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第八章
163.いかにも童貞が考えそうな甘い妄想だ
しおりを挟むふっと、メリージが笑った。
聞こえないほどの音量で。
そこには、いつもの嫌味ったらしい感情は含まれていなかった。
会話はしばらく途切れた。
元死の審判はアンジェロの目の前で数枚の絵の修復を終えた。
アンジェロは、アレッサンドロの枕元に置かれた『ユディトの帰還』を見つめた。
「メリージ。これ、アレッサンドロさんに頼まれたって言っていたよな。彼は、ここに新しいユディトさんを描き足したいのかな?」
「今、修道士殺しに向かった女はどうするんだ?」
「絵はウフィツィに戻す。そこに新たに描かれた女性を修道士殺しの犯人にして、現世にいるユディトさんを罪から逃す。そして、常に修復を施して側に」
「いかにも童貞が考えそうな甘い妄想だ」
「ど、童貞とか関係無いだろ」
「アレッサンドロはほどなくして死ぬ。ユディトはアレッサンドロ以外の修復は拒むと言っている。むりやり施そうとしても、暴れ回って崩落を早めるだけだ」
「そんな……」
「この世の理は、人間の手じゃ変えようがないんだよ。さあて、残る修復は、ホラ吹き王の館にある壁画か。そっちはオレじゃ無理だな。忍び込みは出来るが、修復なんて悠長なことしていたら攻撃を受けるし、アレッサンドロが回復する見込みも」
「ロレンツォ公。お許しください」
急にベットから声がした。メリージがアレッサンドロの顔を覗き込む。
「お?うなされているな」
「よっぽど気にしているのかな。修復が未完に終わりそうなこと」
「それだけじゃねえだろ。こいつらが骨の髄からボッティチェリと豪華王ロレンツォだったとしたら」
また、電話が鳴った。
液晶ディスプレイには『サライ』と出ている。
「登録した覚えはないのに」
「出てみろ」
修復を終えた絵を梱包し終えたメリージが残り二包となった薬をアンジェロに預けながら言った。
「お前に何か伝えたいのかもしれない。サライを使ってパパがな」
しつこく電話は鳴り続ける。
「ホラ吹き王はきっとアレッサンドロの病気のことも知っている。任せた『死の舞踏』の修復がいつまで経っても未完なのだから訝しんでこそこそ嗅ぎ回って、こんな状況になっても私に真実を告げないとブチ切れての電話だろうよ。オレにも聞こえるよう、スピーカーモードにしろ。さあ、早く」
言われた通りにして通話ボタンを押すと、すぐさま
『やっと出た。お前、ボッティチェリのところにいるだろ?知っているんだぞ』
と言うサライの声。
「調べたの?」
『当然だ。こっちが熱を上げている隙に失踪しやがって』
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