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第六章

110.あの小僧も成長したな。いっぱしに子育てしているじゃないか

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「父さんが、出張の度に毎回買ってきちゃうんだ。雪崩を起こすぐらいたくさんあある」


と言い訳するとヨハネがニヤリ。


「一番最初にこのシリーズを貰ったとき、お前、大げさぐらい喜んだろ」

「う、うん。お土産なんて貰ったの初めてだったから」

「だから、馬鹿の一つ覚えみたいに買ってくるんだよ。しかし、あの小僧も成長したな。いっぱしに子育てしているじゃないか」

「小僧?父さん、四十代半ばだけど」

「ボクは五百歳越えている」


 毛布をめくると、ムンディがサライをベットにそっと寝かせた。

 タオルを濡らして、汗で濡れた前髪をかき揚げ額に当てる。

 閉じられたまぶたも、ツンと尖った鼻も、柔らかそうな唇も何もかもが、完璧な造形だ。

 首には白い包帯。

 出会ったときから巻いていた。どこかで怪我をしたらしい。白い包帯の一部に血がうっすら滲んでいて痛そうだ。そして、頬には細い線の火傷の痕。


「かかりつけ医を呼んだほうがいいのかな?」


 すると、ヨハネは渋い顔をした。


「止めておいた方がいいと思う。まだ、正式に釈放されたってニュースは出ていないみたいだし。おしゃべりな医者だったら居場所が割れて面倒なことになりそうだからもうちょっと様子を見よう。今以上に具合が悪くなったら、知り合いのオイシャサンを呼ぶ。サライは嫌がるだろうけれど」

「よかった。当てはあるんだね。じゃあ、任せていいかな?俺、出かけたいんだ」


 すると、ヨハネが首を振る。


「許可できない。ユディトが暴れ回っているんだぞ。まず、ボクが見回りに行ってくる。ムンディを見張りとして置いていく。おい、ムンディ。やばくなったらボクを呼ぶんだぞ」


 壁際に立っている青い衣の男は頷く。

 ヨハネが窓から出ていき、部屋でする物音と言えばサライの荒い呼吸と、「じいちゃん」「首が」といううわ言。

 身内を残忍な方法で殺され、さらには容疑者にまでされてしまうだなんて、随分としんどい数ヶ月だったろう。

 アンジェロはムンディがじっと自分を見つめているのに気がつく。


「絵の中に戻ってよ。もういいから」


 床に立てかけられた額を示すとムンディは首を振る。

 アンジェロは切れそうになった。


「戻ってって!貴方はマテリアって存在で、俺はレナトゥスって奴で創造主なんだろ?だったら俺の言う事を聞いてくれよ。貴方のことを見たくないんだって!昔のことを思い出してしまうから」


 ムンディは黙っているばかり。


「言いたいことがあるなら、喋ってくれ!まさか、口がきけないとか?」


 ムンディは今度は縦に首を動かす。


「ああ、そう。俺が描いた『サルヴァドール・ムンディ』もどきだからこんなんなのかな?」
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