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第一章 バロン

14:怯えてるんですよ。殿下のことだから、ロクに説明もせずに王宮に連れてきたんでしょう?

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磨き抜かれた大理石も玄関ホールを抜けると、長い廊下が続く。
赤絨毯が引かれ、壁には大人が両手を目いっぱい広げても余るぐらいの大きな絵が何枚も飾られていた。
エドワードはバロンを掴んだまま、もう片方の手でポケットから耳にかけるタイプの通信機を取り出し、会話を始めた。
「ああ、私だ。戻った。ニュースでえらい騒ぎ?ハハハッ。それは結構なことだ。首相から、連絡?」
そこで、エドワードは一旦会話を区切って「ふん。出だしは上々だな」と独り言を言う。そしてまた会話を始めた。
「部屋はできているか?分かった。これから向かう」
ほぼ一方的に喋って通信を切ったエドワードは、さらにベックス宮殿の奥へと進んでいく。
一体、何部屋あるのだろう。
まるで迷路だ。
角を何度か曲がっただけで、バロンは今いる位置がわからなくなる。
「ここだ」
十分ほど歩いてエドワードがようやく立ち止り、白い扉を押して部屋に入っていく。
ソファーやテーブルが置かれた居間、奥の明け放たれた扉の向こうにはベッドが見える。
逆側は数人が食事を取れる広さの食堂のようだ。
そこでは裾の長いジャケットを着た白手袋の二十代後半の男がいた。居間の小机の花瓶に花を活けている。
ドメインは、手の甲の数字の刻印を常に見えるようにしておかなければならないため、手袋をつけることを許されない。とすれば、彼は人間なのだろうとバロンは判断する。
「キース。悪いな、こんなに朝早く」
エドワードが食堂を覗き込んで声を掛けると、キースと呼ばれた男が振り返る。ほっそりした綺麗な身体つきをしていて、髪や目はミルクティー色だった。おそらく先ほど、通信していた相手だろう。
エドワードは、面倒くさそうにバロンに説明した。
「キースは、ジェントルマン・イン・ウエイティング。王宮の管理業務をしている」
拷問道具を持った兵士が待ち受けていると思ったのに、美しい男が部屋を整えていて、バロンは拍子抜けした。
一体どんな役職だと思いながら、「……はあ」と頷く。
すると、キースがニコッと笑った。
「王宮で消費される食材の手配から、お客様の対応、それに寝具の新調まで、いろいろしております。メイドと考えていただければ結構ですよ」
「キース。こいつが、バロンだ。身の振り方が決まるまで、世話をして欲しい」
「かしこまりました」
エドワードに向かって頷いたキースは、今度はバロンを見る。
「テレビで拝見いたしました。大変でしたね。医師の手配をしております。それから、お食事も。あと、申し訳ないのですが、ニューイヤーデイでどこも服屋はお休みで、御召し物は、殿下が以前着ていたものを数日使用していただいてもかまいませんか?私共の業務服を着ていただくのもおかしなことですし」
申し訳なさそうなキースに、エドワードはそっけなく言う。
「そいつは、客人ではない。過剰に気を使わないでいい」
扉が叩かれ、キースがそちらを見た。
「医師が到着したようですね。さ、寝室で見ていただきましょう」
バロンはキースに促され、食堂を連れ出される。
健診だなんて名ばかりじゃないかと思って、視線でエドワードに縋った。
「何だ?」
「怯えてるんですよ。殿下のことだから、ロクに説明もせずに王宮に連れてきたんでしょう?さ、大丈夫ですから、行きましょう」
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