けて出てきたのは、会場で小槌を振るっていたオークショナーマフィアだ。

 ロレンツォから、レオと呼ばれていた。

 タキシードからワイシャツ姿になり、撫でつけられていた髪もラフなものに。

 レオは、首から溢れる血を抑えながら床に倒れているサライを確認すると、急ぎ足でやってきた。

 それを見ていたヨハネと呼ばれた少年が、


「焦っちゃってまあ。ボクには絶対、そんな態度見せないくせに」


とひんやりした物言いで離れていく。


 レオはそれを無視。近づいてきてサライを抱き起こそうとする。


「どうした?誰にやられた?」 


 途端、身体の全細胞が暴れ出すような勢いの嫌悪感がやってきた。


「触るなっっっ!」


 自分でもびっくりの大声で叫んで、手を振り払う。


 小さい頃からこの顔のせいで嫌な目に合ってきたから、触られるのは苦手だ。


 でも、今のは苦手というレベルじゃない。


 本能的な嫌悪。



(何だ、この憎い、殺してやるみたいなネガティブな感じ)


 サライは混乱する。

 まるで自分を簡単に捨てていった母親に対するそれ。

 いや、もっと、何十倍も何百倍も激しい。


 レオが表情を険しくする。


「お前、オークション会場にロレンツォと一緒にいたな?のこのこ付いてきやがって」
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