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第五章

90.触るな、触るなって

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「突き落とされたのか?それとも自殺?とにかく救急車を呼ぶか?」

と聞いているようだ。
 
 ヨハネに向けて叫んだ汚言をそいつにも注いでやろうと息を吸い込みかけると、


「問題ない。警察と病院には連絡済みだ」


 後から追ってきたレオがすっと出てきて通行人に一言。


「歩けるか?とっとと帰るぞ」

と命令してくる。



 まるで保護者。



 息子の命を救った父親風に見せたいのかもしれない。

 別の意味で鳥肌ものだ。

 言い返そうとした。でも、声を発する前に眼光で憚れた。


「暴れたきゃ、暴れろ。だが、すぐにロンドン警察がやってくる。お前、未成年収容所から出されたばかりだろうが」


 ロレンツォは、フィレンツェにいた時点では、まだサライ釈放のニュースは出ていないと言っていた。

 それがまだ続いているとしたら、名前で照会されたら大変なことになる。

 異国の警察でだんまりを通すのは、いい方法とは思えない。

 ますます、祖父の首が遠くなる。

 サライは、つかず離れずの距離でレオの後ろに続いた。

 ロンドンパレスの裏口にたどり着くと、エドワードがすぐに現れた。駆け足だ。ロボットみたいだとヨハネに評されるコンシェルジュも焦ることがあるらしい。

 タオルを渡され従業員専用のエレベーターに通される。

 人と会うこと無くレオの部屋にたどり着く。


「本当に平気か?」


 サライの髪から垂れる雫を拭い去ろうとしてくるレオに対して、お約束の不快感がやってくる。


「触るな、触るなって」

「元気ならいい。風呂にいけ。磯臭い」


 バスルームを指さされ、洗面台を見たら一気に吐き気が込み上げてきた。

 磯の匂いだけじゃない。

 死んだ人間の匂いも身体にこびりついている。

 それに抱きかかえた頭部は脆く、頬の肉だってボロボロとこぼれ落ちてきて。

 川で盛大に溺れ、一度手にした頭部も奪われ、メンタルを完全に砕かれた。

 よろめきながらシャワーブースへと行く。

 ボディソープを浴びるようにして体につけ、洗車するみたいに高速で身体を洗う。レオを警戒してだ。

 風呂から出るとタオルと寝巻きが置かれてあった。

 でかいTシャツとスウェット。

 レオのものかもしれない。


「ヨハネの奴、どこにいったんだ」

 借りれるならあいつから借りたい。

 包帯の替えもあった。首に巻き直してリビングに戻ると、レオとエドワードがいた。
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